第2話

「そう、なのかな? でもチェルシーは、ようやく前世の記憶を思い出し始めているところだろう? その前のチェルシーに何度話しかけても、ボクの声はチェルシーには届かなかった。だから、うーん、ゲームの世界観なのか、そこは分からないけど、とにかく話せてよかったよ」


猫なのに! クロはニコリと笑う。

もふもふな猫で、凛々しい姿なのにこんな風に笑うなんて……最高だわ!


「それでクロ、確かに前世の記憶と、この乙女ゲームの世界の記憶が、今、脳の中で整頓されている気がするの。でも今のこの状況って……。え、待って。私のこと、チェルシーって呼んだわよね!?」


「そう。君のこの世界の名前は、チェルシー・バークモンド。さっき自分でも『悪役令嬢だからって、こんなの、ひど過ぎるわ』って言っていたよね?」


言っていた……。まさか悪役令嬢に転生していたなんて……!


「ついでに言うと、この国の王太子にはさっき婚約破棄されて、ついで断罪され、国外追放を命じられたよ」


「え、そんな! 私、サール王太子の婚約者だったのよね!? え、でも、彼と会話したり、触れた実感がない。他の攻略対象とも出会った記憶は甦ってきている。でもそれってスマホで動画を見ている感じよ。記憶があっても実体験として感覚が伴っていないわ!」


「それは……ボクに言われても困るけど、前世記憶の覚醒がこのタイミングだったからね。たださ、婚約破棄と断罪は、サール王太子主催の舞踏会で行われて、沢山の貴族がホールにいたんだよ。そこでルナシスタ男爵令嬢にいやがらせをした、偽物の宝石を本物と言って売りつけた、とかいろいろな罪を並び立てられて、王太子妃にはふさわしくないって怒鳴られてさ。そんなの体感したかった?」


まだそこまで記憶は取り戻していない。でもヒロインであるルナシスタにちくちく嫌がらせをしている記憶は甦っている。


チェルシーは悪役令嬢なのだ。ヒロインの恋路を邪魔する。しかも今回ルナシスタは、攻略相手として、チェルシーの婚約者であるサール王太子を選んでしまった。そうなるともう、なるべくしてなった結果だと思う。つまりいやがらせはしている。


でも偽物の宝石を本物と言って売りつけた……これは何のことかしら? 確かにチェルシーの父親が持つ商会では宝石を扱っていたけど……。


「ともかくさ、婚約破棄と断罪は終り、でも国外追放で済んだ。今頃、商談で隣国にいるチェルシーのお父さんは、驚いているだろうけど……。しばらくはこの森で身を潜めて、お父さんが探しに来てくれるのを待ってみたら?」


サール王太子の断罪は絞首刑だったと思う。それが国外追放で済んだのは……ラッキーだった。断罪内容が変わることもあるのね。


「でも確かにクロの言う通りね。今、国内に戻れば、森に追い返されると思うわ。ところでこの森って……」


「さっき、兵士が言っていたよ。『魔物の森』って」


「ま、魔物の森ですって!?」


衝撃で声が裏返ってしまう。ゲーム内のイベントで、魔物の森が登場し、お宝(アイテム)探しをやっている。でもその時は大型のクマの魔獣やら、まさに猪突猛進のイノシシ型の魔物に追われ、攻略(クリアする)が大変だった記憶しかない。


「魔物の森でお父様を待つなんて無理だわ。隣国から戻って、森に入ったお父様が発見するのは、私の骨よ!」


「それはないよ、チェルシー」


「どうして!?」


「魔物の気配なんてしないよ。ボクと同じ、もふもふの気配しか感じないよ!」

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