第37話「鬼と狼の狩猟戦線ー2」

 多々見頼孝の異廻術イデアである「羅刹らせつ招来しょうらい妖切あやきり荒綱あらつな」は自身を鬼に変ずることで人間には持ちえない膂力と魔力貯蔵量、そして彼の持つ魔力属性である「雷」を大幅に強化することが出来る。


「せいっ!」


 刃に魔力を通し、凄まじい雷を宿した妖刀を振るう頼孝。


 その威力は変身前のものとは比較にならず、一つ振るうだけで森林地帯にある大木も容易く切断される。刃に宿った魔力の密度は凄まじく、純粋な切断ではなく文字通り焼き切っていた。


「オォォォ!!」


 雄叫びを上げながら、バーサーカーは付与エンチャントした魔力で巨大化させた片手斧を振るいながら、高熱を発する頼孝の刀にぶつける。


 バーサーカーの魔力によって強化された片手斧はもはや一振りだけで戦車を両断することが出来るほどの威力を有している。それほどの重さと威力のある一振りを頼孝は迎撃する。


「いいぞ、いいぞ! オレの一撃をここまで耐えることが出来たのはお前が初めてだ! どれだけオレを愉しませてくれるか!?」

「言ってろ!」


 灰狼の狂戦士は戦いの愉悦に浸りながら、その暴力を雷鬼にぶつける。


 刃がぶつかり合う度に雷と冷気が弾け、周囲が焼け、凍り付くという、天変地異もかくやというほどの有様。ひとたびこの嵐に巻き込まれることもあれば、肉片に成り果てるだろう。


「オラァ!!」

「ぐっ!」


 片手斧を受け止める頼孝をバーサーカーは前蹴りをして吹き飛ばす。


 その前蹴りは強烈で凄まじい速度で蹴り飛ばされた頼孝は木々を数本なぎ倒す。


「くそ、ただの蹴りでこれか!」


 しかし鬼の肉体にその身を変化させた頼孝からすれば、例え大型トラックを粉砕できるであろう蹴りを食らった所で簡単にその身は砕けない。


マンナズ内より現れよ、我が獣性ナウシズその魂を縛りてイーサ冷たきエイワズ牙の群れとなれ!」

「!?」


 離れた場所にいるバーサーカーの詠唱が聞こえ、顔をあげる。


 バーサーカーの周囲にルーン文字と共に冷気が広がり、その冷気が徐々に形を変えていく。


 そして、その冷気は凝固し、狼の形をした氷塊がいくつも出現した。冷気の他にもその氷狼は怨念のような、負の魔力を纏っており、見る者に威圧感と恐怖心を植え付ける。


「使い魔の召喚……。いや違う。召喚術特有の魔法陣も気配もなかった。それにあの氷の狼から感じるのはこの土地に根付いた怨念……。まさか、自分のルーン魔術で作った氷を依代にしたのか?」

「如何にも。母が巫女の家系だったからな。その魔術特性を受け継ぎ、オレなりに昇華させた魔術式だ。ここに巣食う怨霊共は実にわかりやすい性質故、オレの使い魔にするのに微塵も苦労はしなかったとも」

「……」


 バーサーカーの言葉に頼孝は眉間に皺を寄せる。


 彼のルーン魔術による氷を依代にした疑似的な使い魔作成。それはいい。

 だが、頼孝にとって問題なのはそこではない。問題はこの氷狼の素材になっているのは、この土地に在り続ける怨霊……動物霊たちだからだ。


 無論、彼にはこの土地に在り続けた動物霊たちに思う所はない。彼にとっては無関係で特別になにか気にすることではない。


「気に食わないな。オレが言うのもどうかと思いはするが、そのやり口は気に食わない。オレがいた異世界の連中妖どもと変わらない」


 独り言のようにそう呟く。


 欲望のためにヒトを食らう。同族ですら食らう。己のために他者を自分の糧にして利用する。


 頼孝にとってそれは、自分が殺してきた妖たちと同じものであり、許容できないものだった。使われたのが、怨霊に成り果ててしまったものであろうとも。


「なんとでも言うがいい。――――――行け!」


 バーサーカーの命令を聞いた氷狼たちは遠吠えを上げ、その牙を剥きだしに走り出す。


 そのスピードはモデルが獣なだけあってとてつもなく早い。殺意をむき出しにしてやってくるその様はまさに獲物を求めるかの如し。


「くそ!」


 頼孝は舌打ちをしながら、妖刀を握りしめて迎撃態勢を取る。


 早いスピードで迫ってくる氷狼は恐怖心もなく、ただ生きている者への憎悪と狩る者としての本能のままに牙を剥く。


 意識の切り替えを瞬時に行い、魔力の電荷をまとった刀を機械的に振るう。


「ギャッ!?」


 氷で出来た体が稲妻の刀によって砕け、生気のない鳴き声を上げる。


 しかし群れの一匹が砕かれようと、他の氷狼は獲物を狙うのを止めない。狩りは獲物を仕留めるまで止まらない。それだけではなく、一匹砕かれても周囲に満ちる呪いを依代にルーン魔術による使い魔作成で氷狼が追加されていき、次々と頼孝に襲い掛かる。


 電荷をまとった刀による高熱で砕かれるのと同時に蒸発して水蒸気が舞い、周囲を湿気で満たす。


イース氷よナウシズ縛れ!!」


 バーサーカーは使い魔作成を中断し、すぐに別のルーンを起動させる。


「ぐっ!?」


 頼孝の周囲に満ちていた水蒸気を一瞬で氷結させ、瞬間的に彼の動きを拘束する。


 このような拘束は彼からすれば足止めにもならず、拘束と呼べはしない。

 だが――――――狩人バーサーカーにとってはそれだけで十分であった。


「隙ありィ!!」


 ほんの僅かな数秒のみの隙。それを狙ってバーサーカーは大地を蹴り、一瞬で距離を詰め、片手斧で頼孝の胴体に叩き込む。


「が、あぁぁ――――――っ!」


 条件反射で胴体を魔力で覆っていたため刃は通らなかったが、衝撃は内臓に響き、その場からはじき飛ばされ、地面をバウンドして大きな墓石に激突した。

 衝突した墓石は頼孝が衝突したことで粉砕され粉塵を巻き上げ、地面に大きな轍を作る。


「ぐ、ぁぁ……」


 後頭部を打ち付けた頼孝は意識を保とうと呼吸をする。


“まずい……。さっきの一撃であばら骨が粉砕された。それに、これは……”


 自分の体内の状況を即座に把握した瞬間、頼孝は血反吐を吐いた。


“内臓のどこかに骨が刺さったか……。だが、これぐらい……”


「おらおら、どうしたぁ!? まだまだ行くぞ!!」

「!! くそ!!」


 頭と口から血を流しながら、頼孝は体内の魔力を回し、手に持つ刀を通して眼前に迫ってくる氷狼たちに向けて雷撃を放つ。


 雷撃は早く氷狼たちを砕くが、内臓を負傷し頭を打ち付けたことによって思考がブレて魔力操作の効率が落ちて威力にムラが出始め、命中しても完全に倒しきれていない個体まで現れる。

 その一体が、頼孝の胴体に追い打ちをかけるように激しく体当たりをする。


「ぐ、うぅぅ!?」


 体当たりされた頼孝は再び地面を激しく転がり、背後にあった木に当たって止まった。


「がっ……、あぁ……」


 あばら骨が折られ、内臓にもダメージが入った所による追い打ちを食らった頼孝は更に吐血する。

 体内の魔力循環が上手く行かず、回復のための術式がまともに機能しない。鬼の体でなければ、既に彼の命は潰えているであろう


「勝負あり、だな」


 勝ち誇ったかのようにバーサーカーは頼孝の眼前に近寄り、片手斧を手に見下ろしている。


 先ほどまでいた氷狼たちは既におらず、バーサーカー1人だけ。獲物を前にした獣のように佇んでいる。


「随分と奮闘したようだが、結局は貴様ではオレを殺すことは出来なかったようだな」

「……っ」


 そういうバーサーカー自身も頼孝の雷撃を完全に避けきることは出来なかったらしく、彼の脇腹も焼け焦げ、地肌……毛皮が抉れ、焼けていない所からは流血していた。

 痛覚を多少遮断しているのか、そこまで痛みがないようだが、それでもダメージそのものは確実に入っているらしく、口から荒い息を吐いているのが見える。


「一介の戦士として、貴様の奮闘を称えよう。そして死ね。我が斧で、一切の苦しみなく殺してくれよう」


 そういうバーサーカーの表情は狂気と喜びに満ちており、片手斧をゆっくりと振り上げる。


「……」


 目の前で振り上げられる片手斧の刃が自分の首筋に狙っているのが微かに見える。


“……ここまで、なのか”


 どこか諦めにも似た感想が心の中で漏れる。


 バーサーカーの力量なら、たった一振りだけで自分の首を落とすのは容易いだろう。


“……そういえば、あの時も……”


 片手斧が振り下ろされるその瞬間。


 ほんの一瞬。されど、とても長い、かつての日々を振り返った。

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