ショート！

第49話 声が枯れるまで応援すればいい

　三回表。

　青森山桜（さんおう）の攻撃は四番から。

　天高い青空に快音が響き、打球は前へ。草薙の横っ飛びも間に合わない。右中間を割るように低い弾道が飛ぶ。ライト檜もセンター山口にも無理だった。二塁打となった。

　初球で打ってくるのは青森山桜の特徴なのだろうか。坂崎が稲葉の元へ走り、何かを話す。稲葉が元気よく頷いたのを見届けた坂崎がホームへ戻る。

　五番打者が左打席に。

　友樹の不安が指に表れて、ベンチの柵をぎゅっと握る。

　力強く、ライト前ヒットに。

　ワンバウンドで檜がキャッチし福山へ投げたが間に合わなかった。これで無死一三塁。

　稲葉の元に内野手が集まる。稲葉は少し余裕を欠いた様子で、皆に頷く姿に焦りが見える。

　沢がベンチから身を乗り出して必死に声を出している。

　六番が大振りをしてレフトに大飛球。桜井が捕球してバックホームするも、犠牲フライをいとも簡単に許してしまった。これで青森山桜は四得点目。

　ベンチにいるしかない友樹の胸に、じりじりとどうにもできない焦燥がせり上がってくる。

　腹の底から湧いてきて、喉元まで上がってくる。だけど言葉にも叫びにもできず、押し込める。どうか、どうにかして欲しい。それだけを思って押し黙っている。

「稲葉！　しっかりしろ！」

　ベンチの柵から出る勢いで沢が叫んだ。

　友樹がびくりと肩を震わせたのは突然の大音量のためではない。

　応援はできるということを思いだし、それを忘れていたことを恥じたからだ。

　マウンドは緊迫し、内外野手も表情が固くなっている。応援をすることはベンチからだってできる。

　でも、友樹はなんと叫べばいいか分からない。こういう時、どんな言葉を出せばいいのか分からないのだ。

　負けるのが当然ではないチームが負けの気配を感じている、今この時。

　七番八番にもヒットを打たれてしまい、一死満塁。

　沢が声を枯らしながら叫ぶ。

　三原が懸命にプルペンで肩を作る。

　友樹は両手を握り合わせて静かにしていた。

　九番鳥海が打席に。ピッチャーだと思わせないほどバットを長く持つ。

　稲葉の全力を容易く捻るようにカットする姿は本当に楽しそうで、まるで投手として投手を弄ぶのを楽しむかのようだった。

　そして、最後に一発ライト前ヒット。

　青森山桜が五得点目。

　そして打順は一番に還る。

　一死満塁。

　一番打者を相手に稲葉が思い切り胸を張り、腕を振る。即座に打ち返されたが、そこには新藤がいた。

　強い打球のバウンドに合わせて軽快に捕り、二塁の草薙へ力強く正確な送球をした。

　今まで憧れて見てきたが、新藤はさらに進化したように見えた。

　草薙は送球を受けるとすぐに持ち替えて一塁へ転送。ファースト福山がしっかりと受け取った。ダブルプレーだ。

「やったあー！」

　つかえが取れたかのように友樹は両手を上げて叫んだ。腹の底からじりじりしていた衝動がようやく外へ出て行ったみたいだった。

　三回裏。

「あんたは打ってね」

　草薙が手をひらひら振る。

「学との違いを見せてやるよ」

　檜がガッツポーズする。

「うるせえなあ」

　福山がそっぽを向く。

　ベンチ全体は静かだが、二年生の三人は端で色々話していた。友樹には入れない場所だ。

　八番打者である檜が準備をしていると、新藤がぽんと檜の肩を叩いた。

「打てよ」

「はいっ！」

　檜が元気よく打席に入って行く。青森山桜のピッチャーは変わらず鳥海だ。

　檜がバットを短く持ち、一球目、二球目のボール球を見抜く。そして、四球を選んだ。

「やったぞ！」

　一塁から檜が大きく手を振る。草薙と福山が「打ってはいない」と叫ぶ。ちょっと酷い。

　その姿に三年生たちも少し肩の力が緩んだようだった。

　九番の稲葉の代わりに代打藤井が出る。

「頑張ってください！」

「おう！」

　友樹と藤井は二回戦でのグータッチ以降、少し話す仲になっていた。

　藤井が打席に立つ。友樹は藤井の背中に声援を送る。

　三球のファールの後、甘く入った高めを捉えた。

　レフト前ヒットになり、無死一二塁だ。

　続いて一番岡野。左打席の岡野が思いきり振りぬいて、ライトへ飛ばした。無死満塁。

「檜の分も打て！」

「あんたの分もね！」

　福山の応援を背負い、草薙が打席に。

　草薙は両脚を大きく開いて構える。ボールをよく見るように前の足を外側に向ける。打席に立つと切れ長の瞳を大きく開く。

　一球目、草薙は大きくのけぞりボールを避けた。

「危ねえなあ！」

　友樹の隣の福山がベンチの柵を叩いて怒る。

　草薙さんも今のは怖かっただろうか……と思って見ると、草薙が怖い顔をしている。怖がっているのではなく怒っているのだ。

　二球目、低めのボール球だ。先程までかなり怒っていたのにしれっと冷静な顔に戻って土をならしている。

　三球目、インハイに来たボールを完全に振り遅れてストライク。今度は自分自身に怒っている。草薙さんはよく怒るなあ……と友樹はひっそり胸の中だけで思った。

　四球目、外から来るスライダー。草薙が大きく開いていた左脚を体に引き寄せ、身を内に捻る。

　溜めた力を解放するかのように体を前に捻るコンパクトなスイングでボールを打つ。

　レフトの前に大きくバウンドした。

「やったあ！」

　福山が大きくガッツポーズして叫ぶ。

「わああーっ！」

　友樹も両拳をあげて叫ぶ。

　一点返したのだ！

　ホームを踏んだ檜が福山のところへ来た。

「あいつ、俺らと違って打点を上げたって絶対言ってくるな」

　あんなに喜んでいたのに、この言葉である。

　友樹は一塁ベースからリードを取る草薙に視線を飛ばす。目が合い、すぐそらされた。どうしてですかと友樹は少し凹んだ。

　そして、三番新藤の番だ。

「頑張ってください！」

　ヘルメットを渡した友樹に新藤は力強く頷いてくれる。

　友樹に一つの不安もない。声が枯れるまで応援すればいい、それだけのことだ。

　打席の新藤に友樹は叫んだ。頑張ってください、打ってください、塁に出てください……まるで、新藤さんにお願いしてばかりだと友樹は思った。

　新藤の顔は凛々しく、四点の差があっても恐れがない。藤井、岡野、草薙がいつでも走り出せるように準備して待っている。遠園ベンチの空気は、新藤ならやってくれるという勇気に満ちている。

　鳥海が汗を拭い、一球目を投げた。

　新藤はバットを止めた。ボール。

　二球目もボール。

　三球目もボール。

　これはきっと四球になると友樹は思った。

　そして四球目。いきなりストライクゾーンに入り、新藤は振り遅れた。鳥海さんはまだ元気だったかと思って、彼を見ると、大粒の汗を拭っていた。

　鳥海は疲れているようだった。

　キャッチャーが鳥海の元へ行くのは、今試合初めてだった。

　鳥海が投げ、新藤が機を狙い果敢にカットする。追い込まれていても、それでも新藤がどこか楽しそうに見えた。

　そして八球目。