第8話 紫の魔物、次なる標的

 ザディフの蹴りによる衝撃は凄まじく、大きく後方に吹っ飛んだ髑髏の戦鬼は床に激突してからも二度ばかり回転を強いられたほどであった。


 されど人工頭脳の統制によって素早く四つん這いの状態となると、左右に開いた背中からは口径3センチ・長さ85センチの、円盤状の台座に直列する四門の砲身が迫り上がってくる。


「ほう…どうやら人工頭脳おまえとしてはその形態が最も戦い易いということか…。


 ──と、いうことは…!」


 次の瞬間、ドドドドドドッという腹に響く重低音と同時に厚さ50センチの鋼板をも破砕してのける穿孔撃裂弾が猛射される。


 しかし最強龍坊主の魔性の反射神経はその弾速を凌駕し、一瞬で8メートル上方に跳躍すると天井に突いた両掌を起点にたわめていた両腕の力を一気に解放、何とそのまま地上180、海上まで210メートルの空中に面して開け放たれた巨大窓目がけ、あたかもミサイルのように自らを発射してのけたのである!


 即応した磁甲からの砲火は紫宝鱗によって巧みにコントロールされた8枚の偃月刃によって防がれ、もちろんそれらは全てクレー射撃の皿のように粉砕されたものの、肝心の標的は無傷のままに成功したようであったが、連射と同時に駆け出し、窓枠に身を乗り出した髑髏戦鬼は直ちに上下左右を確認する。


 だが不可解なことに、そこには何者の影をも発見できなかった。

 

 しかし、瞬間的な演算の結果、人工頭脳は唯一の結論に至る。


 ──ザディフは、“透明化能力”を有しているのだ!


 その秘密はおそらく彼の全身を覆い尽くす硬質な鱗群にあり、それによる外界と絶妙に調和した発光により魔的な反射現象を発生させて自身を不可視の存在に仕立て上げているのであろう…。


 かくて錬装磁甲の超電子眼によるスキャン力は、今まさに六角形の灯台の背面にヤモリのように張り付いた状態から横に動いて回り込もうとする怪物の残影を捉えてのけた!


 もちろん人工頭脳内では熱反応感知による探索も同時進行していたが、そもそもが冷血生物である龍坊主はその点においては完璧なまでのステルス能力を誇っているようであった…。


 ──かくて逃亡許すまじとばかりに鋼の髑髏戦士も窓外に身を躍らせるや両掌と両膝皿から放出される銀色のゲル状物質の吸着力によって獣の姿勢で壁に張り付き、直ちに“垂直の追跡”を開始する。


 そしてちょうど、ザディフとおぼしき物体を辛うじて確認し得た地点に差し掛かった瞬間、激しい爆発音とともに壁面が砕け散ったのだ!


 果たして背嚢の類いはおろか、ベルトすら身に帯びていなかったはずの教軍超兵はいずこにかかる爆発物を隠し持っていたものか?


 その謎はともかく、足場を失って灰色の瓦礫とともにくるくると回転落下するガンメタカラーの髑髏戦鬼が左腕を前方に伸ばすと、瞬時に発射された極細ワイヤー付きの五本の指先が正確に壁面に打ち込まれて本体を宙吊りにする。


 その間も敵の襲来に備えて人工頭脳が目まぐるしく作動していたのは自明であるが、龍坊主の攻撃はさらなる意表を衝いたものであった。


 何と、髑髏戦士の頭上で再度爆発が…しかも前回を大きく凌駕する規模で起きたのだ!


 当然ながら降り注ぐ落下物の大きさも量も倍加し、その重量圧で深く食い込んでいたはずの五本の“指ピッケル”は脆くも抜け落ちてしまう。


 かくて壁面に沿っての落下を余儀なくされる錬装磁甲であったが、百戦錬磨の戦闘システムは瓦礫に紛れて天空から襲いかかる“透明な敵”を察知し、フルオートで撃裂弾を発射…したのだが!


 直撃すればさしもの最強教軍超兵とて致命傷は免れ得なかったであろうが、何とザディフは発光する金の経糸と紫の横糸で織り成された妖美の網を吐き出してそれを防いだ!


 網に触れた瞬間、弾丸はいかなる超自然的作用によるものかことごとく方向を変じられて散逸してしまい、両者がすれ違うその瞬間に龍坊主は手にした四角い物体を錬装磁甲の砲座に取り付ける。


 もちろん迎撃のためそれは回転狙撃を敢行するが紫の魔物はそれより一瞬早く標的の背中を蹴って跳躍し、砲身の可動域から完全に逃れ去らんと図る。


 どうやら爆発物は防御網と同じく教軍超兵が予め体内に隠匿していたもののようであった。


 そしてより大きく網を吐いたザディフは一瞬にしてその内部に躰を包み込み、巨大な金と紫の格子模様の繭と化して世界ラージャーラ最大の大洋であるアルサーラの琥珀色の海面に向けて落下を継続するが、その十数メートル傍らでは彼によって仕掛けられた強力小型爆弾が炸裂し、髑髏の戦鬼が人工頭脳に致命的ダメージを負っていた。


「…ふふふ、モラレスとの勝負は体内に海冥毒を注入した時点で付いていた…いかに磁甲内の救命機構が最善の応急措置を施し死を免れさせたところで、もはや奴は錬装者としては再起不能だ! 


 まあ、そもそも今回の勝利自体がこのルドストン凱鱗領が遂に我が神牙教軍の手に落ちた事実をさらにラージャーラ全界に指し示すいわば余録でしかなかった訳だが…もう一人、どうしてもこの手で首級しるしを挙げずばおかぬ怨敵が存在しておるッ!


 “最強錬装者”レイモンド=スペンサーよ…今この時、戦友の惨敗をどこかで必ずや目に焼き付けておることであろうが、覚悟しておくがいい!!


 ──次はオマエの番だッッ!!!」



 




 


 


 


 




 


 

 



 




 


 


 


 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る