第11話
「……どうしたんだよ、チェルシー?」
「あ、クロ、起きていたの?」
「寝てないし」
なんだかまだ不貞腐れているクロを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめる。
「機嫌をなおして、クロ」
「な……、放してよ、チェルシー! ボクが男だって、分かっているだろう!?」
「勿論よ。でもこれまでもこうして、抱っこしていたでしょう?」
「そ、それは……!」
もふもふの大変愛らしいクロは、突然、身をよじり、ジャンプする。
その動きの秀麗なこと!
見事に私の胸を逃れ、ラタンチェアのそばに置かれた丸いガラステーブルの上に、音もなく着地した。
「そんなに嫌がらなくても」
「じゃあチェルシーは、自分と同い年の男子を、胸の中でぎゅうっと抱きしめるのかい!?」
「そんなことするわけないでしょう! そもそもそんな風に抱きしめるような相手、いないのだから」
「それはそうだ」
この瞬間、クロのサファイアのような瞳と、私の紫の瞳の視線が交わり、笑いだしていた。
私はクロが、自身を人間だという前提で話したのが可愛らしくて、笑っていた。もふもふの猫なのに、なんて人間味があるのだろう!と。
クロは何を思って、笑っているのかしら?
「それでなんだかチェルシーは真剣な表情をしていたけれど、どうしたのさ?」
「それがね、これよ、これ!」
左手を見せると、クロの顔は「ああ」となる。
ずっとつけているので、クロもこれがなんであるか分かっていた。
「ただの石ころだろう? 捨てればいいさ。あ、それかセフィラスに渡すといいのでは? エルフは美しい石を好きだと聞くぞ」
「クロからしたらただの石ころかもしれないわ。でもこれ、王族に代々伝わるものよ。紛失して弁償しろと言われたら、バークモンド伯爵家は……破産だわ」
これにはクロが目を丸くしている。もふもふの猫の驚き顔。
文句なしで可愛い!
そしてしばし考え込み、とても真っ当な意見を口にしてくれた。
「チェルシーのお父さんは、絶対にここへ探しに来てくれる。そうしたらお父さんに預け、返却してもらえばいい。チェルシーは国外追放されているのだから、王宮にまで返却には行けないだろう?」
「そうね。それが妥当だと思う。……ねえ、クロ」
真面目な顔でクロを見ると、クロは両手両足を綺麗に揃え、ピンとした姿勢で私を見る。
綺麗なサファイアの瞳。
「お父様の助けを期待しているけど、結局、私はバークモンド伯爵家には帰れないわ。国外追放されているのだから。そうなると隣国に亡命するか……このもふもふの森で、生きている限りお世話になるしかない気がしたのだけど」
クロの顔が、もふもふの猫らしからぬ、豊かな表情に変わっている。
「そうしよう、チェルシー!」
「えーと、どうするのかしら?」
「だからずっとこの森にいよう!」
それは……そうできるものならそれがいい気がした。
だってここは、沢山のもふもふとエルフにより守られている。
隣国へ逃げる――という手もある。だが正直、伯爵家の令嬢がいきなり何の縁もゆかりもない場所で一から生きていくのは、難しいと感じていた。そう思いつつも、こんな疑問もある。
「でも私は人間よ。ここは“もふもふの森”で、もふもふとエルフのための場所でしょう? いくらクロと友達だからって、一生お世話になるなんて……」
「ボクはずっとチェルシーとその家族に育ててもらった。その恩がある。ボクがセフィラスを説得するさ」
クロのサファイアの瞳がキラキラと輝いている。
もふもふの輝く瞳。
これまた尊い。
「クロがそう言ってくれると嬉しいわ。とはいえ、私がいると食費や衣装代もかかるでしょう。どうしたらこの森に置いてもらえるかしら?」
「うーん、今日みたいにもふもふたちを可愛がればいいのでは?」
「それは言われなくても毎日もふるわ。……エルフが宝石好きなら、お父様に頼んで、宝石の取引をして、この森でお店でもやろうかしら? お店と言っても、もうけるつもりはないわ。そもそもエルフはお金なんてもっていないだろうから。ここで養ってもらっている御礼として、宝石を何かと交換で渡す仕組みにすればよさそうね。元手となるお金は、今やっている投資をお父様名義で続けさせてもらえばいいから……」
なんだかこの森で暮らせそうな気がしてきた。
夕食の席でセフィラスに話してみようということで、話はまとまった。
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