クロ視点

第14話

●クロ視点です●


マタタビを与えられたわけでもないのに!

全身に力が入らない。

だって、チェルシーが、チェルシーが……!


ボクの耳元で囁いたのだ。


――「クロ、大丈夫よ。セフィラスよりも、他のもふもふよりも。クロが一番なんだから。何せ前世から付き合いなのよ。心配する必要なんてないわ。クロが絶対でエースだから」


その言葉は魔法だった。

敏感な猫の耳を通し、その魔法の言葉はボクの全身を巡り、四肢から力を奪ってしまう。

紳士として、ボクを男子と認識するようになったチェルシーに、不用意に触れてはいけない――そう思い、抱き上げられても、その体に触れないよう、努力していたが……。


ダメだ。

あまりにもチェルシーの言葉が甘美過ぎて、力が入らない。

ふわりと触れてしまったチェルシーの体は柔らかく、優しくて、涙が出そうになる。

それだけでも昇天しそうなのに!

チェルシーがここぞとばかりに額を撫で、顔の周辺をもふりまくる。

さらに背骨に沿ってなでなでされると……。


あああ、もふもふの神様。

幸せ過ぎて、溶けてしまいそうです。

チェルシーが大好きで大好きでたまらない……。


尻尾が興奮気味にふさっふさっ揺れるのを止められない。


「!」


今朝、チェルシーに甘えまくった子ぎつね野郎が恨めしそうにこちらを見ている。

フン。

ボクの方が古参だ。

何せ前世からの付き合いなのだから。

――「クロが絶対でエースだから」

チェルシーの言葉を思い出し、またもメロメロになってしまう。

もう盛大に喉がゴロゴロとなってしまい、恥ずかしいが、止められない。

もうずっとチェルシーとこうしていたい。

そしてそれは……実現する!


そう。


チェルシーは、このもふもふの森で暮らすことが許された。

これには驚きだった。


エルフは負の感情を表出させることはない。

でも人間に対する怒りは絶対にある。

その証拠に、この森に留まることを許した人間は、数える程しかいないと聞いていた。


人間に対し、直接的な嫌悪を向けず、害するような行動をとることはない。

だが森を燃やした人間、もふもふを傷つけた人間に向ける、氷のような瞳。

あれを直視した人間は、自分の悪性を自覚し、そのショックで理性を失い、大変悲しい最期を遂げるらしい。


セフィラスが、ボクの友達であり、恩があるという理由だけでチェルシーをああも簡単に受け入れてくれるなんて。ある意味、奇跡的に感じる。奇跡と言えば、気絶したチェルシーのそばに、セフィラスが現れた時、ボクは必死に弁明をした。それを聞いた時もセフィラスは「おかえりなさいませ、クロ様。どうぞお好きなだけ、滞在ください。何よりお友達を気絶させることになり、申し訳ございませんでした」と、実に丁寧に謝罪もしてくれたのだ。


本当に同じ男としても、セフィラスの寛容さには頭が上がらない。


だが。


チェルシーは「セフィラスよりも、他のもふもふよりも。クロが一番なんだから」と言ってくれたのだ。思い出すと、またも全身に――。


男性のエルフが突然ボクを抱き上げ、もふもふ用の朝食が置かれたスペースに、連れて行ってしまう。ボクが甘えすぎて、チェルシーがいつまで経っても朝食をとれないことに、気を使ったようだ。


少しムッときたが、チェルシーはボクをエースと認め、そしてこの森でずっと一緒にいられるのだ。だから朝食をとる時間ぐらい、離れ離れでも仕方ない。


こうしてしばらくチェルチ―とボクはそれぞれ朝食を楽しむことになった。


「!!」


ボクはただのもふもふの猫なはずなのに。この森に入ってから、五感が研ぎ澄まされるようになった気がした。そして感知していた。沢山の人間の気配を。この森に迫る沢山の人間を。


その騎士の装いのエルフは、音もなくセフィラスの元に現れた。


「セフィラス様。多数の人間と馬車、馬が、この森に近づいています。明確に、この森に向かってきていますが、いかがいたしましょうか」


セフィラスはそのエメラルドのような瞳を細め、一点を眺めている。

千里を見渡すエルフの瞳。

セフィラスは森に近づく人間を見ている。


「……二人だね。二人の人間が、あの集団の中心人物だ。何よりこの森の中に入ろうとする意志を感じる。この二人には許可しようか。中に入ることを。後は森の外だね」


「かしこまりました、セフィラス様。仰せのままに」


胸に手を当て、お辞儀をした瞬間にも、その体は消えている。

この様子を見たチェルシーが口をぽかんと開け、固まっていた。


時々、伯爵令嬢とは思えない仕草をするチェルシーが、愛おしくてたまらない。

ボクの尻尾が喜びでふさりと揺れる。

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