第16話「草薙が女子だからだ」
「昨年の一年生大会のことで聞きたいことがあります」
新藤がベッドサイドの小さなランプを付け、友樹のほうへ寝返りをうってくれた。
「草薙のことか」
「何で分かったんですか!」
夜なのでひそめていた声なのに、大きくなってしまった。
「紅白戦の後、草薙に声をかけていただろう。気にしているのかと思ってさ」
新藤が声をひそめつつ、笑った。
「今の二年は粒ぞろいだが、突出した奴がいなかった。監督曰く、ショートに草薙を選んだのは賭けだった。それが大成功して岩手県大会で優勝し、東北大会でも宮城県第一代表に勝った。二回戦では惜しくも負けてしまったけど、草薙は活躍した。その後草薙は一軍になった」
「賭けって、何ですか?」
やはり草薙は一軍だったのだ。どうして今は二軍なのか、と気になるが、賭けという言葉が引っかかった。
新藤は束の間、言いにくそうにした。
「草薙が女子だからだ。一年生の中では能力が高くてもいずれ男子に追いつかれ、追いこされる。ショートは男子に経験を積ませるために他の奴にするべきだと言う保護者もいたが、監督は頑張っている女子に最後になるかもしれない活躍の場を与えると決めた」
「後に主力になる男子に経験を積ませるために、今能力の高い選手を後回しなんて、アホなんじゃないですか?」
友樹の苛立った口調に新藤は少し驚いたようだった。
「だって、経験を積みたいのなら力を見せろって話ですよ。与えられるのを待つのではなく。今の実力が全てなのが選手ではないのですか」
ここまで一息で言って、友樹はしまったと思った。
つい、熱くなった。
実力が全てという考えは、プロ野球が大好きだからだ。でも、プロ野球以外では正しくないかもしれない。
「その通りだよ」
怒ったことを咎めないどころか肯定されて友樹は少し驚いた。
「ただな、二年生の奴らは誰もそんなことを考えていない。今の話はあくまで保護者たちの話だからな。誤解すんなよ」
「はい」
「一軍になった草薙はイーグルスカップに代走要員兼セカンドとして出場した」
イーグルスカップの動画は見たの? と草薙が言っていた。
「活躍したんですか」
「残念ながら敗因になった。敗因だと言葉にしているのは保護者たちだけどな」
「え?」
あの強さで何故敗因になるのだと、友樹は間のぬけた声を出した。
「走塁ミスを二回も。二回目は直接的な敗因になっている。賭けに出過ぎたんだ」
友樹は胸の中がごちゃごちゃになった。あの攻撃的な走塁が武器である選手が、それを理由に負けたのか。
「二軍にしたのは監督の優しさなのかもしれない」
「保護者から守るため?」
「ああ」
「草薙さんの両親は怒らないんですか?」
「草薙の両親が草薙が野球をするのに反対しているからな」
「は?」
「これ以上は俺たちが言うことじゃないさ」
友樹は仕方なく黙った。言おうと思えば会ったこともない草薙の両親をいくらでも悪く言うことができた。
目が冴えたのは友樹だけではないらしい。
「あのさ」
新藤が夜中に声をかけてきた。
「今後も一緒にプレーしたいと草薙に言ったんだ。イーグルスカップで足が武器だから積極的に行けと言ったのも俺なんだ。一軍で俺は待っているんだ」
ふと、沈黙の間が空いた。そしてまた、新藤が喋りだした。
「父と兄二人が野球経験者なのは俺も草薙も一緒なんだ。俺が勝手にいろいろ思いすぎてるのは分かっているけど」
何を言えばいいのか、友樹はぐるぐる考えていた。
またしても、少し間が空いた。
「俺のせいなんだ、草薙がミスをしたのは」
声が少し不明瞭になった。まどろんでいるのか、それとも。
「俺の言葉が悪いほうに働いたんだ」
友樹のぐるぐるが一気に解け、夜の闇の中、目を見開く。
もう新藤の言葉はない。それどころか寝息を立て始めた。
新藤の痛みが伝わり、友樹の中でも痛みだす。それでも眠らなければ。睡眠で体を休めることも選手として重要なこと。
翌朝。新藤の家から車で三十分のスーパーの駐車場で、荷物を持ってきてくれる友樹の父と待ち合わせした。
「ありがとうございます、新藤さん」
「どうってことないよ」
恐らく百八十センチくらいの新藤の父は、既に知っている人だった。新藤の父とは知らなかったが、遠園シニアの保護者の中でも一際熱心な人だ。
友樹の父がやってきた。
「友樹、頑張れよ」
「はーい」
友樹は新藤たちの手前、照れくさくてわざと素っ気なく手を振り返した。
「優しそうなお父さんだな」
父を優しそうだと新藤に言われ、友樹は悪い気はしなかった。
練習開始の二時間前なのに、車はそのままグラウンドに向かっている。父の出勤前に会うために朝早く出てきたとばかり思っていたが、違った。
「友樹くんもつきあってくれ」
新藤の父は子供たちより早くグラウンドで準備をするらしい。
「井原も一緒にノックするか?」
新藤は練習前に練習するようだ。
「はい」
返事をしてから気がついた。練習についていけるようになったばかりなのに、朝練を増やしたらどうなるかを全く考えていなかったことに。
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