「家出ニアラズ」— episode 2 —
家を出るとき、机の上に置き手紙を残してきた。
そこには、ただ一言。
“ 家出ニアラズ ” とだけ…… 。
“ 夏休み中には戻ります ” とか、“ 心配しないで下さい。すぐ帰ります ”とか、普通に波風を立てない書き方はいくらでもある。にもかかわらず、早苗が
早苗はその置き手紙を見て、英二さんはトバッチリを受けているにちがいない。罪悪感はないことはない。
家出をしたつもりはなかった。だがすぐに帰るつもりもない。それは今後の成り行きにまかせればよい。なんたって夏休みなのだ。
お金はいくらかあった。こんな日のために、コツコツ貯めておいたのだ。それにプラス、英二さんが旅の資金にと持たせてくれた三万円。
今のこの状況に、口元におもわず不適な笑みが浮かぶ。
—— フフ……わたしは自由だ。
なんて素晴らしい響きだろう。
今この時だけは勉強からも。今後の進路からも。なにより早苗の小言からも、私は解き放たれている。そうおもうだけで胸がワクワクし、何もかもが違って見えてくる。不思議なものだ。
ただ気掛かりなのは、いきなり訪ねていって迷惑ではなかろうか。
それだった。言ってこいというのだから、連絡はしてくれてるとはおもうのだが。急に不安が募ってくる。私は情緒不安定なのだろうか。ふと、そんなことをおもった。
・ ・
将来何をしたいのかなんて、私にはわからなかった。
何になりたいとか何をしている時が一番楽しいとか。私はそれどころではなかった。年齢を重ねるごとに強くなっていく魔導の力。翻弄され、ただ戸惑っているだけだった。
早苗との折り合いがさらに悪くなったのは一年前。
高校二年の夏休み前に行われた、三者面談が原因だった。
一週間前に配られた進路希望を書く用紙—— 。
私はそれを、白紙で提出した。三者面談が終わったその日の夜。
早苗は赤っ恥をかいたと夕食後騒ぎだし、大喧嘩へと発展した。
私は本当にわからなかったから書かずに出しただけで、べつに他意はなかった。しかし売り言葉に買い言葉というやつで……。弾道ミサイルの如く次々と襲いかかってくる早苗の攻撃に対し、英二さんは横から。
「なにもそんなに怒らなくても……」とか、
「本人が決めかねているんだから…しょうがないじゃないか」
といった実に心許ない、何発かの迎撃ミサイルで援護を試みてくれたものの。それは大気圏を突き抜けてマッハで飛んでくるパチンコ玉を、同じパチンコ玉で撃ち落とすようなもので。全くもって功を奏さなかった。第一次大戦は別の機会に話すとして……。
我が家のその第二次大戦が勃発した後。
父と母は休戦協定を結び、私と母は冷戦状態が続いていた。
そして今年の三者面談の夜。再び第三次大戦へと突入したのである。
原因は面談の際、母の前で担任に対して。
「卒業したら適当に就職しますんで、ご心配なく」
その一言が母・早苗の逆鱗に触れたらしかった。
夕食後、母の攻撃開始をレーダーで察知した父・英二はパチンコに行くと言って出ていった。夜の七時に……。
早苗は実母である和美の双子の姉。
当然、魔導の血を引いている。私が自分の力に戸惑っていることにも気づいている。だけど私はそんな素振りは見せないし、見せたくない。早苗はそんな私に対し、ことそれに関しては何も言わない。この力のことで言われたのは、七年前のある事件。その時にただの一度だけ。それ以降、彼女は魔導の事に関しては一切触れない。
母が私を身籠もって父が……というより、父になるはずだった男がなぜ姿を消したのか。母が何故死んだのかも、その真相を二人は知っている。だが私はあえて聞かない。その時が来ればいずれわかる。なんとなくそう思えた。本当は自分のことで精一杯なのだ。ただそれだけ……。
私は今、母についての真相に最も深く関わっていたであろう人の元に向かっている。そんな気がする。今が“ その時 ”かもしれなかった。
その人に会って、訊きたいことが沢山ある。
ことの真相 —— 。
父になるはずだった男は、なぜ姿を消したのか。なぜ幼い私を姉夫婦に預け、母は死んだのか。その人は私たち家族と、いったいどのような繋がりのある人なのか。この呪われた力を、どうすれば自分のものにできるのか。そしてもう一つ。
そもそも魔導とは……その一族とはいったいなんなのか。
訊こうとおもった。なにもかも全部……。
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