「発動」— episode 7 —

 二人が掴み合いになる。

 とり巻きの女子達が嗤いながら見ている。

 馬鹿男子達があおる。

 近くにあった机と椅子——音を立てて倒れる。

 マミちゃんがバランスを崩し、床に転がった。

 そこにあった倒れていた机の角—— 鈍い音。頭を押さえている。

 誰もマミちゃんに駆け寄らない。エリカ達の次の標的になることを恐れている。

「ちょっと…誰か保健室に……」

 言うだけで誰も動かない。

「おい、大浦。やりすぎだぞ」

 男子が笑いながら言う。

「なによ。この子が勝手に倒れたんじゃない。自業自得よ」

 皆、押し黙っている。

「許せないからなんだっていうのよ。アンタの体操袋にもやってやろうか?」

 エリカが開き直ったように言い放った。

「あ……血……」

 誰かが言った。

 頭を押さえている手。その指の隙間から、赤い筋が垂れた。床の上にポタポタと落ちていく。

 それを目にした瞬間、頭の中で何かが切れる音がした。昔のブラウン管のテレビ。主電源を切ったときのような、あの音 —— 。

 ブツン

 なにかが、ざわめく。

「……フフ……フフフ…」

 その低い笑い声に、隣にいた女子が言う。

「界外……さん?」

 —— ドイツモ……コイツモ…… 。

「……フフ……フフフフ…」

「むっ…ちゃん…?」

 マミちゃんが起き上がり、私の顔を覗く。その顔が、恐怖に引き攣った。

 窓ガラスが俄かに揺れだし、ガタガタと音を立て始める。

「おい…なんだよ、これ」

「ちょっと…なに?地震?」

 一斉に皆が騒つきだす。

 その中を、エリカに向かってゆっくりと近付いていく。

 ——ドイツモ、コイツモ…… 。

 近付いてくる睦月の異変。それに気付いたエリカが声を震わせる。

「あんた、なによその目……。ちょっと、やだ…こないでよ」

 誰かの机の上にあった鏡。そこに映った自分の顔 —— 。

 口元は歪み、吊り上がった両目が赤く光を帯びていた。

 幼い頃から気付いていた。自分の中にあるよくわからない力。これまでずっと、必死に抑えつけてきた。そのタガが完全に外れた。もはや制御不能だった。取り巻きの女子達。恐怖に顔を引き攣らせ、動けなくなっている。

「ワタシノ大切ナ人ヲ傷付ケル奴ハ、絶対ニユルサナイ」

 ゆっくりと近付いていく。窓がさらに激しく振動する。睦月の長い髪がフワリと舞い上がる。

「バ…バケモノ……」

 エリカはそう呟き、恐怖のあまりその場にへたり込んだ。睦月はエリカを見下ろし、静かに言った。

「アンタナンカ生キテル価値モナイ。死ンデクレナイ?」

 自分でも恐ろしいほどの冷たい声 —— 。

 睦月は左手をゆっくりとエリカに向けた。

 するとそれまで腰が抜けたように座り、震えていたエリカが急に立ち上がった。目が据わっている。そしてベランダの方へ向かって、フラフラと歩き出した。皆、呆然とその様子を見つめている。エリカはそのままベランダへとでた。手摺りに足をかけ、流れるように。なんの躊躇もなくそこから飛び降りた。少し遅れて「ドサッ」という音。

 青空が広がる静かな午後の校舎に、大勢の悲鳴が響き渡った。

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