新人女神が3分で異世界を作り人類を生み出さなくてはいけなくなった話

イルスバアン

第1話


 異世界の女神には、三分以内にやらなければならないことがあった。



 天地創造である。




「昨晩のアタシってば、バカ~~~!!」



 あれは、毎月開かれる神々の宴の席でのこと。

 人々から捧げられた馳走を持ち寄り、いつものごとくそれぞれが己の自慢話をし始める。


「俺の信仰者の数すげえから、全世界の半分だぜ?」


「そりゃお前の世界の人口が少ないからじゃろ。それよりこの写真見なさい、また儂のために立派な神殿を拵えてくれたんじゃ」


「お爺ちゃん、また人民に無駄な労働させたの? そんなんだから貴方の世界の発展が遅れるのよ。ところで、私の世界ところにまた凄い偉人が生まれたんだけど、英雄譚聞きたくない?」


 この飲み会に来る神々は基本的に尊大であるから、大抵己がどれだけ凄いかを競い合っている。

 端の席で飲んだくれている、このピンク髪の新参女神もまた、話を聞きながらも心では


(へ、大したことないわね。アタシにかかればそれくらい、あっという間だっちゅうの)


 と同席する神たちを見下している。

 実際はそんな実力もないのだが、あえて黙っていることでマウントを取り一人心地よくなる、そんなスタイルを確立していた。


 が、今日は酒を飲みすぎたらしい。

 ついつい


「ふふ、低レベルな話ばっかしちゃってぇ」


 と心の声が外に漏れてしまった。

 それを聞いた神々により、場は静まり返った。


「ほう、新米のお前が随分言うようになったな」


「そりゃそうよ。アタシ優秀だもの」


「自分の世界一つ作ったことないくせにか?」


「だーかーらー、アタシは優秀だって言ってるでしょ? アンタたちみたいに浅はかな考えで天地創造しないの。そんなんだから、魔王とか宇宙戦争が出てくる、調和のない世界しかできないのよ。今は、プランを細かく練ってる最中なんだから」


「口だけは達者だな。なら、今から7日間与えれば、俺たちなんかよりまともな世界を創造できるんだな?」


「ぶはははは!! やだ、笑わせないで。そんなに時間かけて、どうするのよ。3分で人間誕生まで作ってあげるわ」


「こ、こいつ……おい、皆聞いたな!? このピンク女神、3分で天地創造してみせるってよ!」



 ざわつく神々。

 何しろ天地創造は少なくとも7日かけるのがベストというのが常識である。

 光と闇を素材に天地を作り、二つを安定化させたところで、両者の間に星々や海、昼夜といった環境を作りだし、それを土台に生命を程よい塩梅で生み出し、成長を見守る。


 それが長らくのセオリーだというのに、この女神はそれを3分でやるという。光と闇を敷き詰めるだけでも一日かかるはずだというのに。

 だが、当の女神は



「ええ、そうよ! 明日見てなさい。私がちゃあんと優秀だってこと、思い知らせてあげるんだから!」


 と調子にのり、そのまま泥酔してしまった。

 幸い朝早く目ざめたものの、記憶は残っており、更には昨日のメンツも、本当に3分でできるのか見に来ていた。





(やばい……3分でどうすんのよ。そもそも生命以前に、安定化した宇宙作るのって、初心者だとまずは数億年単位ですら足りないんじゃなかったけ?)





 材料は、使わなかったのが家にあったので用意はつく。

 だが3分一発勝負はあまりに無謀。

 大人しく謝りたくはあるが、神々は大口をたたいて無礼をはたらいたものを大抵許しはしない。数々の神話がそれを物語っている。


(……やるしかない! ええいままよ!!)


 女神は取り掛かる。

 まずは光と闇をベースとなる空間に放り入れ、よく混ぜる。ここで2つが上手く混ざり合ってから天地を作るのだが、女神にそんな時間はない。



 ざわっ



「なに、コイツ、材料を4つ同時に入れただと!?」



 光闇天地、それらを同時に空間にぶちこんだ。

 だけではない。


「おいまさか、水すらも一緒に入れちまうのかよ!? それじゃあベチョベチョになっちまう!!」


 光闇天地水、5つの要素を同時に入れて、女神は空間を掻きまわした。

 誰もがこの時点で失敗する、そう思っていたが。


「おい、どういうことだ。なぜ世界が安定している?」


「ありえん、まさか均整がとれているとでも言うのか!!」


 そう、混ぜて1分弱で、世界には無数の星々が生まれ、崩壊することなく安定していた。




「五行説……か」




 どこかの神が呟いた。

 かつて、世界を5つの要素で作ろうとする神々の一派がいた。

 彼らは光闇、天地、水と分けなかった。

 むしろ5つを万物の素とすることで、光闇の2つが大本である世界と比べ、より多様性のあり、安定感のある世界が作れると考えたのだ。


 だが実際、5つの元素のバランスを取りながら混ぜ込むのは難しく、今では廃れた天地創造論である。それをこの女神は知ってか知らずか、正解を導き出したのだ。


「だが、生命……いくら土台ができたとて、生命を2分で生み出すことは不可能だ!」


「俺たちだって、1日がかりで何百兆回と試行を繰り返して、ようやく小さな細胞を生み出せるのに!」


 だが女神は、それすらも乗り越えた。

 テンパリすぎた女神が材料を用意したとき、余計なものを持ってきてしまった。

 邪魔だと思っていたが、ぶちこむなら今しかない。


「あ、このピンクなんてことを……その材料は禁断の!!」


 生命を作るのに命をかけてきた神々にしてみれば御法度。

 一から手間暇かけて慈しむからこそ愛が芽生えるという、生命誕生や進化の喜びを吹っ飛ばすために、禁じられた技。




宇宙飛来インスタント生命使いやがったあ~!!」




 地球人類に合わせて言えば、パンスペルミア仮説。

 20世紀以降に議論が活発化されるようになった、生命の起源は宇宙から来たとする説である。

 地球で一から生命が誕生すると考えるより、宇宙を漂った生体分子が放射線や真空により生命となり、それが隕石と共に地球に辿り着いた。

 それはいってみれば、「地球で生命が生まれた」という宗教や文化のアイデンティティを根本化から否定するような劇薬で、ゆえに神々は拒否してきたのである。


 だが、女神にはそんな余裕はない。

 3分で人類のいる世界を生み出すには、即席レトルトなんでも使うしかないのだ。

 神々は非難したかったが、しかし同時に、最高効率で生み出される宇宙と、その中で繁殖していく外界由来の生命に目を奪われていた。


 即席だから簡単とはいえ、それが生み出した世界に合うかとはまた別の問題。

 実際、女神を囲む神々の半数は、時間がないときにこっそり即席を使った経験があるし、しかし別の世界で生まれた生命が上手く自分の世界と馴染まずに全滅させてしまった悲しい経験もしていた。


 それをこの女神の世界は、五行説という複雑ゆえに多様な生命を受け入れやすい環境によって、うまく生命を世界と調和させたのだ。


「悔しいが……認めざるを得ない。この女神の才能を」


「いいやまだだ! こいつは3分で人類を生み出すといった。しかしここにいるのは、まだ細胞の少ない細菌だけ。今から人類は不可能だ!」


(悔しいけど、その通り。なんか上手くできちゃったけど、ここがアタシの限界。っていうか、人類ってなんなのよ?)



 そう迷ったとき、女神は一つ閃いた。

 それは他の神々の世界に存在した、超科学エスエフによる人体の機械強化。あれを使えばもしかして。


(……あった、いける!!)


 女神は最後の部品を投入した。


「おい、これはなんだ……」


「人、ではないな。人の形をした金属体だ。似たのを、誰かの他の神の世界で見たことがあるな」


「ふん、最後に人モドキを入れて悪あがきか? ……と、ちょっと待て!! この金属体、生命を取り込んで動いているぞ!」


「馬鹿な、こいつは人間が操作しないと動かないはず。ということは、人間がこの世界に誕生したのか!?」


「違う、動かしてるのはこの小さな生命だ。人間じゃない!!」



 それは人型機械にして、体内に操縦者を取り込み、駆動するロボであった。

 人間より原始的な生命は、それでも移動をし電気信号を発している。それに応じて、このロボは移動しているのだ。

 困惑する神々に、女神は問いかけた。



「ねえ、あんたたちの言う人間って、どういうのなわけ?」


「人間が何かだと?そりゃあ二本の手と足があって、直立する生物で」


「でも手足のない人間や寝たきりの人間もいるでしょう。それに義肢をつけたり身体拡張を行っている人間がいる世界もあるわけだし」


「それはそうだが……」


「じゃあこの生命も、足りないパーツを補って二足歩行している人間ってことにならない?」


「ま、待て! そうだ、人間は思考を持っている。本能や反射でなく、自分で考えて行動する理性を持っているぞ」


「なら、それはどうやって証明するの。本人の行動が理性か本能かなんて、本人しか分からないじゃない」


「人間なら言葉や文化といった、人間ならではのものを生み出すはずだ」


「その『人間ならでは』ってなに? アンタたちの世界の人間がそうだからといって、別の世界の人間がそうとは限らないでしょ。科学のない世界、魔法のない世界、そんなものがあるだから、言葉や文化のない世界だってあっても不思議じゃないわ」


(こいつ、屁理屈だけは一丁前に……)


 それは神々の宴の隅でこっそりマウントを取り続けていた女神の、あの手この手で自分が優れていると証明するために鍛え上げてきたこじらせ理論の賜物である。


 神の一人が呟く。



「確かに、人間は将来脆く寿命の限られた肉体を捨て、より拡張性のある機械体へ移行するという世界もあると聞く。宇宙へ進出し過酷な環境を耐え抜くために、ロボティクスを発展させた世界もある。彼女が行ったのは、その一助なのかもしれない」


「おい、見ろ。この生命がなにかしようとしているぞ!」



 それは、ただの偶然だったのかもしれない。

 内部の細菌がでたらめに動き回り、機械がそれに適応する動作を行ったにすぎないのかもしれない。


 だがロボが膝を地面につけ、両手を組み、天に向かって頭を下げるその動作は。

 まさに神への祈りそのものであった。



「……ちっ、負けたぜ」


「ああ、悔しいがよくやったよ。ピンクの勝ちだ」


 神々は渋々と、しかし次第に大きな拍手と喝采を送った。

 ピンク女神はようやく、自分が何をしたのかも正直分かっていないが、その栄光を満足そうに受け入れた。



「おい、ところで、そこの生命。なんかやばいことになってないか?」


「へ?」


 女神が覗き込むと。


 細菌と機械の融合した機械生命体が大繁栄していた。

 惑星は全面が機械都市に覆われ、惑星サイズの巨大宇宙戦艦をが宙を飛行している。

 いうなればオーバーテクノロジーを持つ宇宙帝国の創設。神より与えられし、人間より強度のある機械のボディは、宇宙進出も簡単であったわけだ。

 そして宇宙征服というスペースオペラを成し遂げた巨大戦艦のいくつかは、次の野望を生み出す。

 この世全てを手にしたというのなら、次にやるべきことは1つ。

 


 彼らは世界の「壁」に辿り着き、破壊を試みようとしていた。



 パリン




「あ、こっちに漏れてきた」




 これが後に、神々vs機械生命体による一大戦争の始まりとして語られる神話である。

 進化速度の速い機械生命体は神々の攻撃にすぐ適応し対抗したため、戦いは7日どころか数百年続いたという。



 とうの女神は真っ先に逃げ、その後行方知らずとなった。

 何でも次は、ちゃんと時間をかけて天地創造しようと。

 追手から身を隠し、3分の即席麵で食を繋ぎながら、またどこかの世界を生み出そうと画策しているらしい。

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新人女神が3分で異世界を作り人類を生み出さなくてはいけなくなった話 イルスバアン @Ilusubaan

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