第3話

「もふもふの気配……?」


「うん。ボクの仲間の気配をとっても感じるよ。ボクたちもふもふはさ、か弱い存在なのは分かる?」


「それはもう。クマやタカに攻撃されたら、太刀打ちできなくて当然。……クロは手足がスラっと長いし、狩りも得意そうだけど」


私が褒めると、クロはもふもふの猫顔からドヤ顔に変わる。

もふもふなのに! ドヤ顔をするの!?

クロって本当に……ナイスだわ!


「弱いもふもふのボクらは、この世界で特別な力(スキル)を与えてもらったんだ。もふもふの神様に」


「ねえ、転生前にも登場しているけど、もふもふの神様って何?」


「それは人間が“神様、お願い!”って祈るだろう? 『神様が奇跡を起こしてくれた~』と言うだろ? それと同じ。もふもふもピンチの時に“もふもふの神様、お願い!”って祈り、『もふもふの神様が奇跡を起こしてくれた~』ってなるんだよ」


つまりは目に見えない奇跡を神様というのかしら? 概念的な存在なら、深く聞いても答えにくいわね。それよりも。


「それでこの乙女ゲームの世界で、もふもふの神様は、もふもふたちにどんな力を与えたのかしら?」


「それはね、見る相手により、姿が違って見える幻影スキルさ」


「! それはつまり、こういうことかしら? 魔物の森には、恐ろしいクマ型の魔獣がいる、どう猛なイノシシ型の魔物がいる――という噂を流す。その噂を聞いて森に来た人間の前に、もふもふが姿を現すと……その人が考える最も怖い魔物の姿が見える。でも実際、そこにいるのはもふもふ。外敵から身を守るためのスキル――これは正解?」


クロはふさりともふもふの尻尾をふり「正解だよ!」と微笑む。

この尻尾ふさりは正統派の猫の仕草として、可愛い!


「チェルシーは今、ボクから魔物の森にいるのは、可愛いもふもふたちだと聞いた。だからこの森に入っても、クマ型の魔獣やイノシシ型の魔物の姿を見ることはないよ」


「そうなのね。ねえ、クロもその幻影スキルは持っているの?」


「勿論さ。でもチェルシーのそばで、このスキルを使う必要はないだろう?」


確かにそうだ。クロはこのもふもふで、ふさふさで、愛らしい姿でずっといて欲しい。


「ということはこの森の中に入っても、大丈夫なのかしら?」


目の前の森は、魔物の森と聞いた時には、鬱蒼とした陰鬱な森に思えたのに。ここが“もふもふの森”であると分かると、途端に印象が変わった。木々の形はこんもりとして可愛らしい。よく見ると、地面にはふかふかな苔や下草も生えている。木々の隙間から陽光も差し込み、天使の梯子が沢山見えていた。


「チェルシー、危険を感じる?」


「まったく。この森の中なら、問題なく入れそうだわ」


「では入ろう。この森は、どの国にも属さない。通称“もふもふの森”だ!」


クロを先頭に森の中へ入っていくと。


軽やかな鳥の鳴き声が聞こえる。遠くには紫色の花、そこから少し離れた場所には、白い花が咲いているのも見えた。


心が落ち着くような、森の香りも感じる。


さっきは足に激痛を感じ、頭の中ではこの世界の記憶がものすごいスピードで展開され、クロと会話しながらも、脳は猛烈な勢いで稼働していた。今はそれも落ち着きつつあったが……。


あれ。


なんだか目の前が霞むように感じる。


クロ……


名前を呼んでいるのに、声が出ていない。

立ち止まったクロがこちらを向いた瞬間。


意識を失った。

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