第36話「鬼と狼の狩猟戦線ー1」
怨念渦巻く森の中で、二つの影がぶつかり合っている。
「おぉぉぉ!!」
一つは全身と太刀に魔力の雷をまとい、周囲の木や地面を削りながら雷撃と斬撃を放っている、武士の如き佇まいをした男。
本来であれば雷の魔力を制御するには凄まじい集中力と素質が必要とされるのだが、彼はそれらを感覚だけで制御し、ある程度指向性を持たせて雷撃を放てる。そこに彼の持つ妖刀「妖切荒綱」の持つ退魔の力が合わされば、並みの怪魔であれば焼き殺されるだろう。
「凄まじいな……! まともに受ければただでは済まない威力だな! だが、オレの氷もそんなに甘くはないぞ?」
それに相対するは、冷気をまとい、周辺の気温を低下させ、得物である片手斧に
荒れ狂う大蛇の如き雷撃を周辺に「盾のルーン」によって構築された氷の障壁を張ることで防御し、その上でほぼ同時に魔術式で強化した片手斧で重戦車の如く突撃してくる。
現代兵器で換算すれば、彼の現在の防御力は戦車並みの硬さを有し、片手斧の一振りで装甲車を容易く両断することも可能だろう。
その装甲車を両断できるほどの破壊力のある攻撃を、頼孝は鬼の膂力をもって迎え撃ち、その合間に雷撃をする。
「くそ、面倒なことこの上ない術式だ!」
頼孝は思わず舌打ちする。
貯蔵できる魔力量やその放出量は大きく、その威力も折り紙付きではあるが、それでもバーサーカーの展開する「盾のルーン」によって構築された防御術式により、攻撃が上手く通っていない。
そのうえ、力任せに雷撃を発していることもあり、狙いが定まっていないからか、雷撃が分散気味になっているが、それでも厄介であることに変わりはない。
「その剣技には驚かされる。純粋な技量ならそっちの方に軍配は上がるだろうが、オレの氷を突破することは出来まい」
バーサーカーは冷静な口調で落ち着いた様子で片手斧を振るう。それを頼孝は体捌きと剣技のみで防ぐが、防ぎきれないと反射的に避け、反撃の機会を伺う。片手斧は木をなぎ倒し、周囲に氷の破片をまき散らす。
状況はいっこうに傾かない拮抗状態になっており、彼らが刃と魔術を交えた場所は雷撃によって木々は燃え、氷によって土や落ちる葉などは凍結し、刃物のようになっている。
“だが、この男の雷撃は直撃しない方がいいな。こっちの「盾のルーン」に回す魔力量もこれ以上多くは回せん。なるべく早く仕留めた方が良さそうだ”
しかしバーサーカーは内心で頼孝の危険性を考慮していた。
彼の行使する「盾のルーン」はバーサーカーの魔力量によって防御力が向上する仕組みになっている。術式自体はシンプルであるが、その単純性故に魔力量によって防御力が左右されるという性質を持つ。
頼孝の雷撃は放射される形による魔力放出であるため、その威力はまばらではある。しかしその威力は基本的に高いので少しでも気を抜くと「盾のルーン」の防御を突破しかねない。
「うぉぉぉ!!」
雄叫びを上げ、頼孝は刀を横一閃に振り抜き、込めた魔力を解き放った。
「―――――!!
跳躍による回避が間に合わないと瞬時に判断したバーサーカーは即座にルーン魔術を詠唱と共に発動した。
現在の彼の装備である革鎧の上に羽織っているマントの外套の下に仕込んだ、自ら刻んだルーンは氷によるコーティングが施された即席の鎧と化する。
「ぐぅ!!」
横一閃に放たれた雷撃がバーサーカーの革鎧に直撃し、化学反応による爆発が発生して、その場から吹き飛ばされる。
だが多くの戦場、鍛錬によって鍛えられた肉体は獣の如き柔軟性と反射神経によって行われる受け身により、数本の木々をなぎ倒しながら転がるも軽傷で済んだ。
“純粋な腕力なら、今のオレとほとんど同じぐらいか。だが、あの体つきと出力を考えると純粋に魔力放出による筋力の一時的な向上によるものと考えるべきだろう。だが、今ので外套に仕込んだルーンがいくつかやられたな”
なぎ倒された木を背にしながら、バーサーカーはすぐに起き上がり、冷静に状況を分析する。
「む――――――」
しかし、その培った戦術眼による分析を行う前に、飛来物の到来を察知する。
飛んできたのは、無数の雷の矢。
吹き飛ばされて未だ5秒も経っていない間に目算で見ても50を超える雷を帯びた矢がバーサーカーに向けて飛来してきた。
「――――――ぬんっ!!」
バーサーカーはルーンによる術式で強化した拳をすぐさま地面を殴りつけ、その衝撃で地面をめくりあげて防ぐ。
「
ルーン魔術による詠唱と共にめくりあげた地面を一瞬で凍り付かせ、それを思いっきり蹴り飛ばし、頼孝にぶっ飛ばす。
「昇雷閃!!」
それに対し、頼孝はどっしりと地面に足をつけ、雷撃をまとった斬撃をゴルフクラブのように一気に振り上げ、ものの見事に真っ二つに両断してしまった。
「からの――――――、天罰覿面!!」
そして振り上げた刀を上段に構え、バーサーカーを見据えて一気に振り下ろす。
その一太刀はまさに落雷の如し。彼の膂力もあって、光の速さで落ちてくる。
「―――――っ、ウォォォォ!!!」
バーサーカーは獣のような雄叫びを上げ、周囲の空間を震わせ、手に持った片手斧を両手で持ち、振り下ろされる落雷の如き一太刀を防いだ。
刃と刃がぶつかった瞬間、稲妻と冷気の凄まじい爆発の如き衝撃が起きた。
周囲の木々は激しく揺れ、彼らの周囲に満ちていた呪詛や怨念もその魔力の嵐に吹き飛ばされる。
「オレに力技で挑むとは中々の強者じゃないか。一つ、一つの雷がまともに受ければ容易く人体を破壊する可能なほどの威力。トールもかくやというべきか」
「北欧の神霊に喩えられるのは悪い気はせんが、そっちの冷気なんか暴力的すぎるだろ。魔力に抵抗がない人間なら一瞬で凍死しているであろう」
鍔迫り合いをしつつ、互いに口を開く。
両者の力は現時点では拮抗している。そして、今行使できる彼らの力はお互いにとってどれも致命傷になりうる。
“この男とオレとでは、現時点での力の差は五分五分。互いの一撃が致命傷になるし、それを防ぐ手段があるから互いに殺しきれん。思っていた以上に難易度が高い……。殺すなら、もっと高い火力が必要になる”
頼孝は目の前の獣を狩るためには更に高い火力が必要になるだろうと考えた。
「ふんっ! ……面白い。オレの冷気を受けても未だに戦意を衰えさせず、オレを獲物として見据えるその眼差し、まさしくオレが求めていた戦士そのものだ」
「そういう仕事をしていたからな。それで、どうする? このまま延々と続けるのか?」
「なにを言う。同じことを続けては面白みも何もない。戦はここからだ。貴様のような素晴らしい戦士は、我が本性で相手をしよう」
そう言うと、バーサーカーは懐から何かを取り出した。
それは何かの杭のような形をしたものだった。
「! それは――――――」
頼孝はそれが、かなり危険な呪物の類であることを看破し、すぐに止めようとした。
「ぬん!!」
しかしバーサーカーはその呪物を何の迷いもなく自分の心臓の位置に突き立てた。かなり強く突き立てられたからか、革鎧を通り越して直に刺さっており、大量に出血している。
そして、大地がうねるような、大きな心臓の鼓動が聞こえた。
「ウゥゥゥ……!! オォォォォォ――――――!!!」
バーサーカーは獣のような咆哮を上げ、その身を変革させる。
革鎧に覆われていた上半身が弾け飛び、筋骨隆々とした肉体が露出される、骨が激しく軋むような音と共に、彼の体の筋肉や骨格が膨れ上がり、全てが変わり始める。
露出した上半身は皮膚が裂けていき、その内側から獣毛に覆われた肉体が露わになる。胴体だけではなく腕も同様で獣毛と共に爪も刃物のように鋭くなった。
地面を踏みしめる足も激しく変形し、人間のものではなく、巨大な獣の後ろ脚となり、重く軽快に地面を捉える。
顔も、口が前に伸びてマズルとなり、耳が伸び、毛皮に覆われた狼のものとなっていく。
そして、最後。
彼の尾部……革鎧の下から突き破るように太く逞しい大きな尻尾が生え、彼の変異は完了する。
「フゥゥゥ……」
自らの変異を完了させたソレは響くような重低音の唸り声を漏らし、瞳孔の裂けた金色に輝く目を頼孝に向ける。
「――――――マジか。これは、
「あぁ。オレは、
「道理で微妙に神気を感じたわけだ。こっちの世界でも、大本を辿れば神霊とかに通じる者たちの末裔もいるって弦木も言っていたが、コイツは異国のソレというわけか」
バーサーカーから感じていた違和感の正体が混血であると理解し、頼孝は身構える。
戦闘能力の大きな強化だけではなく、纏っている魔力に神気が宿っている。頼孝の
「……なら、オレ自身も腹を括るしかないな」
もう出し惜しみをする暇も余裕もないと理解した頼孝は覚悟を決める。
「バーサーカー。お前は人間の姿が偽りの姿と言ったな。その姿こそが自分の本性で強い戦士と戦うまで何度でも生まれ変わると」
「それがどうした? オレは満たされぬ渇きを潤すだけに過ぎん。この世界にはオレの見ぬ強者がまだいるかもしれんからな。ルーラーにはそのお膳立てをしてもらうつもりで協力しているだけだ」
「そのためなら、自分がその強者に出会うためだけに、いくらでも無辜の民が犠牲になっても構わないと言うのか」
最後の問いを投げかける。この先を聞けば、真に刃を抜かなければならないと言わんばかりに。
「―――――――ああ。構わん。第一、狩りの最中に足元を這いまわる虫共を気にかける理由がどこにある?」
「――――――――――」
獣の口から出た言葉に頼孝は表情を変え、ぎりっと刀を柄を握りしめた。
同情からでも憐れみから出た感情表現でもない。
ただ、致命的にわかりあえないと理解したから。
同時に、目の前の獣を、絶対に野放しにしてはいけないと心の底から理解した。
「そうか。なら、オレは
決意は祈りのように、過去を省みる。
もう二度と取り戻せないモノ。当たり前の中にあって、そして永遠に失われてしまったもの。
「故に、オレは貴様を狩る。帝都の退魔士。妖殺しの雷鬼として」
変わらぬ誓いと思いは今も
「
雷鳴と共に、魂に宿る力を解放する。
魔力の渦が頼孝を包み、その姿を変化させた。
手に持つ妖刀は生物的な造形の拵えの赤黒い異形の刀と化し、禍々しい雷を宿した。
そしてその主の姿は……ほとんど変わりなかった。
弦木邸の時は全身の筋肉が膨張して身長も伸びた巨漢と見紛う姿であったが、魔力の渦の中から現れた彼の姿は少々異なっていた。
現在の頼孝のまま、黒い武者鎧に身を包み、こめかみから2本の真っすぐに伸びた黒い角が生えていて、鬼を模した面頬をつけた姿をしていた。
その出で立ち、その姿こそ、かつて異世界「トヨノハラ」にて尊敬と畏怖の念を向けられた、帝都の守護者としての姿。
あらゆる業を呑み込み、それでも己が抱いた意思を貫いた男の、成れの果て。
「
今ここに、一人の鬼武者が顕現した。
「ほう……。以前と少々姿が違うな。だが、前と違い中々の威圧感と魔力。相手にとって不足はないな」
バーサーカーは舌なめずりをして、目の前の獲物を見据える。
「お前が望む相手が誰だろうが、オレには関係ない。お前はオレにとってここで殺さなければならない獲物に過ぎん。構えろ、狂戦士。その渇望、その飢餓。この場で斬り捨てる!」
頼孝は異形の妖刀へと変化した妖切荒綱を握り、再び構える。
「は――――――はははははは!! 良い、良いぞ! それこそまさにオレが求めていたもの! かつてオレが狩りつくした国々の奴らにはなかった、オレをただ一匹の獣として狩ろうとするその目と強き意思! ようやく出会えたぞ! おお、大神オーディンよ、ご照覧あれ! 我が生涯、最高の戦をご覧に入れようぞ!!」
歓喜の声を上げ、バーサーカーは片手斧を強く握りしめ、前傾姿勢で頼孝を眼前に捕らえる。
「―――――――いざ、いざ尋常に勝負!!」
そして彼らは地を蹴った。
鬼武者と、狼狂戦士の本番がここに始まる。
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