第6話「お前は弱いチームからどうしていきなりここにきたんだ?」

 午後の練習はシートノックとシートバッティングなど全体練習が中心だ。


 ウォーミングアップのキャッチボールの後、まずは全員が外野ノックをした。

 レフト側に立ち、ライト側に放たれる打球を追いかけてキャッチする。今度はレフト側に打球が放たれるので折り返して追いかける、というものだ。

 胃が揺さぶられているのかと友樹は思った。


 大変なのはシートバッティングだった。守備位置についたうえで打者が打つという、実践を想定する練習だ。応用としてアウト数とランナーの人数と位置の想定を変え、状況に応じた練習をする。


「ノーアウト三塁!」


 疲れた友樹はぼんやりしていて、言葉が頭に入ってこなかった。打球は友樹の元に。無意識に一塁に投げた。


「ノーアウト三塁だぞ!」


 監督から注意され、ようやく意識が覚醒するほどだった。


「何のための前進守備だぁ!」


 大志に笑われてしまった。



 夜六時、ついに練習が終わった友樹は地に転がっていた。


「お前、なんで一日で弱体化しちまったんだ……」


 友樹を地面から起こす、というより剥がしながら大志が首を傾げた。大志だけでなく、リトル出身者はひそひそと、昨日のはなんだった、幻かドーピングかと囁いている。


「もしかして東チームってこんなに練習してないの?」


 茜一郎たち軟式出身者は東チームの弱さを知っているため、すぐ納得いったようだった。


「してない……」


「だからあのチーム雑魚なんだなあ」


 酷い。



 帰り、茜一郎の母の車で友樹は吐き気をこらえていた。


「まあでも、頑張ったよな。吐くなよ?」

 友樹はこくこく頷く。


「これから土日祝日毎回これだからな。吐くなよ?」


 友樹はシートにもたれかかってぐだっと目を閉じた。



 コンビニで下ろしてもらった途端、友樹は駐車場の傍の雑草が茂っているところに吐いた。


「よくここまで耐えたなあ」


 茜一郎に背をさすってもらい、友樹は生理的な涙を拭う。


「大丈夫か? これからも続けられるか?」


「頑張る」


 茜一郎は少し眉を上げた。


「お前は弱いチームからどうしていきなりここにきたんだ?」


「浅見コーチに声をかけられた」


「確かに。お前うまいものな」


「それで、シニアの動画を見せてもらってうまい人を見つけたんだ」


「俺も見たい」


 コンビニに友樹の父が迎えに来る約束だが、少し早く着いてしまったので、茜一郎の母の好意で留まってくれることになった。

 二人は後部座席に並んで、友樹のスマホを覗きこむ。


 画面の中のショートは美しい守備で、捕ってから投げるまでが速い。


「このダイビングキャッチは凄いでしょ」

「凄いな!」


 茜一郎が素直に褒めたのが、友樹は妙に嬉しかった。自分の手柄でもないのに。自分が愛するものを認められたような気持ちだった。


「この人度胸あるよな。盗塁がぎりぎり。多分盗塁のサイン出てないぜ。ベンチ側見てないもん」


「茜一郎の見方が凄い。鋭いね」


 友樹はサインのことまでは気がつかなかった。全体ではなく、ただひたすらに彼という個を見ていたからだ。


 茜一郎はぽかんとした後、照れたように目を逸らしたかと思えば、笑いだした。


「友樹なら知ってるだろうけど、中央チームは軟式だけどリトルに匹敵するっていわれてるからな。そこそこ強いぞ。このくらい分かるさ」


「そうかぁ」


 強いチームにいなかったハンデは大きいのかもしれない。体力だってそうだ。友樹だって自分で筋トレやランニングなどはしていたが、自分だけで自分を追いこむのは難しい。


「でも、中央の監督がお前のこと気にしてた。東チームの監督が育てたとは思えない、他の指導者もいたか、自主的に何かやっていたかと言ってた」


 ぎくりとした。そこまで分かるものなのか。見られていたのだ。


 浅見コーチに友樹のことを話したのも中央チームの監督だ。分かる人にはたくさんのことが見ぬかれてしまう怖さがある。


 そんな人に違いを認められるほど、友樹の自主的な野球ノートが意味をもっていたということ。ばれたのが怖いのに嬉しさもある。

 ばれるほどのことをやってきたのだという誇らしさを感じる。


「何かやっていたのか?」


 野球ノートの中身は誰にも見せたくない練習だ。動画を見てノリとフィーリングで書いたコメントとか、見られたら恥ずかしくて終わる。


「自分で調べたりはしてた」

「そんだけ?」


「それを元に自主練」

「へーえ。今度教えろよ」


 隠したいけれど、何もやっていないとさすがに言えなくなりそうだ。数々の自由なコメントを読まれたら引かれるだろうか。


 ちょうどよく友樹の父の車が来た。


「またなー」

「またね、ありがとう」


 友樹の父はぐったりしている友樹を心配そうにした。

「大丈夫か?」

「多分」

 大丈夫と言いきりたいけれど。


 友樹は自室で野球ノートを見直していた。もしものときのために見られても大丈夫な部分を探す作業を始めた。



 中学の入学式を終えた友樹は、スクールバスで帰宅するとすぐにランニングを始めた。

 式の間も昨日一昨日の筋肉痛で苦しんでいたが、体を動かさないとこの先ついて行けないだろう。

 岩手山が見える、というか岩手山以外何も見えない農道を走る。たまに軽トラとすれ違う以外は無人。


 同級生は皆上手だ。中でも力強い茜一郎と器用な大志は頭ひとつ飛びぬけていた。


 来週から上級生の二軍と一緒に練習する。そもそも一軍と二軍という概念が東チームになかったので、同チーム内で二つに別れる感覚がどのようなものか友樹は知らない。殺伐としていないといいのだが。


 筋肉痛で固まっていた体が、ランニングで温まってきて少しは解れたみたいだ。


 無理して夜のグラウンドまで出かけたためいつも以上にしんどそうな母に代わり、父が帰るまで夕食の下拵えをする。父が帰宅すると交代して友樹は自室に引っこんだ。


 疲れ果てて土日のことを満足に書けていなかったので、まとめてノートに書く。


 いつもはできたことをなぜできたか書いていたが、気がつけば、今回はなぜついていけなかったかばかりを書いていた。

『技術は体力あってこそ』。緑のペンでそう書くと、友樹は一年生大会の動画を見始めた。


 彼のバランス感覚は素晴らしい。やや細身に見えるが、体幹が強い。


 なぜこの人はこれほど動けるのかと考えて友樹は再びノートを開く。自分ができなかったことを書くより、この人のことを書くほうが面白そうだ。


 ポジショニングと打球予測による一歩目が優れている。

 どうやって身につけたのだろうかと、ノートに書きこんでいく。夕食ができたと呼ぶ父の声にも気がつかなかった。


 思えば、プロ以外の選手にこれほど入れこむのは初めてだった。

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