振り返り


「ふんふーん、ふっふーん」


 終焉フィニスは初回配信を終え、ご機嫌だった。

 地球の文化を通して学んだバ美肉という概念に基づき作り上げた受肉体に入ったまま、無表情で鼻歌を歌う。

 まだ受肉したての情緒未発達赤ちゃんなので、表情は無のまま、鼻歌も見よう見まねでそれらしくしてるだけであったが、至ってご機嫌であった。


「むふふ、初回配信としてはなかなかどうして、成功といえるのではないかの」


 人族からは認識されず、存在するのは四足歩行の獣、この世界では魔獣に位置づけられる生命体しか存在しない大陸のちょうど中心に構えた拠点の中で、配信したばかりの動画を何度も何度も見直しては悦に入っていた。


「このアバター、うむ、改めて見てもいい感じじゃの」


 沢山見た地球の配信を参考にして作ったのは、二次元と三次元の中間に位置する美少女と呼ばれる形。生憎と元がただのシステムであったため、人族の美醜についてはよく分かってはいなかったが、人族が美しく可愛らしいと感じるものに対するデータは収集したため、どういったものが人族にウケるのかは分かる。無論地域や時代によって美の基準が変わることも考慮はしているが、子が愛らしいと思うのはどの時代でも共通すること。

 そこから産出し、黄金比を元にして作ったのはちょうど12歳ごろに見える少女の姿。美醜の観点から自己判断は出来ないが、バランスはどこをとっても完璧だ。

 髪の毛は銀色で、瞳の色は青色。これは地球のある地域で人気があったものを参考にし、更にはそのような外見を持つものは尊大に振舞う方がより好まれるとの傾向があったので、喋り方の参考にした。俗に言うのじゃロり魔王の誕生である。

 暗黒閃光はフィーリングだ。なんとなくいいなと思ったのでつけた。情緒未発達の赤ちゃんには、それが大変かっこいいものに思えた。好みの芽生えである。

 服は真っ黒のフリフリのゴスロリ。これもビビッときたものをそのまま取り入れた。

 頭のてっぺんからつま先まで満足のゆく出来栄えに、飽きもせずに何度も何度も配信を見返す。


「ううむ、しかし、思ったより反応は芳しくないようじゃの」


 やがてようやく落ち着いた頃に、改めて送られたコメントを見たフィニスは鼻歌を止め、無表情のままむっと口を尖らせた。

 落ち着けば好意的なコメントも増えるものと思い込んでいたが、配信が終わってから追加されたコメントは全て恐怖を告げるものばかり。ついでに獣族からしかコメントはなく、人族からのものは依然としてゼロだ。


「魔力遮断の措置は早々に必要じゃな。それにしても、これほど人族が魔力の扱いが苦手とは」


 念のためアーカイブにあったアクセスを確認してみたところ、人族からのものは一つもない。繋がろうと苦戦した形跡はいくつか見られたものの、届く前に掻き消えてしまっている。

 フィニスとしてはアーカイブに接続するのは、それこそ地球で気軽に動画配信のアーカイブを確認するように誰でも出来るものと思い込んでいたが、全くそんなことはなかったらしい。地球以外の文明には当たり前のように魔力を扱い、世界の記録を共有のデータベースとして誰でもアクセス出来ることも珍しくなかったために、てっきり生命体ならやろうと思えば簡単に出来るものだと思っていたのに。


「まあ、よそで出来ていたということは、うちでも出来ておかしくない、ということじゃの。ということは、多少の手助けをしても問題はあるまい」


 思っていたのとは違っていたが、そこはこちらが補填することにする。多少文明の発展具合に手を入れてしまうことにはなるが、いつか到達するものが多少早まるだけ。誤差の範囲だと言える。


「次の配信は、アーカイブの接続方法とコメントの書き方にしようかの。多少、こちらからの補助は入れるとして、よしよし、こんなものかの」


 元がシステムだった故か、既に組み上げたシステムを多少弄るのは造作もないこと。こちらへと伸びた魔力の波動があればアシストして導くように設定して、うむうむと満足そうに頷く。これで次の配信からは、人族からのコメントも増えることだろう。


 フィニスとしては種族差別をするつもりはないが、それはそれ。人族からのコメントはほしい。とてもほしい。具体的に言えば地球で見た配信のように、わいわい盛り上がってフィニスのことをちやほやしてほしい。情緒未発達の赤ちゃんだったが、既にいっちょまえに承認欲求は持ち合わせていた。

 最初は愛着の湧いた生命体どもと交流したいとの希望しか抱いていなかった筈なのだが、地球を観察しているうちに次第に欲求は大きくなってゆき、ちやほやされたい欲が湧いたためにこの配信というシステムをそっくりまるごと真似して取り入れることにしたのだ。

 そのためにはやはり、人族からのコメントは必要だ。獣族よりも人族の方が、そういったちやほやは上手なように思えるし、単純にちやほや要員をもっと増やしたい。

 かといってこちらからちやほやを強要するつもりはない。それはなんというか、自作自演がすぎる。出来れば自然にちやほやされるようになりたい。情緒未発達の赤ちゃんは、ちょっぴり複雑な心の機微を獲得しつつあった。


「ま、しばらくは我の独占状態であろうがの。地道にやってゆけば、いずれは、くふふ」


 相変わらずの無表情のまま、アーカイブを閉じたフィニスは、いそいそと次の配信に備えて準備に取りかかるのだった。

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