一日10分!本屋にだけタイムスリップして初版コミック買ってきます!

さかえたかし

第1話 1983年7月15日初版

 オイラの一日は、SNSを確認する事から始まる。

 そんなの普通じゃないかって?

 まあね。

 ただ、オイラの場合は一応仕事のアカウントだ。

 お、今日も一件依頼のDMが来ている。

 なになに…「サンデーコミックス版『タッチ』7巻の初版を美品で欲しいのですが、用意できますか?」だって。

 ふーん。

 名前はオイラでも知ってる。

 確か野球の漫画なんだよな、読んだ事ないけど。

 ざっと検索してみたら、1983年発売らしい。

 うげ、めっちゃ古いじゃん。

 ちょっとだけめんどくさい。

 それに、ネットオークションみたら、いっぱい初版のヤツも出てるよ。

 いちいちオイラに依頼しなくてもいいんじゃね?

 

 一応、依頼のDMに返事をする。

 「オークション等で購入されたほうが安いと思いますが、よろしいですか?」ってね。

 我ながらむず痒いオカタイ文章。

 まあ仕事だしね。

 わりかし早く返答が来た。

 「極力美本が良いので、こちらのアカウントなら用意できると聞きましたので」とか。

 なるほどね。

 そういうことならまあいいや。

 お金だすのは向こうだし。

 「送料別で5000円になりますがよろしいですか?」

 とDMを送る。

 価格は適当だよ、オイラ価値とか分かんないもん。

 高かったかなと思ったが、向こうの返答は「それで構いませんので、よろしくお願いします」だって。

 よっしゃ、今日の仕事はこれだ。


 仕事の前の準備その一。

 部屋の押し入れ(今どきあるんだよオイラの部屋には)を開けて、手提げ金庫を手にする。

 金庫の中には500円玉、100円玉、50円玉、10円玉の入ったコインケースがいっぱい詰まっていて、それぞれに年代が書いてある。

 1983年ってことは、昭和でいうと、58年かな。

 昭和58年より前の100円玉は…うわ、やっぱ少ないなあ。

 この間両替した時にもほとんど無かったもんなあ、昭和50年代のなんて。

 やはり「向こう」に行ったときのお釣りをコマメに集めとかないと。

 5000円は安かったかなあと思ったけど、しゃあない。

 昭和50年代、と書いてある100円のコインケースから100円玉を10枚ほど抜いた。


 準備その二。

 図書館からコピーした昔の地図から、昭和58年に近い年代をヤツを取り出した。

 当時この辺にあった本屋は…あそこはこないだ行ったからダメだな、そうすると、ここかな。

 まあまあ大きそうな本屋だけど、大丈夫かな?

 この時代だと、漫画あまり置いてない本屋とかも普通にあるしなあ。

 ちょっと怖くなったので、もう少し調べる。

 少し離れた所に、かなり大きな本屋があったので、そこにする。

 とりあえず準備完了。

 

 自転車で家を出る。

 車やバイクなんて貧乏人のオイラには縁遠いし、移動ならチャリで十分。

 しばらくたって、目的地に到着。

 昭和58年当時、大きな本屋があったその場所は、マンションになっていた。

 自転車を近くのコンビニに止めて、オイラはマンションに近づいた。

 周囲に人通りのないのを確認して、オイラは目を閉じる。

 目的の時間は、昭和58年の7月の…下旬!

 ぼんやりとそこにあったであろう本屋の絵が、目を閉じた奥に浮かび上がる。

 ふわっ、というなんとも言えないキモチワルイ浮遊感。

 飛行機が離陸するときのあの感じ?を何十倍にもしたような。

 これだけは何度やっても慣れない。

 目を開ける。

 周囲が本と人だらけの建物に変わっていた。

 普段見かけない本。

 現代では見ない髪型やら服の人たち。

 上手くいった。

 オイラは、昭和58年の7月に来たのだ。


 唐突だけど、オイラにはタイプスリップできる超能力がある。

 すごいと思った?

 残念だけど、ビックリするくらい大したことないんだなこれ。

 まず、「本屋にしか行けない」。

 そして「そこに行くためには、元々本屋のあった場所に行く必要がある」。

 しかも「タイプスリップした先に滞在できるのは10分だけ」だし「その本屋から出たらすぐ現代に戻される」。

 その上「一日一回」だし「一度行った所には一ヶ月行けない」。

 どう?ぜんぜん大したことないでしょ?


 オイラは店内を軽く見回す。

 スマホはもちろん、誰もケータイなんてもってない。

 あ、イヤホンはいるな。

 ウォークマン?っていうんだっけ。

 カセットテープなんだよねアレ、よくやるよなあ。

 なんて無駄な事考えてる暇はない。

 漫画売ってるコーナーに向かう。

 この時代の本屋、ほとんど漫画売り場奥にしかないけど、ここも例外じゃない。

 売り場の広さからしたらあまり広くないコミックコーナーを見て、大丈夫かなと思ったけど、あったあった。

 『タッチ』7巻。

 南ちゃんだっけ、女の子が表紙にいて、左上に主人公らしい男の子が犬を連れている。

 

 一冊手に取ると、そのままレジへと向かった。

 レジにはめちゃくちゃ機嫌が悪そうなオジサンがいて、オイラが差し出したタッチを手に取ると、ガチャガチャとレジに金額を打ち込んだ。

 「360円」

 です、ともなります、とも言わない。

 こええ。

 金を出そうとしたら、隣の棚に週刊誌が並んでいて、そこに富士山の中央にビキニ姿の女の子がパイナップルに跨っている絵の雑誌があった。

 これがタッチの載ってるサンデーかあ。

 ついでに買うことにする。

 サンデーを手にとって差し出すと、オジサンはよりいっそう不機嫌になった。

 「買うんなら最初からいっしょに出してよ」

 ブスっとした顔でオイラに言う。

 サンデーの170円と合わせて100円玉六枚を出すと、オジサンは50円玉と10円玉二枚をオイラに叩きつけるように返した。

 おーこわ!

 この時代の本屋の店員には慣れないよホント。

 オイラは早々に現代に立ち去った。


 家に帰ったオイラは、買ってきた『タッチ』を依頼人の住所に送る手続きを済ませた。

 サンデーの方は、いつかなんか役立つときがくるかもしんないので、押し入れに放り込んでおく。

 今日は5000円しか稼げなかったけど、そういう日もある。

 次はもっといい仕事が舞い込んでくるさ。

 少なくとも、あんなヤツにこき使われてた時や、あんな仕事をしてた時よりずっとマシだから。


 後日、SNSで依頼人のアカウントがこんな事を呟いているのを見つけた。


 「長年読む勇気のなかった『タッチ』7巻をついに読みました!連載当時、和也の死が本当に辛くて辛くて…単行本も7巻だけ買わずに何十年もいたのですが、ようやく揃える決心がついて」

 「ビックリするほどの美本が手に入り、まるで当時そのままの空気が蘇るようでした。和也の死も達也の哀しみも本当に辛くて、でも人の死の重さをラブコメでこんな直球にぶつけてくれたあだち先生に今では感謝しています」


 ふーん。

 読んだ事ないオイラには全く分からない。

 分からないけど、なんか嬉しそうなのは伝わってきた。

 良い事したのかもしれない。

 ならいいや。

 転売ヤーの使いっぱしてた頃より、ずっとマシな仕事だとしたら、オイラもちょっと嬉しいよ。

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