第二話 終着点

 このパレードは結婚式会場の門を出発地点とし、この大通りの先にある民衆の憩いの場である大広場を終着点としている。今日は休日であり、かつ、栄えた町であるこの辺りはそれなりに裕福な民が暮らしているからか、ただの通過地点でしかない大通りですらビッシリと見物客で埋め尽くされていた。パレードであるからして通過地点である大通りも見せ場の一つであるため、それは想定内と言われればそうであるが、しかし、最終目的地である広場の方が圧倒的に集まった人数が多いことだろう。何故なら、そこで民衆向けの簡易的な披露宴が行われる予定であるからだ。つまり、今この大通りにいる彼等は、大広場からあぶれた者のみにすぎぬという訳である。


 ——あぁ、時間を持て余した暇人のなんと多いことか。俺は深々とため息を落とした。しかし、これ程多くの民衆が結婚パレードに集まってしまうのは、単に皆が暇人だからという訳ではないだろう。何故なら、ここにいる連中は「ホルスト卿」と言う名を聞けば餌を前にした犬の如く反射的に日頃の感謝の言葉を垂れ、馬鹿の一つ覚えのように「そういえば、ホルスト卿がこの前、孤児院に多額の寄付をなさったと聞いた」とか「足を悪くした老人を見たホルスト卿が自ら老人を背負って駅へ連れて行くのを見た」とか「ホルスト卿は我々民衆のことを第一に考える、まるで聖人君子のようなお方だ」とか、このような賛辞を本気で述べる者ばかりだからである。故に彼等が一種の偶像の如く讃える相手が華々しく結婚パレードを行うという噂を聞けば成程、その見物に駆け付けたくなってもおかしいことではないのかもしれない。しかしながら、さすがの彼等も花嫁が不参加だとは考えもしなかったと思われる。彼等のざわめきはさらに観客を呼び、建物の窓からも何事だと顔を出し始める人々が出始めた。直接俺の目に映らずとも、燦々と輝く太陽が全てを影として道路に映し出す。俺にとって影とは怨嗟の対象でもあった訳であるが、今はただそれが揺らめく様を「あぁ、滑稽な」と笑いものにしたくて堪らなかった。好感は俺の中から徹底的に排除されている。そもそも俺は民衆を唾棄の対象としているのだから仕方がないことだ。そうこうしているうちに車は順調に大広場へ向かって進んで行く。


 やがて場所の雰囲気が変わったことを感じ取り、俺はゆっくりと顔を上げた。大通りを抜けて辿り着いたそこは俺が予想した通り大広場で、やはり驚く程の人々でミッチリと埋まっていた。それだけ、この結婚は民から祝福される予定だったのであろう。しかし普段であれば目を剝く程の密度で集まった大衆よりも、今はより目を引く存在がそこにいた。運転手が蒼白になりながらブレーキを踏み、ただでさえのんびりと走行していた車はついに止まる。エンジンの音が止んだが、その代わりに、男の朗々とした声が響き渡った。


「ホルスト卿、貴殿を正義の名の下に逮捕させていただく」


 物々しい雰囲気の中、大広場には腰に拳銃を提げた警官達が、十人以上も待ち構えていたのである。

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