第6話 恐怖の龍坊主

 全錬装者中、最速ともいえるモラレスの拳撃ラッシュ──例えるなら、音速で飛来する何十個もの鉄球──に身を曝した紫色の龍坊主だが、何と前方に突き出した両掌を神速で動かしてその全てを受け止め、度肝を抜かれたモラレスが図らずも一瞬パワーを緩めたその機を逃さず、やおら攻撃者の両拳を握りしめたのであった。


「──!?」


 一千馬力は軽く凌駕する錬装磁甲によって放たれた渾身の打撃を難なく防御してのけたばかりか、腕力そのものを封じ込めにかかった敵に怒りと焦燥…そして若干の恐怖を覚えた鉄槌士隊々長は、窮地を脱するために通常は自戒している飛び道具を使用した。


 髑髏戦鬼の剥き出しの牙が居並ぶ両顎がガチャリと開くや、これまたマッハの速度で発射されたのは濃硫酸の数千倍もの腐食力を有する0.5ガロン(約1.9リットル)の〔超酸弾〕=通称“死神のゲロ”。


 錬装磁甲を彩るガンメタに似た鉛色の汚液は見事にザディフの顔面に命中し、両目を抑えた挑戦者は不気味な悲鳴を上げつつ硬い鱗に覆われた筋骨隆々の肉体を二つに折る。


 どうやら、碧色の凶眼は完全に潰されたものらしい。


「もらったぜ化け物ッ!!」


 まず土手っ腹(鳩尾)に強烈極まる前蹴りをメリ込ませて展望室の内壁に相手の背を叩きつけたアティーリョ=モラレスは、こだわりのフィニッシュホールドである【壁打ち殺人ラッシュ】を繰り出す。


 先程かわされた連撃は今回は完璧に成功…しかも特に打撃が集中したのが全教軍超兵共通の急所と目されている下腹部の〔髄魄〕と呼ばれる球状器官であり、だけに限定しても挑戦者が被弾した“地獄のキャノンパンチ”は実に20数発に及んだ…のだが!?


 骨を砕き、臓物ハラワタ破裂の十分な手応えに思わずした髑髏の戦鬼が止めの一撃として撃った右ストレート…されどそれがザディフの顔面に到達することはなかった。


 何故ならば、鉄拳の人差し指と中指の付け根の中間部分を龍坊主の左人差し指が貫いていたからだ!


 正確には、それは指先ではなく、そこから生え出た長さ7.5センチもの超硬質の魔爪であり、根元まで潜り込んだ紫がかった凶々しい鉄色に鈍く光るそれは視界を白ませるほどの激痛を錬装者に味わわせていた…。


「バ、バカな…た、ただの指一本でオレの拳を止めるなど…!?」


 ここで開戦後はじめて、“神牙教軍最強戦士”は口を開いた。


「くくく、“一撃のスペンサー、そして連打のモラレス”か…たしかにそこそこの威力はあり、これまでのには通用したかも知れんがな…それは遥か昔の“龍坊主がただの龍坊主であった時代”の話だ。


 もはや金輪際、キサマら錬装者が純粋な格闘戦で教軍超兵われわれに勝利する見込みはないッ!


 鉄槌士隊々長アティーリョ=モラレスよ、その厳然たる事実を無力なる仲間を代表して思い知れいッッ!!」


 抹殺宣言と同時に爪を引き抜いたザディフはそのまま拳を固めてモラレスの顔面を殴打したが、その威力たるや44マグナム弾程度の直撃ではかすり傷一つ刻み得ぬ錬装磁甲を大きく凹ませたばかりか、通常であれば瞬間的に作動するはずの形状記憶反応でも修復不可能な亀裂を幾つも発生させていた。


 かろうじて踏み留まり、苦痛に顔を歪ませながらも必死にファイティングポーズを取るモラレス…だが彼はある予感に慄いていた。


『ク、クソッ!…あれほど警戒してたっていうのに、龍坊主アイツの爪攻撃を食らっちまった…。


 し、しかも成功したかに見えた目潰しも、ほんの一時の効果しかなかったらしい…。


 と…とにかく磁甲によって防護カバーされたお陰でごく微量ではあろうが、ラージャーラでも最凶最悪の部類にランクされる〔海冥毒〕が注入されちまったことに間違いはない…そ、その証拠に、たまらねえ目眩と吐き気が襲ってきやがったじゃねえか…!


 ゆ、唯一の希望はオレが錬装中で、聖団の超技術の粋を結集して創られた磁甲による〔緊急救命機構〕の発動によって応急的ながらも解毒措置が期待できるということ…し、しかしその前に鎧自体を破壊されてしまえば…そ、そこで全てが終わる…!』

 



 


 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る