第34話「勇気ノ祈リ」

「さて、お話はまとまったようなので、早速作戦を開始いたしましょうか」


 公則きみのりと、彼の犬神にして式神であるユメマルの様子を見た柚希ゆずきは声をかけた。


「だが、これほどの呪いの海をどうするんだい? いくら私でもこれほどの呪いはユメマルがいてもどうにも出来ないぞ?」

「それはそうです。仮に正攻法で真正面でこれを祓うとしたら、環菜ちゃんが最低でも4~5人はいなければダメですね。ぶっちゃけ、私でも死んじゃいます」

「はぁ!? じゃあ、どうするんだよ!? 真正面からじゃ無理なら、どうやって攻略するんだよ!?」

「――――――は、はぁ」


 柚希の発言に流石の頼孝よりたかも素に戻ってツッコミを入れる。公則も彼女の言葉に空いた口が塞がらなかった。


 森林地帯を覆う内因結界の要石である留方寺の向こうは浄化されなかった怨念が呪いの海となって押し寄せてきている状態が続いている。江取家由来の者には効果は薄くとも、これほどの質量があっては無理だろう。


 浄化などを専門とした魔術師が正攻法で尚且つ真正面からこの呪いの海を乗り越えるとするなら最低でも環菜と同クラスの者が4~5人いなければ話にならないと柚希は言った。


 つまり、この面子で目の前の呪いの海を乗り越えることは不可能であることを示している


「そこは任せなさい。あくまでそれは正攻法でやった場合のお話です。なので、今回に関しましては特例として―――――――押し通らせてもらいます」


 そう言うと、柚希は左手に持っていた刀を抜刀した。


「あの刀は……」


 彼女の抜いた刀を見た公則は、その刃を見た瞬間、思わず目を見開いた。


 抜かれた刀の刃は汚れや穢れ、なに一つ感じられないほどの美しさを放ち、月光を受けて反射している。


 同時に、その刃の部分には肉眼では見えない小さな文字の数々が刻まれていた。


「“主の御名において、来たれ”」


 厳かすら感じる言霊を発したのと同時に、刀を地面に刺した。


 すると、それを合図にどこからともなく杭のようなものが彼女の足元に展開された魔法陣からミサイルのように発射されていった。


 発射された杭は放物線を描きながら飛び、留方寺を中心に展開されている結界の壁に突き刺さる。


「“天より遣われし徳目。勇気の銘を持つ聖痕を宿す我が命に応えよ”」


 その言葉と共に、結界の壁に突き刺さった杭が輝き始め、結界が軋み始める。


「“私が活かし、私が愛し、私が潤す。数多の命と供に海を越え、大地を目指し、愛を主に示す”」


 そして、彼女は地面に突き立てた刀の柄を両手で握りしめ、詠唱……もとい祈りを始めた。


「“疲れた体に休息を。震える魂に平穏を。衰える精神に安寧を。我らを見つめる天より、彼らに救いあれ”」


 祈りは続く。女の体に光りが溢れる。


 それは遥か遠き極東の地に根差し、生を受け、その功績をもって主の奇蹟を宿すことを許された者にのみ許された大いなる言の葉。


 生者の世界に縛られた霊体。世を恨み、厄災の礎となる悪性情報。その源になりうる悪霊を清め、浄化する、天偏教会が唯一使用することを許した神秘。


 魔術世界においては死を活かし神秘と成す「黒魔術」と対となる生を以て奇蹟と成す「白魔術」と称されるもの。


 人界に預けた神の御業。聖霊術アルス・スピリトゥス。その最上位にある術を柚希は行使しようとしていた。


「“誓いを。縛る首輪が外され、遠い平原に足を運ぶ。永久の苦痛は、大いなる自由をもって約束される”」


 最後の一節の祈りを捧げ、刀を地面から抜くと、横水平に刀を構え、刀身に魔力を流す。淡い光が刀身に宿り、奔流となって渦巻き始める。


「“――――――囚われし魂に安寧あれパクス・キャプティブス!!”」


 勇ましい声と共に刀を一気に振り切る。


 刀から放たれた光の刃は横一閃に飛び、複数の杭が突き刺さる留方寺の結界に向かって飛んでいく。


 そして、激しい衝撃と共に盛大な爆発を起こした。


「うぉぉぉ!?」


 凄まじい衝撃に頼孝と公則は思わず声を上げ、顔を隠す。


 爆音と衝撃が周囲の木々を大きく揺らし、結界の要石である留方寺も悲鳴のような大きく軋みを上げる。


「く……。状況は……?」


 衝撃が落ち着き、砂埃が落ち着いて視界が開けてきたのか、公則は目を開けて状況を確認する。


「な……!?」


 そして彼は、一つの奇蹟を目撃した。


 下手に近づけばそれなりに優れた術者である公則や、異世界の力を持つ頼孝であっても危険な呪いの海が、結界ごと破壊・浄化されていた。


 浄化された呪いは光の粒子となって降り注ぎ、周囲に漂っていた重苦しい空気はなくなっている。むしろ軽やかで清涼感すら感じるほどだ。


「あれほどの呪詛が渦巻いていたのに、もうほとんど中和された……? それに留方寺にもダメージがない……。今のは……」


 公則は自分の目の前で起きた事に目を見開いていた。


 彼の知る限り、先ほどのような大魔術を使えば結界どころか留方寺も丸ごと吹き飛ばされていたと思うほどの威力だったはずなのに、それどころか全くの無傷だった。


「よし、成功! いやぁ、この手法を取るのは久しぶりで上手くいくかわかりませんでしたけど、なんでも試してみるべしね!」


 柚希はご機嫌そうに言いながら、刀を鞘に納刀した。


「とんでもない威力じゃないか……。これ、本当に物理的威力があったら消し炭になっていたんじゃ……」


 頼孝も思わず人格が元の頼孝に戻るレベルで驚愕していた。


 異廻術イデアで後天的に鬼に変身する能力を持つ頼孝にとって、さきほどの柚希の技は致命的になりうるもので、まともに直撃すれば命がないと錯覚する。

 変身しなくても仮に物理的な威力と攻撃力があったら、それこそ跡形もなく消し飛んでいたのではないかと戦々恐々としていた。


「やっぱり、これだけの力を持つ人がこの国にいるのに、俺たち異世界帰還者に協力要請をするということは……。もしかして、俺が思っている以上にヤバイのか……?」


 環菜に誘われた当初は、かつての自分ライコウなら、そうするという理由だけで協力を受け入れ、共闘をし、自分と同じ一般人出身の異世界帰還者の結人を誘い、その過程で世界征服を目論む「灰色の黎明会」と遭遇し、本格的に戦いに巻き込まれることになった。


 一般人だっただけにこの国の魔術師事情の事は何も知らなかったし、環菜も必要以上のことは教えてくれなかった、或いは聞かなければ教えてくれなかったりしていたので、頼孝自身もこの国の魔術師の戦力がどのようなものなのかを具体的に把握していなかった。


 そしてその戦力の一角である、夜上柚希が行ったことは頼孝がかつてライコウとして異世界トヨノハラにいた頃にいた、都の守護者である術者に匹敵しうるほどの実力者であることを見せつけられ、環菜が言っていたように只者ではないことを思い知った。


 そんな、たった一人で現代兵器にすら太刀打ちできる可能性があるほどの戦力を有していながら、わざわざ一般人出身の異世界帰還者にまで協力を要請するということは、彼女たちだけでは対処しきれないような、頼孝も知らない更なる異常事態が起こっていることを示唆しているなんてことは、想像に難くない。


「さて、公則さん。これで道は開けました。事後承諾のようになってしまいますが、これで良かったでしょう?」


 柚希は公則にそう言った。


「……無論だ。江取家の者として、必ずこの事態に対して責任を取る。父上と兄上の失態がどのようなものであれ、この国の秩序を乱す行為に加担した。例え500年の歴史に幕を閉じることになろうとも、僕がその最後を看取ろう」


 決意を固めるように彼は拳を握った。


「承知しました。今の発言を重要証言として、私が保証人となります。頼孝君、準備はいいかしら?」

「ああ。いつでも行けるぜ」

「ええ。それじゃ、参りましょう!」


 そうして、3人は留方寺を通り抜け、江取家本家屋敷へと向かうために、深き森林地帯に足を踏み入れるのだった。

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