「親友」— episode 5 —

 あれは今から七年前 —— 。

 こっちに越してくる前の前。

 小学四年にあがったばかりの出来事。というか事件。

 その日の朝、急いで朝食を食べていた。

「睦月、今日からこれに体操着入れていきなさい」

 得意げに掲げられたそれは、手作りの体操着を入れる袋。

 学年があがった最初の新学期。

 大抵の子が体操着袋を新しく替える。それを皆で見せ合うのが、恒例行事となっていた。

 —— どうりで、何やら遅くまでやっているとおもったら……

 一見、普通の体操袋。ただ気になったのが右下につけられた、ウサギ?のようなワッペン。しかもツギハギみたくなっている。

 早苗が超がつくほど不器用なのは知ってる。両手の指がバンソーコだらけだった。私はことさら嬉しそうに「ありがとう」としか言えなかった。

 さすがにそのワッペンについてはツッコめなかった。受け取って体操着をつめる。早苗がそれを満足げに見ている。そんな彼女を見て、私も素直に嬉しかった。

       ・      ・

 イジられるのは目にみえていた。

 なぜなら新しいクラスにはエリカがいる。

 とり巻きも何人かいて、なにかにつけ皆でイジる要素をさがしている。ようするに、典型的なガキども。

 私もこれまで何回か標的にされたが、相手にしなかった。私の反応の薄さにすぐ的を変え、これまで特に何もなかった。

 教室に入ると、すぐにそれは始まった。

 皆私の袋に注目し、クスクス笑い声が聴こえてくる。案の定、後ろにかたまり陣取っている彼女たち。自分の机に鞄を置くと、マミちゃんがやってきた。去年初めて同じクラスになり、仲良くなったただ一人の親友。

「むっちゃん、おはよう!そのワッペン可愛いね。ウサギ……かな?」

「よくわかんない」

 マミちゃんはプッと吹き出し、腹を抱えて笑い出した。私は教科書を抽き出しへとしまう。

「さすが早苗ママだね。おもしろすぎる」

「マミちゃんのは?」

「私は去年といっしょ。あれ気に入ってるんだ」

 そう言って微笑んだ。

「エイジさんはこれ見て、なんてコメントしたの?」

「パパはもう会社行っていなかったから。いてもどうせ“ 個性的だね ”とか、“ 不思議な生き物だね ”とか、当たり障りないことしかいわないわよ。あの人は」

 マミちゃんはまた腹を抱え笑っている。

 彼女の家は母子家庭だった。

 母親は近くのスーパーに勤めていて、夜は駅前のスナックで夜遅くまで働いている。母どうしも仲が良く、毎週金曜の夜は家に泊まりにきていた。皆で一緒に夕飯を食べ、風呂ではしゃぎ、寝る前には色んな話をした。よく双子みたいに仲がいいねとよく言われた。

「私はこれ、卒業まで使うの」

 マミちゃんは物を大切に使う。

 家計に余裕がないからとか、母に気を遣っているではなく。ただ大人びていた。他の子たちとはちがって落ち着いていた。だからその体操袋を本当に気に入ってるんだなと思えた。

 これからもずっと親友のまま、一緒に楽しく過ごしていく。なんの疑いもなく、そう思っていた。きっとマミちゃんも、私も…… 。

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