第7話「お! うまいじゃーん」
大志と同じクラスになった。大志はリトル出身の二人と合わせて三人でつるんでいる。
「初日だけ強かったな! 初日だけ!」
無邪気にきつい吉岡
「初日に張りきりすぎてばてちゃったの? アホだねえ」
地味にきっつい水野
「俺たち放課後に自主練するけど、友樹もどうだ? ついてこれるなら!」
三人共口は悪いが、友樹を仲間に入れてくれた。
「そうだ、軟式のあいつもらも一緒にやるか」
「えーあいつらと?」
「大志より強いだろ」
「強くはねえけど、まあそうだな」
遠園シニアに一年生が二十人入ったが、その中の野手は十四人。十四人でスマホアプリのグループを作り、一緒に練習することになった。
内野手は七人。
ショート経験があり、ショートを志望するのは友樹と大志と茜一郎のみだ。いずれ三人でショートを争うかもしれないが、動画の彼がいる間は無理だろう。だいぶ先の話になる。
放課後に皆で練習すると思えば、退屈と疲労で眠くなる授業もあっという間だった。
ジャージで河原に集合し、バッティング用のネットを一つ貼る。ボール十個と練習中に座る牛乳瓶のカゴもある。
大志と青葉と蛍はこれらの道具を学校の文芸部室に置いていた。
リトルシニアに属する生徒は学内の野球部に所属できないので、文芸部に籍だけおく。
大志たちは籍だけの部員の分際で、入学したばかりなのに物置にしたのである。少し図々しい。
「そんなにいっぱい置いて大丈夫なの?」
「許可は取ってるぜ」
それならまあいいかと、友樹は流した。
河原の風は水を含んだ匂いがする。友樹の髪をかきあげ、ジャージの布をばさばさ音を立てて揺らす。風は強いが、雲が切れて日光が差しこむとちょうどいい気温になった。
「よお!」
茜一郎たちも合流した。
「二年生に勝つぞ!」
「勝つぞ!」
全員が新たな環境でやる気に溢れている。友樹も体がついてくるかはおいておいて、やる気たっぷりだ。あの人とさっそく直接戦えるのだ。あの技を間近で見られるのだ。終わったらあの大会のことをたくさん聞きたい。話してくれたらいいなと、期待が増えていく。
大志と一緒にティーバッティングだ。まずは友樹がトスしたボールを大志がネットに打ちこむ。
友樹は家で燃えないゴミを入れるためのコンテナの上にボールを置いて、一人でティーバッティングをしていた。車庫の壁をぼこぼこにしても、やはり一人ではあまり面白くなかった。
大志にトスを上げると綺麗なスイングで気持ちいい打球音を鳴らし、ネットが大きく揺れる。
やはり一人ではないと楽しい。
蛍と青葉はまだキャッチボールを続けている。外野手である二人は、軟式からきた外野手の山下
茜一郎は中央チームのチームメイトの三輪
グラブの前でワンバウンドを捕る基礎練習だが、とても大事なのだ。内野ゴロの捕球や送球は頻繁にショートバウンドになるが、捕るのが意外と難しいのである。
十四人で同時にする練習はコーチがいなければできないので、何人かずつ集まって別行動というやりかただが、それでも不思議と居心地のいい空間ができあがっていた。雲がますます減って川がきらりと輝いたのが目に飛びこんできた。
青葉がノックを打ち、大志が延々と捕る。茜一郎に交代して、またしても延々と捕る。友樹の番が来た。
足を割り腰を落とし、目の前に来るゴロを捕球し続ける。
「頑張れ頑張れー!」
茜一郎が余裕の顔で水筒から口を離し友樹を応援する。
足に力が入らなくなってきて、膝をついてしまった。
「頑張れ! あと三球!」
必死に踏ん張り、最後の一球は座ったまま捕り、立ち上がらずに投げ返した。
「お! うまいじゃーん」
それを見て大志が喜んだのが、友樹は嬉しかった。
練習道具を文芸部室に戻そうと、皆で学校に戻る。
文芸部室のドアの小窓から、正規の文芸部員が三人いるのが見えた。
「やばい」
「許可取ってるんでしょ?」
「ここに置きっぱなしにしている先輩から許可を取ったんだけど、『置きっぱにするところを正規の部員に見られないように』って」
「文芸部には許可取ってないんじゃん」
文芸部員が皆帰るまで、教室で待つことにした。
友樹たちのクラスの教室は誰もいなかった。もう部活に行ったか帰ったのだろう。十四人で適当に座る。
まだ出会ったばかりの人たちもいる。束の間の沈黙が訪れたが、ちょうど一人のスマホが鳴った。
「それ、あのアニメじゃん! 俺もあれ見てた!」
野球アニメの主題歌だと、すかさず茜一郎が食いつき、皆でその話題で盛りあがる。
あっという間に、すっかり仲間に。
そして無事に文芸部室にネットを置きっぱなしにしたのだった。
楽しい練習だったが疲れは後から出てきて、家でノートを書くときペンを持つ手に力が入らず、切ったはずのネギが全て繋がっていた。
疲れはするが苦にはならない。強いチームに所属すれば苦しいことばかりかと思えば、そうではないらしい。
また一年生大会の動画を見る。土日が待ち遠しい。
彼は一体どんな人なのだろう。いい人だといいなと願い、友樹はベッドに入った。
待ちに待った土曜日。
月曜から金曜まで、一週間懸命に頑張ったが、体力はいきなりつかない。それでもやるのだ。
一軍がグラウンドを占有している間は、二軍はグラウンドに面する駐車場兼広場で練習する。晴れた空の下、トンボで土をならす。
この日は大志とキャッチボールをした。大志の投げ方は丁寧で、送球に安定感がある。意外なことに、大志の球はきめ細やかさや丁寧さを感じさせるのだ。
二軍とはいえ上級生。体格も立ちふるまいも大きく堂々としており、少し怖い。一年後にあんなに身長が伸びているかと考えて友樹は不安になった。
「はい、次!」
二軍監督兼打撃コーチである
友樹の前列の、二年生の一列が走りだした。
その中の一人が、帽子の下で髪を結んでいた。
女子だ。
五人の中、一番速く駆けぬけた。後ろ姿しか見えなくても分かるほど綺麗な走りかただった。
「はい、次!」
友樹は慌てて駆けだした。
彼女が外野ノックで左右に方向転換するたびに結んだ髪が跳ねる。
やっぱり女子だ。
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