第48話「素振り増やしなさいよ」

 一球目、インハイより内側に来たボールをのけぞり避ける。ボールだ。


 二球目、アウトローのカーブを見逃し。ワンボールワンストライク。


 三球目、高めのストレートを新藤が素早いスイングで弾き返す。

 ボールが前にしっかりと飛ぶ。友樹たちは、打球の行方を期待を込めて目で追う。


 青森山桜さんおうのライトとセンターが衝突寸前のところで、センターがキャッチした。ライトとセンターがほっとしたようにベンチに引き上げていく。


 新藤は一塁ベースに束の間立ちつくしたが、それはほんの僅かな間のことで、ベンチに走って戻って来た。


「次は打ってみせる!」


 キャプテンの言葉であり、新藤本人の言葉だ。


 遠園ベンチは三点という決して小さくはない点差を追うことになるが、まだまだ希望はある。


 二回表。


 遠園は右の稲葉に投手交代だ。


 一番打者を巧みにアウトローのチェンジアップで封じ、二番打者をインハイのストレートで抑えた。


 沢が託したように稲葉を見つめる。

 左の沢から、右であり十キロ以上平均球速が上の稲葉に代わったギャップで、稲葉本来の実力以上の存在になる。


 三番打者が吼えるように叫んで稲葉を威嚇したが、稲葉は平気だ。


 右の三番打者が肘を張り気味に構えた。

 草薙が警戒するように土をならしたのを友樹は見逃さなかった。


 三番打者が足を下ろし、ぎりぎりまで球を引き付けてからバットのヘッドを急がず前に出す。

 右打ちだ。


 草薙が歩きながら捕ったかのような動作から、お手玉を渡すかのような柔らかさでファースト福山にトスした。


 そのさらりとした動きに福山も稲葉も束の間、見惚れていた。俺だってグラウンドの中から見たかったのにと、友樹はベンチスタートが悔しくなってくる。

 だがこの試合は厳しい。余程のことがない限り友樹はベンチだろう。


 三者凡退に抑えて交代。


「草薙さん、右に来ると分かったんですね」


「まあね」


「今度一緒に練習しましょうよ」


「今度ね」


 二回裏、遠園シニアの攻撃。


 青森山桜のピッチャーは変わらず鳥海だ。打順は四番、桜井から。素振りを繰り返す姿は、とても声をかけられないほど力強い。新藤と桜井が互いの背を叩く。


 友樹は桜井と挨拶以外では、ほぼ話したことがない。それなのに安心できる。四番とはきっと、そういうものなのだ。


 野球には色々な役割があり、似たスタイルの選手――それこそ友樹と草薙など――はポジションを奪い合うが、全く違う存在とは争うことにならない。

 友樹は桜井と争いにならない。当たり前のことであるが不思議なことでもある。


 新藤からの信頼を一身に受けて桜井が打席へ。桜井さんは俺と全く異なる存在だなあと、彼の尻と太ももの筋肉を見た友樹はほれぼれした。


 ライトスタンドの青森山桜の選手たちの間に、特大ファールでボールが落ちた。驚き、避ける彼らを見て、友樹たちはなんだかいい気分になる。俺らの四番もなかなかだろう? と。


 今度は三塁側の遠園ベンチにファールボールが入ってきて味方が驚かされる。


「全くもう」


 捕球した新藤が笑う。


 次のファールは見事に真後ろ。バックネットが悲鳴を上げた。


 ファールで粘っているだけで凄いのだが、いまいちタイミングが合っていないみたいだ。


 新藤が簡単に三振させられたピッチャー相手にはやはり厳しいのだろうか。

 桜井の長打力は鳥海の制球力により、前に行けない。右へ左へ後ろへと、いなされるみたいだ。


 そして八球目。アウトローのフォークを桜井のバットが空振りした。


「あいつ、フォークあったのかよ」


 沢が驚いている。


「悪いな」


 桜井は、六番である山口がネクストバッターサークルに入る直前までアドバイスをした。山口は一つ大きく頷き、ネクストバッターサークルに入った。


 五番坂崎は打席に入るとまずは見逃した。


 ツーボールツーストライクになってから、ようやくカットし始める。


 坂崎さんは何かを狙っているのだと友樹にも分かった。


 友樹はたくさんネットと動画と本で調べたので戦術のセオリーならたくさん知っているが、それはプロ野球の世界のことである。自分たちと相手に当てはめることはまだまだ未熟だ。


 新藤も桜井も一球見逃しの作戦はしなかった。また新しいものを見ることができた。


 坂崎のバットがついに本気を出した。快音を鳴らし、打球を前へ飛ばす。


 しかし、必死に後方に走ったレフトが滑り込む勢いでキャッチした。


 友樹は坂崎にキャッチャーの防具を渡す。


「チェンジアップを狙っていたんですね」


「まあな」


「どうして配球が分かったんですか?」


「どうしてもパターンってのがあるんだ」


 なるほどなあと友樹が唸っていると、レガースを身につけ立ち上がった坂崎が、ふと笑った。


「井原はぎりぎりまで球を見る打ちかただから、配球を読めなくても関係ないかもな?」


「読めるようになりたいですけど……」


 坂崎は友樹のやる気に感心しているようだが、少し面白そうに笑いもした。


 そして六番山口。

 桜井も山口も外野手だが、四番である桜井はまた別の存在だ。


 山口は俊足巧打の外野手であるため、部分的には草薙と競合するライバルでもある。


 その意味で山口を応援する友樹は少し静かになった。草薙のライバルということは友樹のライバルでもある。


 一番サードの岡野――セカンドも守ることができる――と八番ライト――今回はライトだが内外野のユーティリティ――の檜も同様だ。


 ちなみに、新藤は彼らとライバルではない。打力が違うからだ。桜井とも新藤はライバルではない。桜井はショートを守れない。


 新藤の真価は守備でも打撃でもなく、二つを高い水準で両立していることである。


 新藤さんがショートにいる限り、俺と草薙さんが最後までセカンドを争い続けるだろうと友樹は思う。梨太もそう言っていた。

 悲しくても、それはやはり楽しいことだ。珠は触れ合うと綺麗な音を響かせる。バチバチに争い続ける。


 右打席の山口がライト方向に何度もカットする姿を見て、友樹は強気に目を細めた。いい右打ちだ。あれを超えるのだ。


 フェアゾーンぎりぎりに打球が抜ける。バウンドする。セカンドが捕ってファーストへ投げた。


 足が遅い選手ならぼてぼてのゴロだっただろう。一塁ベースから遠園ベンチにガッツポーズする山口に、皆で盛りあがる。


 その熱の中で、友樹はそっと草薙を見る。草薙は目を細めてまるで観察のように山口を見ている。やはりライバルですねと友樹も思う。


 七番福山。ファーストを守る彼の持ち味は、ファーストなら当たり前だと思いがちだが捕球のうまさ。

 ショートバウンドもハーフバウンドも高めも、福山はきっちりキャッチする。二遊間の好守には良いファーストも必要なのだ。


 人としても良い人だと思う。草薙を助けるために姫宮相手に掴み掛かった。友樹に対して少し怖いときもあるが。


 一塁の山口のリードは大きい。やはり彼はライバルだと友樹は緊張感を強くする。


 鳥海のインハイに、福山は完全に振り遅れている。これはやばいかもとベンチに諦めの空気が漂い始める。何と言っても打順七番。期待できるかと言われると。

 

 福山の三振に、草薙が目を細め、腕を組み、頬を膨らませた。


 ベンチに戻りファーストミットを身につける福山に、草薙が感情を露わにして怒っている。檜が仲裁に入る。


「素振り増やしなさいよ」


「もう増やしたよ」


「まあまあ」


 友達だからこそ厳しいみたいだ。仲がいい人相手のほうがきついんですかと、友樹は不思議に思ったのだった。

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