「ざわめくもの」— episode 6 —

 事件は五時限目の体育が終わった後に起きた。

 グラウンドから教室に戻る。

 私の机の周りを皆が囲んでいた。頭の悪そうな男子達がゲラゲラ笑っている。

 —— はじまったか。ガキどもが…… 。

「どいてくれない?邪魔なんだけど」

 睦月の声に男子達が驚き、一斉に引いた。

 横に掛けておいたはずの体操袋。それがどういうわけか机の上に置かれている 。—— 目を疑った。

 ツギハギだらけのワッペンのウサギの顔。黒の油性マジックで目にサングラス。タバコをくわえ、ツギハギが傷にみえるように仕立てあげられている。私はただ固まって、それを見下ろしていた。

 バンソーコだらけの指 —— 。

 あの不器用さだ。おそらく明け方までかかったにちがいない。

 眠そうな顔ひとつみせず、朝食を作り、得意気に見せてきた早苗の顔。私が袋に入れるのを、嬉しそうに見つめる母の顔 …… 。

「どうしたの?」

 そこへマミちゃんがトイレから戻ってきた。

 私の顔を見て驚き、その目線の先にあるものを見た。

「なによ…これ。だれよ…こんなことしたの……」

 マミちゃんが震えている。怒っている。

「やったやつ、名乗りでなさいよ!!」

 名乗らなくたってわかる。後ろの方からクスクスと女子の嗤い声が聴こえてきた。

 —— どいつもこいつも …… 。

「もしかして、あんたたちがやったの…」

 マミちゃんが振り返って言った。手も、声も震えている。キレる寸前。

 それに対し、エリカが言う。

「なによそれ。証拠もないのに疑うのやめてくれない?ねえ?」

 とり巻きに同意を求め、嘲嗤っている。

 エリカはこれまでも様々な問題を起こしている。だが教育委員会と繋がりのある親が、裏で揉み消していると早苗が言っていた。教師たちも何もできない。怖いものなしだ。

 すると一人の女子が言った。

「私見てたわよ。その子達が落書きして喜んでるところ」

 その言葉に、教室がしんとなる。

 いつものように窓際の席で本を読みながら、そう言い放った 。

 高山いづみ —— 去年の終わり頃、隣町から転入してきた。

 誰かと会話しているところを、私は見たことがない。長身で色白。綺麗な長い黒髪を耳にかけ、いつも一人で本を読んでいた。この子がこのクラスで誰よりも大人びて見えた。

「……許せない」

 そう言ってマミちゃんは後ろに向かっていこうとする。私はその腕を掴んだ。

「な…ちょっと、放してよ」

 私は下をむいたまま、首を横に振った。

「こんなこと、絶対に許せない!許さない!!」

 マミちゃんの目から、一滴の水がポトリと床に落ちた。

 —— 泣いている。マミちゃんが……泣いている……。

 私の奥で、これまで感じたことのない何かが騒めいた。

 マミちゃんは私の手を振り払った。エリカに詰め寄り、掴みかかった。

「おー始まったぞ。やれやれ」

 馬鹿な男子達があおる。

 —— ドイツモ……コイツモ…… 。

 なにかが……ざわめく…… 。

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