第24話「攻略に向けて」

2025年 4月8日 夜交市やこうし犬立区いぬだちく


 拠点として使っている古民家の中で結人たちは作戦会議を行っていた。


 リビングには環菜が持参してきたホワイトボードがあり、そこには磁石などを使って重要な情報を貼り付けたりしていて、わかりやすくまとめている。


「そういうわけで、江取家本家攻略作戦についての会議を始めたいと思います!」

「おー!」

「……おー」


 会議進行役の環菜の号令に、頼孝は拍手をして、結人は死んだ魚のような目をしながらそれに続く。


「ところで、なんでその女がいるんだ?」


 結人は今この場にいる4人目の存在に視線を向ける。


「どーもー! 事件の後始末を無事に終えて応援に駆け付けた女剣士の夜上やがみ柚希ゆずきでーす! 今回は草薙機関の要請で応援に駆けつけて参りましたー!」


 そんな、いつものアッパー気味なテンションで長髪の女性、夜上柚希が自己紹介する。


「……今日一日のやる気を全て失くした気分だな」

「えー、もう葛城君ったらそんなつれないこと言わないのー。アタシ、この前の襲撃事件の時の君の活躍、聞いてからメッチャ興味が出ちゃったのよー。式神を使って避難誘導したり、偵察をしたりと結構マルチに活躍できるのは中々いないから、お姉さん感心しちゃったのよ」

「何が言いたい」


 常に明るい口調で言う柚希に対し、冷めた塩対応な結人。


「うん。ぶっちゃけ言うとスカウト。次期当主として、葛城君を夜上家ウチにスカウトしたいのです!」

「はぁ?」

「ちょ、なにを言っているのですか、柚希さん!?」


 柚希の突然の言葉に結人は目を見開き、環菜は慌てふためいた。当然、環菜の困惑する姿は柚希にはどこ吹く風である。


「別におかしなことじゃないでしょう? ぶっちゃけ、夜上家自体も割と人材不足なのよー。現当主のおばあちゃんはともかく、少数精鋭でやっているわけなんだけど、最近の情勢で事情が変わっちゃってさ。教会絡みの出張も多かったりするし、外からスカウトしたりヘッドハンティングしたりととにかく戦力が欲しいって感じ? そんなわけでぜひ、葛城君に夜上家にアタシが直々にスカウト、おばあちゃんに直々に推薦もしちゃう」

「……そりゃあ、デカくでたな」


 彼女の言葉に全く嘘がないと結人はわかっているが、こうやって聞く限り、柚希は本気で結人をスカウトしているということがひしひしと伝わっていた。


 夜上家はバチカンの裏組織「天遍教会」傘下の組織「島原十字会」に籍を連ねていることもあり、国内だけではなく海外に派遣されたりすることもあるし、未だ現代社会の裏で行われる「異端狩り」にも精を出している、限りなく武闘派の家だ。

 この事情もあり、夜上家の夜交市における戦力は少数精鋭の猛者たちで構成されている。しかし、「灰色の黎明会」による魔術テロや「帰還者」による暴走事件もあって、急遽人材不足に陥り始めているということは結人も知っている。


 柚希の勧誘スカウトはそういったお家事情を兼ねたものであり、そして彼女の言葉通り、市民体育館での騒動や弦木家本家襲撃事件で結人のことを知っている人物である。


「だが、生憎今の俺には先客がいる。その義理を通すまで、検討はしないと考えているんだ」

「それって、環菜ちゃんとの協力関係のこと?」

「当たり前だ。俺は元々弦木と協力関係を結んでから、この戦いに足を踏み込んでいる。つまりはこの戦いが終わるまで、俺たちの協力関係は続いているってことだ。だからアンタのスカウトを現時点で受けるなんてことはないし、考えるつもりはない」

「……へぇ」


 少年の言葉に柚希の顔に笑みが浮かぶ。


 本当なら「五家」にスカウトされただけでも名誉な話ではあるが、それをたった一つの義理だけで断る男を見たのは、彼女にとっても初めてのことだった。


「ま、人生は長いわけだし、気長に待つとしましょう。それまで、今後もアタックさせてもらおうかしら!」

「しつこい女は嫌われるぞ」


 軽口にサラっと毒を吐く結人。


「……コホン。柚季さん、よろしいですね?」

「あ、ごめん、ごめん。それじゃ、ちゃんと会議を始めましょうか」


 2人のやり取りにやや悶々としていた環菜だったが、咳払いをして何とか場を取り直す。


「今回行う作戦は、いわば弦木家本家襲撃事件の主犯である、『灰色の黎明会』のメンバー、通称、バーサーカーとスカウトの2名が江取家本家にいるという前提で行われます。これらの作戦についての全責任は私が負うという形で既に草薙機関に承認されているものであり、結果良ければその手段を問わないという前提条件で行います」


 環菜は強い言葉で言った。


「江取家が連中と手を組んでいるという前提で事を進めるか。野暮かもしれないが、確かな証拠はあると?」


 頼孝がいつもの軽い口調ではなく、厳かな口調で言った。意識をライコウに切り替えているからである。


「はい。あの『五行の間』での彼らの発言、そしてここ犬立区に潜ませていた夜上家からの情報、草薙機関からの情報提供によって江取家が『灰色の黎明会』の者たちと手を組んでいる可能性がかなり高いという結論に至りました。同時に、これは『五家』の存在を大きく揺るがす不祥事であることも認めています」

「ええ。夜上家当主おばあちゃんも頭を抱えながら愚痴をこぼしていたわねぇ。そりゃあ、戦後ずっと続いた『五家』の歴史に泥を塗るというか、なんというか。このことが業界に広まってしまったら、不届き者が夜交市で幅を利かせるなんてこともありえるし、治安の悪化も免れないし。なにより霊脈の異常が意図的に行われたものとなったら、まあブチギレ案件だもんねぇ」


 それもそうだろう。


 本来夜交市の大きな霊脈を管理し、その調整と行いながら怪異の発生を抑止し、不法魔術師による土地荒らしを防ぐことを目的に同盟が作られたと言っても過言ではない「五家」の中で、守らなければならない霊脈に異常を起こして更にはその不法魔術師による魔術テロに加担したとなれば、「五家」の面目は完全に丸つぶれになる。


 草薙機関はそれを認めているからこそ、今回の作戦を承認したのだろう。いわばケジメをつけるということで。


「更に今回の作戦には草薙機関からの支援も行われる予定です。今回の作戦でまとめたことを草薙機関の方に提出した後、あちらでも作戦内容を決めるでしょう」

「……かなり大掛かりな作戦になりそうだな。事が『帰還者』も絡んでいるわけだから、尚更というのが正しいが」

「はい。そして、今回の事件の容疑者が行ったことを考えると、下手をすれば国際問題になりかねません」

「なに?」


 国際問題という言葉に結人は目を見開いた。


「主犯格のスカウトです。彼女は数日前までは中国で活動を行っていました。そこで現地の魔術組織『太虚館』の支部を攻撃し、幹部複数を殺害、周辺の住民、警察、挙句には出動した中国軍まで多くを殺害しています。これについて、『太虚館』の館長から犯人、スカウトの引き渡しを草薙機関に求めてきました」

「マジかよ。あれか、数日前の中国で大規模な火災が起きて周辺の建物とかが火の海になったという事故はそれのことなのか」

「はい。事が魔術案件であることもあって、報道規制が行われました」


 開祈かいき学園に初登校をする前にネットニュースで、中国国内で大規模な火災が発生したという報道を見たことがあった。この時は、世界各地で時々起こる大きなニュースの一つという認識でいたのだが、当時まだ環菜たちに出会っていなかった結人には想像もつかなかった。


「ふ~ん。アタシは今初めて聞いたけど、それ十中八九日本ウチらへの交渉材料にするつもりでしょうねぇ。そのスカウトってヤツを名指しで使うという時点で日本人だろうし、雑な人権感覚で政府を揺さぶろうと考えているんでしょ」

「そんなことにさせないために……。今回の作戦で、最低でもスカウトは確実に殺します」


 環菜の真剣な表情に結人は眉をひそめる。


 彼女の口からスカウトを殺すという言葉が出てきたということは、環菜自身の「不殺」が既にまかり通らないほどに事態が悪化しきっており、魔術的な事情と言えど、表の政治情勢にまで首を突っ込みかねない事になり始めている。


 過去にも何度か日本人が中国でいきなり逮捕されて交渉の材料に使われたりしたという事例は何度もあるが、今回の場合はスケールがあまりにも大きく実際に多くの犠牲者を出しているテロリストが相手だ。

 そうなれば例えテロリストであろうと「日本人」であるだけで中国政府は大きな揺さぶりをかける可能性は大きいだろう。


“少なくとも、大きな政治的決断を迫るような……。何かしらのデカい報復にも似たようなことを要求してくる可能性は高いな”


 異世界オクネアでの経験則から結人はそのように推測した。


“そして今回、弦木家本家襲撃事件の事といい、夜交市の防人さきもりとしての立場を考えると、彼女にはもう後がない。コイツの事情はよく知らないが、かなり切羽詰まっているのかもしれない。この女が来ている時点で、恐らく”


 襲撃事件の事と夜交市で多発している事件のことを考えると、「防人」である彼女自身も責任を問う声が出てくる可能性は十分に高い。仮に今回の作戦を失敗してしまえば彼女にも何かしらの処罰が下る可能性もゼロではない。


 頬についている、が、それを生々しく証明している。


「それで、作戦はどうするつもりなんだ。真正面から突破するというわけにもいかないのだろう?」


 問い詰めたいという、衝動的な気持ちを抑えて結人は視線を環菜に合わせて聞いた。


「今回、作戦展開を行うのは江取家の企業、『江取工房』に攻め込むグループと、江取家本家のある、犬立山へ攻め込むグループとで分かれます。これはそれぞれ『灰色の黎明会』のメンバー2人がそれぞれについている可能性からこのようになりました」

「じゃあ、この面子でそれぞれ2人ずつ分かれて攻撃を仕掛けるという形式なのか? だが、江取工房にいる一般人とかはどうする?」


 江取工房はあくまで表向きは一般企業だ。社員たちには一般人が多く勤務しているだろうし、そこに攻撃を仕掛けて巻き込んだりしてしまったらそれこそ大変なことになる。


「江取工房には一般人の社員ではなく、魔術師の社員だけしかいない時間帯が存在します。その時間帯に攻撃を仕掛け、すぐに周辺に結界を張り、一般人を避難させることで巻き込まれないように処置が行われます。無論、この方法には草薙機関が当初から決めていた計画です」

「なら、問題は犬立山……。江取家本家の方か」

「はい。江取家本家の山には霊脈の大本……龍脈があります。江取実光氏がいるのなら逮捕し、江取家の龍脈の浄化を行う。今回の作戦はこれが大前提となります。『灰色の黎明会』のバーサーカーがいれば逮捕、出来なければ殺害をするという形で決着をつけるつもりです」

「完全に正攻法なやり方だな。良くも悪くも王道というわけか」


 作戦内容を聞いて結人は納得する。


 至ってシンプルで捻りがあるわけではない。それでも現状を考えるとそっちの方が効率的とも言えるものだ。無駄がないとも言える。


 相手が「五家」であることを加味すると、草薙機関が介入するのは至極当然だし、やらない理由がない。


「環菜ちゃん。アタシから提案があるんだけど、いい?」


 柚希が挙手をして言った。


「はい、柚希さん。どうぞ」

「ありがと。あのね、例の『灰色の黎明会』の2人のことなんだけど、そいつらの居場所は江取工房と犬立山の両方で合っているのよね?」

「機関から送られた情報によるとそうだと言われています」

「うん、うん。そこで提案。あのね―――――――」


 そして、彼女の口から“提案”を聞かされる。


 環菜は驚きつつもうなずき。

 結人は呆れながらも仕方なく首を縦に振り。

 頼孝はなるほどとハッキリと肯定した。


「以上。例の2人や江取家の連中を相手にするなら、この提案で臨んだ方がいいと思うんだけど、どう? イケそう?」


 いたずらっ子のように悪い笑みを浮かべながら、柚希は言った。


「……確かに、その提案は大丈夫です。多少のリスクを容認するという前提がいりますが、今はそんなことを言っていられる状況ではないですからね。葛城君と多々見君はどうですか?」


 環菜が同意を求めるように言った。


「俺は構わない」

「同じく。やれることをやるだけぞ」


 2人は同意の意思を示した。


「ありがとうございます。では、作戦開始までに準備をしてください」


 作戦会議は終わった。


 後は、戦いに備えるだけである。

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