第39話 例え駄目でも振りぬく意識
二回裏。
高見が四番を三振に抑えた。沢と稲葉が喜んで、素直に憧れを表現している。
五番はショートゴロ。新藤が走ってキャッチした。
六番はセカンドライナーだ。友樹が横っ飛びでキャッチしたファインプレーだった。
「ありがとう」
高見が直に礼を言いにきた。後輩にも礼を言う誇り高さに友樹は頭を下げる。本来はヒットだったのだ。
だけど友樹は満足できない。姫宮みたいにできない。
草薙が姫宮を見ているのが友樹にも分かった。意識しあっているのにまともに会話をできない二人。
そもそも二人はなぜ話すようになったのだろう。岩手県一年生大会の決勝で戦ったとはいえ、そんなに話すだろうか。
姫宮の方から女子だからと余計なお世話で声をかけに行ったのだろうか。
「あの、沢さん」
沢も岩手県一年生大会のメンバーだった。
「おぅ、どうした。草薙か」
「はい」
沢がにやりとするが友樹にはその意味が分からない。
「岩手県一年生大会のことなんですけど、姫宮さんが草薙さんに声をかけにきたんですか?」
すると沢が檜と福山に声をかけ、聞いた。
「なんでそんなこと聞くんだよ」
福山が怪訝な顔をする。
友樹としても余計なことと知っているが、もう踏みだすと決めたら止まれないのだ。
「……香梨から声をかけたよ」
檜が少し暗いトーンの声で言った。
「草薙さんから?」
意外に思った友樹の声が少し上擦った。
「だって、あんな奴だと思わないだろ!」
檜がきつくそう言い、二人は離れていった。草薙と仲のいいこの二人も相当姫宮に怒っている。
三回表。
二番岡野、三番新藤が連打し、姫宮が大きな声で西を励ましている。四番桜井も打ち、満塁に。
滝岡、投手交代。練習試合でも対戦した小出だ。
五番坂崎と六番高見をそれぞれ打ち取り、二死満塁に。
また二死満塁かと、友樹は眉をひそめる。チャンスでありピンチだが、ピンチの方を強く感じてしまう。
七番福山が姫宮の良い送球でアウトになった。またしても、残塁三人。チャンスをものにできなかったとなると、ムードが悪くなるものだ。
「行くぞ、皆!」
新藤に続き、皆が声を出す。
三回裏。
七番打者は三振。
八番打者の打球が高々とセンターに上がる。草薙と、カバーのための両翼が落下点に近づく。
草薙が難なく捕球してアウト。両翼が弧を描くように走ってそれぞれの場所に帰った。
九番打者の打球が、ライナーとフライの中間のような弾道で外野に行く。草薙が追いかけ、あっさりキャッチ。攻守交代だ。
今のは実はかなり凄いプレーだ。定位置にいたらダイビングキャッチしなければ捕れなかっただろう。
しかしあらかじめ前のほうで待っていた。姫宮ほどではないが草薙も打球予測に長けている。
ベンチに戻って、ネクストバッターサークルに入る直前、友樹にバッターの装備を渡しに来た草薙に、友樹は思いきって踏みこむことにした。
「あの、姫宮さんのことで聞きたいことが」
「また姫宮の話?」
「すみません」
謝るが、引くつもりはなかった。
「姫宮に直接聞きに行けば?」
「姫宮さんに打球予測のことで声をかけに行ったんですか?」
草薙が驚いた顔をしたことに、友樹も驚いた。
「あんた、気づいたの?」
「姫宮さんが打球予測をしているなんて、打球予測をしている草薙さんにしか分からないじゃないですか」
草薙が何かを言いたそうにしているが、友樹はもう行かなければ。なんだかいつもと逆である。
四回表。
八番檜が四球で出塁。
やはり姫宮が小出に声をかけている。
九番友樹。
グリップを顔の高さに。
肘はやや開く。
バットは立て気味だがやや斜めに持つ。
前の足は開いて、打球をぎりぎりまで見られるように。
最後の最後まで球筋を見て、粘り強く打つ姿勢だ。
一球目、振ろうと思ったが、バットをぴたりと止めた。
審判はボールだとジェスチャーした。よかった、合っていた。ボールゾーンに落ちていくスライダーだった。
次はきっと高めに来るだろう。高めを意識して待っていたが、またしても低めにきた。振り遅れて空振り。
友樹は小さな声で唸り、打席の土をならした。高めを意識させて低めへの意識を手薄にさせられたのだ。あまり意識せずにいたほうがいいだろうか。
三球目、ゾーン内ならなんでも打つ覚悟の友樹はバットに当てることができた。三塁線向こうにファール。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。チャンスだからといって、やることはいつもと同じなのだから。
チャンスでもピンチでも、なんでもないときでも、できることをありのままに。そのために普段の練習でできることを増やしているのだ。
潮コーチが、今のうちはフライを打ち上げてもいいから大きく振っていけと言ったのを思いだす。
友樹は当てに行く意識から、例え駄目でも振りぬく意識に変えた。
軸足にありったけの力を乗せる。軽く上げていた前の足を下ろしながら、力を外側に逃がさないようにして軸足に乗せた力をスイングに変換する。
気持ちのいい金属音と手応え。ヒットかフライか分からないが全力で駆ける。
一塁ベースをしっかりと踏んだ。
「セーフ!」
「やったあ!」
ライト前ヒットだ。無死一二塁。
一番草薙。これはきっと得点できると遠園の期待が高まる。
姫宮が小出にボールを渡す。ぽんぽんと背を撫でるように叩いている。
草薙が一球目を空振りした。大振りだった。犠牲フライを狙っている。
きっと草薙ならなんとかするだろうと、思っていた。
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