対青森山桜シニア
第46話「同情ではないです」
四回戦からは花巻市の球場で行われる。監督、コーチ、保護者たち、それぞれが運転する車に乗り合わせて球場に到着だ。
盛岡の球場は一面人工芝で、一部人工土だったが、花巻の球場の内野は全て土だ。外野は芝。土は硬さが一定ではない。つまりイレギュラーが発生しやすいということだ。
準備をする友樹たちの横で、新藤の父のよくとおる声がした。
「草薙さん?」
振り向くと、草薙さんと呼ばれたのは梨太と、梨太と草薙の両親だった。
「久しぶりです」
明るい笑顔の新藤の父に、草薙の母は苦笑いした。
「梨太に香梨の試合を見ようと、散々言われましてね……」
父も浮かない顔だ。
「どうしても、梨太が聞かなくてね」
草薙の両親の様子に新藤の父は困ったような顔をしたが、梨太がにこりとした。
「新藤さんの弟さんのことも見にきましたよ」
「おお、そうかそうか」
梨太のフォローで新藤の父は再び笑顔になり、三人をスタンドに案内する。
ふと、梨太が友樹に向けて左手を振ったので友樹は会釈した。大志から梨太は左利きだと聞いていたが、左利きは手を振るときも左のようだ。
すると、梨太は両親と離れて友樹のところに来た。
「香梨から聞いてるよ。一年で警戒している子がいるって。きみだったんだな」
「警戒?」
「きみらはポジションを争うことになるかもしれない。そういう警戒だ」
友樹ははっとした。
草薙が友樹に越されるのが嫌なのは、同じショートやセカンドを守る人同士だったからなのだ。当たり前のことなのに友樹は今まであまり考えていなかった。
お手本になるということは、近いスタイルだということ。近ければどちらかが上になり下になるということ。
やはりこのチームにきてよかったとも思う。競い合うことは楽しいことだ。
同時に、悲しいとも思う。
これまでのように純粋に憧れるだけでは許されなくなるときがくるのだから。
「きみが香梨に同情してくれたから、俺も親に話してみたよ。試合を見れば少しは態度を軟化させるかもってね」
「同情ではないです」
梨太のしてくれたことは本当にありがたいことだけど、そこは譲れなかった。
「草薙さんのプレーがなくなってしまうのが嫌だったんです。だから、続けてほしいと思っただけです」
「そうか」
梨太が目を細めて笑った。草薙に似ているが草薙より自由そうな笑顔だ。
「香梨がどれほどの実力か、ピッチャーの俺よりも野手のきみのほうが分かるのかもな」
野球をプレーしない草薙の母なら、なおさら草薙の実力が分からないということなのかもしれない。
「おーい、梨太」
梨太を呼んだ低く太い声は、大志の兄、仁志のものだ。
「今行く!」
梨太が大志に左手を振り、友樹に振り向いた。
「まあ、きみはいつもどおりにやるといいよ」
梨太が仁志のところに走っていく。仁志の隣には大志と茜一郎もいたので、友樹もついていった。
梨太と仁志が話している横で、友樹は大志と茜一郎と話した。試合前の緊張が和らぐようだった。
「なあ友樹」
大志が笑う。
「俺の兄貴にも少しは興味持ってやれよ」
茜一郎が爆笑し、友樹は何も言えなかった。
ふと、何人もがいきなり同じ方向を見た。友樹もそちらを見ると、新藤が滝岡のキャプテンと話していた。滝岡を代表して四人が試合を見に来たようだ。
その中には姫宮もいる。
そろそろ時間だ。
「頑張れよ!」
「活躍しろよ!」
茜一郎と大志に大きく手を振って友樹は前に進む。
青森山桜の青のユニフォームが青空に映えて美しい。肉体的にがっちりした彼らは精神的にも余裕があるようで、チームメイトと話して時折白い歯を覗かせる。
ネイビーとライトイエローのユニフォームの遠園シニアはいつもより口数が少ない。
「確かに相手は強いよ」
円陣を組み、まず新藤が言ったことは皆の弱気を無理に叱咤せずに受け止めることだった。
「だけど俺たちだって今まで勝ってきただろう?」
一人一人の顔を見て問いかける。友樹は新藤の真剣だが優しい顔に心が和らいだ。
「行くぞ!」
おう! と全員の声が揃う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます