君だけを救いたい僕と世界を救いたい君の八つの世界線【Ⅰ】

双瀬桔梗

最初の世界線

 おおがみれいには三分以内にやらなければならないことがあった。三分以内に……多くの人間を襲わなければならない。

 黎の腕の中で、人形のようにピクリとも動かなくなった幼なじみを救うために。通り過ぎる人間も、心配そうに声をかけてくれる人もこの場にいる全員。


 一つ年下の幼なじみ……あまろうを抱きかかえると同時に、黎は狼のような漆黒の怪人へと姿を変えた。左頬と胸には薔薇の模様が刻み込まれており、体にはくきが絡みついている。


 近くにいた人々は怪人となった黎の姿を見て、悲鳴を上げた。その声に多くの人が注目し、怪人に気がつき、駅のホームは騒然となる。


 それでも黎は至って冷静だった。彼はその場から一切、動かず、駅のホーム全体に何本もの薔薇の茎を張り巡らせることに集中する。そして、その茎をホームや階段を上り下りしている全員の頭や胸に突き刺した。


 刺された人々は白と黒の粒子となり、黎が抱えている志郎へと集まってくる。それを確認すると黎は元の人間の姿に戻り、少しして志郎は目を覚ます。


「ん……黎クン……? また、オレ倒れて……迷惑かけてごめん……」

 志郎はぼぅと黎を見つめる。普段はキリッとした男前な顔立ちの彼からは想像できない、無防備で幼さも感じる表情だ。


 そんな志郎の顔を覗き込みながら黎は「構わないよ」と囁き、優しく微笑む。


 電車が到着する。下車した人々は怪訝そうに黎と志郎を見る。その視線に気がついた志郎は恥ずかしそうに慌てて、黎に自分を下ろすよう言った。




 大神黎と天兎志郎は一年前までは普通の大学生だった。しかしある日、異世界からやってきた侵略者『イレーズ』と戦うために作られた組織『ヘルト』のメンバーとなる。志郎は最前線でイレーズと戦うヒーローに選ばれ、黎はパワードスーツの開発部に配属された。

 

 ヘルトはイレーズと対等に戦えていた。だが、三ヵ月前に戦況は一変。ヘルトの多くのヒーローはイレーズの怪人達に命を奪われた。

 その中には志郎もいた。彼は逃げ遅れた一般人を庇って、命を落としたのだ。


 逃げ遅れた一般人は、悪い意味で有名な動画配信者だった。その配信者は反省せずに、己の承認欲求を満たすための行動を続けている。

 ヘルトが劣勢になり、被害が拡大し出すと、ヒーローをこき下ろすメディアが増えた。それに同調する人々。

 命を懸けて戦ったヒーローを侮辱する記事。そこにはないことばかりが書かれていた。勿論、志郎のことも。


 大神黎にとって、天兎志郎はずっと昔からヒーローだ。気弱だった黎を救ってくれたのはいつだって志郎だった。彼が笑顔で手を差し伸べてくれるから、黎は今まで生きてこれた。志郎だけが黎の生きる希望だ。


 だから志郎を奪い、彼を侮辱する全てのものが黎は許せない。イレーズも、身勝手な人間も、傍観者も、志郎を助けられなかった自分も。


 許せないから己の全てを懸けて、志郎を救い出すと決めた。イレーズの技術や能力を得るために、彼らに近づく。なぜか黎に協力的な怪人人物と最初に出会えたのもあり、想像していたよりも簡単にイレーズの内部に入り込めた。協力の見返りとしてその人物の仕事を手伝ってはいるが、あとは自由に行動できるため、それくらい大した事はない。


 能力を手に入れた怪人になれる力を得た後、黎はイレーズの技術を盗むとそれを応用し、志郎を生き返らせた。けれども、蘇った志郎は不完全だった。


 今の志郎にはヒーローとして戦っていた頃の記憶だけがなく、定期的にエネルギーを与えないと人形のように動かなくなってしまう。前者はヒーローに戻る心配がないため、黎にとっては特に問題ないが、後者は想定外だった。その上、動かなくなってから三分以内に、エネルギーをチャージしないと新たに記憶を失う。現に、ヒーローになる前から大学に入学したての記憶も消えてしまった。ゆえに、人間を襲い、エネルギーに変えて志郎に与え続けなければならない。


 それでも黎の心は痛まない。彼は志郎さえ生きていれば、それでいいのだから。


 イレーズから得た情報をついでにヘルトに送り付けた。そのおかげか、戦況はヘルト側が優勢となり、世界は少しずつ平和を取り戻しつつある。志郎はもう戦っていない。今日も黎の傍で楽しそうに笑っている。それだけで黎は幸せだった。


 ――志郎君には何もしらないまま、ずっと笑って過ごしていてほしい。大丈夫、僕は上手くやれている。二度と、志郎君を失うことなんてない。どれだけの人間を犠牲にしてでも、志郎君を生かし続けて見せる。


「黎クン? 食べないのか?」

 喫茶店の奥まった席。フルーツたっぷりのパフェを頬張っていた志郎は手を止め、向かい合って座る黎に声をかける。


「あぁ、いただくよ」

 黎はニコリと微笑み、コーヒーを一口飲んでからショートケーキに手を伸ばした。


 こんな平穏な日々がいつまでも続く。黎はそう思いながら、うれしそうな顔でパフェを食べる志郎を見つめた。




「志郎君……どうして……」

 白いパワードスーツに身を包んだ志郎の刀に、腹を貫かれた怪人体の黎は愕然とする。

 黎と志郎は互いにボロボロで、降り出した雨と二人の血液が地面で混ざり合う。志郎の仮面は右側が割れており、そこから見える目には涙が浮かんでいる。


「どうして……解ってくれないんだ……志郎君、どうして」

 黎は志郎の腕に縋りつき、「どうして」と繰り返す。志郎はその手を振り払うように、黎の腹から刀を引き抜く。


「ごめんね、黎クン。……終わりにしよう」

 志郎の言葉に黎は絶望し、慟哭する。


 苦しそうな表情で志郎は一度、目を閉じ、ゆっくり開くと怪人の首を斬り落とした。その後すぐに、志郎の変身は解け、同時にその場に倒れ込み、人形のように動かなくなる。


 怪人のままで首を斬られた黎はまだ意識があった。志郎の頬を、涙と雨が伝う。薄れゆく意識の中、それが見えた黎は思った。


 ――こんな最期、認めない。






 大神黎が目を覚ますと、自宅のベッドの上だった。スマホを見ると画面には一年前の日付が表示されている。

 隣のベッドには誰もいない。隣接するリビングから、微かに物音が聞こえる。恐る恐る扉を開くと、そこにはキッチンで朝食を作っている天兎志郎の姿があった。


「おはよ、黎クン」

 志郎は一度、手を止め、黎の方を振り返る。


「おはよう……」

 ――あぁ……きっと、悪い夢を見ていたんだ。


 笑顔の志郎を見て、彼の声を聞いて、黎はそう思った。だが、ついていたテレビから、“イレーズと名乗る怪人集団が某所を襲撃した”ニュースが流れた瞬間、背筋が凍った。


【最初の世界線 終】

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