第三話 糾弾

「正義の名の下とはどういう意味でしょう」


 あくまでも毅然と振る舞おうとする俺が乗る車を取り囲むように、警官達がゾロゾロと移動を始めた。運転手は慌てたようにその場から逃げ出し騒めく民衆に紛れたが、警官達はそれに少しも構わず、俺を逃がすまいと取り囲むのみである。初めに声を上げた警官に俺が問いかけると、彼は蔑むような瞳でこちらを睨みつけながらフンと鼻を鳴らした。


「既に罪状は揃っている。貴殿の悪事の全ては既に判明しているため、逃げようとしても無駄だ」

「全く身に覚えがありませんね、くだらない。今すぐここを去るのでしたら私への無礼を許しましょう」

「卿よ、もしや、しらを切るおつもりか? ならば今この場で貴殿の罪をつまびらかにして見せよう——例えば、貴方が主導している麻薬の違法取引については如何かな」


 堂々と宣言した警官に、息を呑んで俺達の様子を見守っていた観客達は途端にどよめいた。俺はその言葉を受けてきつく拳を握り絞め、全身を戦慄かせる。しかし俺はすぐに己の表情を取り繕って気丈に笑みを浮かべてみせた。きっとその笑顔は酷く歪んでいるだろうが、ここで俺が口を閉ざすことは許されない。ざわつき、もしくは絶句する民衆に囲まれながら俺は口を開く。


「はぁ。何のことかさっぱりですね」

「少し治安の悪い所へ行けば、麻薬漬けにされ、人生を狂わされた人間が大勢見られる。そのおかげで貴殿の懐は随分と潤ったようだがな。他者の人生を食い潰すことで得た財の使い心地は如何かな」

「もう少しまともな話を作ったらどうですか? 戯言は大概になさった方が身のためだ」


 ——この身の程知らず。本当はそのような汚らしい言葉を唾と共に吐き捨ててやりたかった。しかし、まだまだそうはいかないため、冷静な口調を心がけて警告を発する。警官は依然として態度を変えることはない。


「既に我々の捜査により証拠は揃っている。残念だが言い逃れは出来ないぞ、ホルスト卿」


 俺はギリリと歯を噛み締める。観客の存在もあるため、結局は穏やかな笑みを張り付けるしかない。警官は身じろぎ一つせずに俺の様子をつぶさに観察していた。誤魔化し一つ見逃すつもりはないと言いたげなその態度を、俺は誠に愚かなことだと思う。彼には「冷静沈着を貫き、ホルスト卿という権力者にも屈せず職務を全うする勇敢な警官」という言葉が相応しく思えるが、生憎俺は警察が大嫌いだ。故に警官に対して賞賛の言葉だけは口にしたくない。そのような俺の内心など露知らず、正義を掲げる悪魔は続けた。


「して、卿よ。勿論我々が掴んでいる貴殿の悪事はそれだけではないぞ。貴殿が秘密裏に破落戸を雇って誘拐させた婦女を強姦し、己の肉欲と嗜虐性の捌け口としていることも分かっているのだ。既にその破落戸達は我々によって捕らえられ、お前の名前を自白した」


 警官の言葉が発せられたその瞬間、大広場に悲鳴が轟いた。あちこちから女性の甲高い声がこだまし、俺は眉を顰める。そんな俺達の様子に構わず民衆達は騒めき続けた。


「まさか、そんなはずはないッ」

「そのようなことがあり得るものか!」

「そうだ、ホルスト卿はそのような人ではないはずだ」


 ある者達はそう断言する。


「そういえば、私の親戚が住む町で婦女子が攫われた事件が——」


 対して、ある者は周りの顔色を伺いながらそのような囁き声を落としていた。しかし、さらに隣にいた紳士はこの者を否定する。


「落ち着いて考えろ、そのような誘拐事件はいつの時代でも起こっているものだ。故にホルスト卿は関係ないに違いない。彼は権力に溺れることなく民を第一に考える立派な御方だ」

「しかし、あの警官は先程、破落戸が卿の名を自白したと言ったではないか」


 また別の場所からそのような意見が挙る。様々な憶測が観客達の間で交錯する。しかし、如何なる意見をも遮断するかの如く、堂々たる態度で背筋を伸ばして胸を張った警官は、俺を睨みつけながら糾弾をやめなかった。


「我々が掴んでいる悪事はまだまだある。貴様は婦女を拐かすだけでは飽き足らず、慈善事業の一環と見せかけ身寄りのない孤児を引き取った後、その幼気な子供達への虐待に耽けっていただろう! 貴様がこのような下らぬパレードに興じている間に、貴様の屋敷に踏み入らせてもらったぞ。その地下より鮮度を失っていない血で汚れた凶器の数々と、無残にも体を切り刻まれた子供の死体が発見されたと、つい先程部下より伝達があった。——さぁ、どう弁解するつもりだ、ホルスト卿よ!」

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