「一枚の写真」— episode 11 —

「私も……この年くらいの頃はそうでした」

 驚きをかくせなかった。

 昨夜の早苗の言葉が蘇る。

“ 私達姉弟も幼い頃から……ずっとそうやって生きてきたの ”

 高山さんはカップを静かに置くと言った。

「そうだったんですね……。昨日の睦月さんを見ていて、私もそう感じました。自分ではどうすることもできない何かを、必死に押さえつけるような……そんなふうに見受けられました」

 早苗はそっと私を見た。

「高山さんは昨日のこの子の姿を見て、不思議な力だと受け取ってくれたようだけれど……こういった力が存在するということを、以前どこかで?」

 高山さんはゆっくりとかぶりを振った。

「いえ。私はただ、この世には言葉では説明できない……まだ私が知りえない事が沢山あると、そう思っているだけです」

 そう言って紅茶をひと口飲んだ。

「有り難う。本当に……有り難う」

 早苗の声は、ほんの少しだけ震えていた。

「この紅茶、おいしいですね」

「あ、ケーキ冷やしてたんだったわ。あんたも食べる?」

 早苗はそう言うと立ち上がり、慌ててキッチンへ向かった。

「……高山さん」

「なあに?」

「ありがとう」

「さっき……お母さんから聞いたわ。引っ越すこと」

 そうだった。もうこの土地にはいられない。

「私もそれがいいとおもう。今はまだ、皆口をつぐんでるけど。そのうち面白がって話しだす子達が、必ず出てくるわ」

「……うん」

 三人でケーキを食べた。

 早苗が突然、訳のわからないことを言い出した。

「高山さんて、去年の暮れに転入してこられたのよね?本当の年は、今年でおいくつになられるの?」

 いったい何を言ってるのか。意味がわからなかった。同じクラスなのだから、私と同じ年に決まっているのに。

「今年で十五になります」

 —— え……どゆこと?

 私の様子を見て、高山さんは静かに話しだした。

「私、生まれつき心臓が弱くて……去年の秋口までずっと入院生活を繰り返してるんです。ですから学校にもほとんど行けてなくて。やっと去年、一時退院許可がおりたんです。でも、またいつどうなるかわかりませんけど……」

「そうだったのね。道理で落ち着いてるとおもったわ。あんたたち、それも気付かなかったの?」

「……うん」

 そんなことがあるのか。たしかに、大人びているとはおもってはいたが。

「あんたたちのクラス、馬鹿ばっかりねえ」

 早苗が呆れた声で真顔でそう言うと、高山さんは吹き出した。それを見て早苗が笑い、私は笑えなかった。

      ・      ・

 玄関に出ると、外はすっかり日が暮れかかっていた。早苗と一緒に見送りに出る。

 道に出たところで、高山さんは私に振り返った。

 厳しい表情—— 。

「本当はね……私は今日、あなたに説教しようとおもって来たの」

「え……?」

「ちょうど二年前、私は死ぬはずだった。でも今、こうして生きてる。だから綺麗事じゃなくて、命の尊さは多少なりともわかってるつもり」

 私は彼女の瞳を見て、黙って頷いた。

「大浦さんがした行為は私も許せない。だからといって、命を奪ってもいい理由にはならない。あの子も許せないけれど、命を軽んじたあなたのことも……私は許せなかった。だけど——」

 そこまで言って彼女は微笑んだ。

「今日あなたの顔を見た瞬間、ああ良かったって思っちゃった。説教すること、すっかり忘れちゃってた」

 そう言うと、早苗に向き直った。

「そういうことなんで、睦月さんのこと責めないであげてください。私が今、軽くお説教しときましたんで」

「有り難う。あなたがいてくれて、本当によかった。本当に……」

「どうもご馳走さまでした。おいしかったです。じゃあ睦月ちゃん。元気でね」

 そう言って、彼女は帰っていった。その後姿に早苗はしばらく、深々と頭を下げ続けていた。

        ・      ・

 その後 ——

 私たち家族は県外へと引っ越した。

 あれ以来、マミちゃんとは会っていない。

 まるで双子のように。あんなに仲が良かったのに。別れの言葉すら、言えないまま。

 あれから早苗は、高山さんのご両親と連絡を取り合うようになった。私も高山さんと手紙のやりとりをする仲になった。

 新しい土地。新しい学校。新しい生活。そしてこの力の使い方。

 色々なことを相談し、様々なことを話した。

 中学にあがった最初の夏休み。

 高山さんたっての希望で、家族ぐるみでバーベキューをした。雲ひとつない青空の下で、私達は再会を心から喜んだ。

 久しぶりに会った彼女は顔色は優れなかったが、よく食べよく笑い、元気そうに見えた。かけがえのない、すごく楽しい一日だった。

 その半年後——。

 彼女は入院先の病院で容体が急変し、静かに息を引き取った。

 私の家のリビングの横。思い出の棚。

 そこにはある一枚の写真が飾られてある。

 バーベキューのときに撮影した一枚。

 私が馬鹿みたいに大口を開け、今まさに肉を口の中に入れようとしているところ。その瞬間を英二さんがシャッターを押したのだ。

 それを見て、優しい両親の間に座る彼女が腹を抱えて大笑いしている。その姿が、今もそこにある。


 

 

 

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魔導 久光 葉 @ys198104

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