第7話 遺言状

茶の間は静寂に包まれていた。


「リーリー。リーンリーン」

美しくも悲しげな虫の音が聞こえた。


「先生は私がまだ生きているうちに

 遺言状を発表したことを

 不思議に思われるでしょう?

 ですが。

 歳をとるとどうしても

 先のことが心配になるのですよ。

 備えあれば憂いなし。

 転ばぬ先の杖。

 探偵は死人が出てから現れる。

 と仰るでしょう?」

姫子は上品に「おほほほほ」と笑った。

「では先生には

 一週間前に発表した遺言状の内容を

 説明しておきましょうかねぇ」

そう言うと姫子は

小さく「コンコン」と咳をした。


「・・遺言状に関しては

 ある程度予想がついています」

ボクは大きく息を吸い込んだ。

もう一度。

確認する必要がある。

本当にここが小説の世界なのか。


ボクは部屋にいる皆の顔を順に見回してから

小説に書かれていた文言を慎重に口にした。



「遺言状」


夜霧家の全財産は

次の条件の下に五代に譲られるものとする。


1.五代は配偶者を夜霧姫子の3人の孫である

 頼家、義尚、秀頼の中から選ぶこと。

 もし五代が他の配偶者を選ぶ場合は

 その相続権を失う。


2.五代が相続権を失った場合、

 もしくは亡くなった場合は

 頼家

 義尚

 秀頼

 の順で財産を受け継ぐものとする。


3.孫である3人が五代との結婚を拒否した場合、

 五代は誰と結婚してもよい。

 この場合、

 夜霧家の全財産はすべて五代が受け継ぐ。

 ただし。

 孫である3人が全員亡くなった場合は、

 夜霧家の全財産はその母である3人が

 均等に受け継ぐ。



話を終えてボクが口を閉ざすと

全員が驚いたようにこちらを見ていた。


「おほほほほ」

姫子の笑い声が部屋に響いた。

「どうやって遺言状の内容を

 調べたのかわかりませんが、さすが。

 名探偵の風来山人先生。

 やはり先生に依頼したのは

 正解だったようですねぇ」

そんな姫子の言葉も

ボクの耳には届いてなかった。

ボクは形のない不安に襲われていた。

やはりここは

『夜霧家の一族』の中の世界なのだ。

そしてそれが意味するのは・・。


「五代。

 あなたは犯人が見つかるまで

 先生のお手伝いをするのです。

 他の者も先生の調査に協力するように。

 もしも。

 先生の調査を妨害する者がいれば、

 その者はこの家から追放します。

 言い訳は許しません。

 いいですね」

姫子がそう命じると、

部屋にいる全員の顔に動揺が広がった。

「さあ、先生。

 大したもてなしはできませんが、

 食事をどうぞ」

そして姫子は福の方を見て両手を叩いた。

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