第8話 頼朝

姫子は料理にはほとんど口をつけず

すぐに箸を置いた。

そして

「先生、後はよろしくお願いしますねぇ」

と言い残して茶の間から出ていった。

姫子がいなくなると部屋に張り詰めていた

緊張の糸が切れるのがわかった。


食事の間、誰も口を開かなかった。

皆がボクを警戒していることは

時折感じる視線からも明らかだった。


3人の婿候補達はさっさと食事を終えると

挨拶もせずに部屋から出ていった。

それからしばらくして彼らの母親達も

腰を上げた。


茶の間には

ボクと対面に座っている男だけが残された。



「頼朝さん・・ですね?」

ボクの言葉に男は驚いたような表情を浮かべた。

しかしそれも一瞬のことで、

男はこちらに向かって恐々と頭を下げた。


「先生はすでに脅迫状の送り主にも

 見当がついているのではないですか?」

顔を上げた頼朝は怯えたような目を

キョロキョロと左右に動かしていた。

「さすがにそこまでは・・」

そもそもここが小説の世界だとしても。

この小説はまだ執筆中である。

答えを知っているのは

作者である詠夢だけなのだ。


「・・そこで伺いたいのですが、

 頼朝さんには何か心当たりはありませんか?」

ボクは探偵らしく毅然とした態度で訊ねた。

頼朝は少しの間逡巡してから、

躊躇いがちに口を開いた。

「疑わしいのはやはり

 次女の富子とその息子の義尚でしょうか」

頼朝はボクが小さく頷いたのを確認してから

さらに続けた。

「遺言状に書かれた条件で、

 最も不利なのは義尚ですから・・」

「・・それはなぜですか?」

そう訊ねつつ

ボクは日野にそっくりなあの醜い顔を

思い出していた。

「義尚は酒癖が悪く好色です。

 性格は粗野で乱暴。

 村の娘の中にも泣かされた者は

 少なくはないでしょう。

 言っておきすが、

 この場合の泣かされたとは

 文字通りの意味です。

 義尚は力づくで

 娘達を手籠めにしていたのです。

 あの体格で襲われたら、

 女性の力ではどうしようもないですから」

頼朝の言葉にボクは息苦しさを覚えた。

義尚はその外見だけでなく、

その内面も日野正義にそっくりだった。

「それに村の人間は

 夜霧の家の者には逆らうことはできません」

そう呟くと頼朝は「ふっ」と自虐的に笑った。

「・・とにかく。

 姫様の遺言状に一番納得できないのは

 富子と義尚の親子でしょう」


「五代さんが乗っていたボートに

 細工がされていたことについては

 どう思われますか?

 富子さんと義尚には

 脅迫状を送る理由はあっても

 五代さんを殺す動機はないと思うのですが」

五代が死んで

最も得をするのは頼朝の息子である頼家なのだ。

「・・先生は五代を殺そうとした犯人が

 政子か頼家、

 そして私の中にいるとお考えですか?」

「あくまでも可能性の話です」

ボクは頼朝から目をそらした。


「リーリー。リーンリーン」

美しくも悲しげな虫の音が聞こえた。


「私と頼家には

 人を殺すような度胸はありません。

 それができるとすれば妻の政子でしょう。

 しかし。

 政子はそんな馬鹿な真似はしないでしょう。

 女は金のために人を殺したりはしません。

 五代を殺す動機ならば

 菊子の方が強いでしょう。

 菊子と秀頼はデキていますからね。

 血の繋がった親子で愛し合っているのです。

 女は愛のために人を殺すのですよ」

そう言って頼朝はニヤリと口元を歪めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る