第22話「暗躍する者たち」
2025年 4月8日
犬立区の商店街は変わらず日々の日常を送る人々で行き交っていた。夜交市の郊外にあることから都心にあたる輪祢町と比べると活気はあるわけではないが、静かながらも日々の生活のために今日も労働者たちが町を歩いている。
元々規模の小さな犬立区は娯楽となるものも少ない。あるとすれば、小規模ながらも江取家の傘下にあるエンターテインメント施設や簡易な娯楽施設があるぐらいで犬立区に生まれた若者は中学生になる頃には飽きて、よっぽどの執着がなければ出ていくだろう。
施設を運営するのは江取家の人間。……同時に、町の中にいる不届き者や侵入者たちを監視するコミュニティの一つであり、最も江取家本家に近い分家たちによって行われている。
「おーい、見回り終わったぞー。これ、お前が言っていたおにぎりとチキン」
「あざーす。って、昆布とおかか? エビマヨとかなかったのかよ」
「生憎売り切れだ。昼休みはどこもかしこも買いまくるし、この辺にコンビニは少ねぇんだ。我慢しろ」
小さな繁華街のゲームセンターの事務所に2人の若者がそれぞれ会話している。髪を染めていたり、ピアスをしたり、派手な服装をしていてとてもではないが、従業員には見えない風貌だった。
彼らは江取家の分家の魔術師であり、ゲームセンターの事務所を拠点に巡回をしている。交代制の
五家の分家は本家ほどの力があるわけではなく、素質がある者が魔術を学び、本家の手足となって働くことがほとんどでそれ以外は表向き一般人として生活していることの方が多い。このゲームセンターの事務室の中で駄弁っている2人は従業員という扱いになっているが、正確には警備員である。実際にゲームセンターで働いているのは本物の一般人で江取家とは関係ない。
「それにしてもさぁ。上の連中も急に方針転換とか、何を考えていやがるんだ。この辺の霊脈調査はしばらく本家がやるから分家は何もしなくていいって。お前、なんか聞いてないのか?」
「んなの、こっちが聞きてぇっての。本家の連中、なんか“アドバイザー”とやらが入ってから色々やっていやがるらしいんだけどさ。
愚痴をこぼしながら、お気に入りのソーシャルゲームをスマホでプレイする金髪の青年。
分家ながら江取家がどれだけ余所者に厳しいのかを幼い頃から教えられてきたことや面倒くさいという理由で反発しながらも結局は世渡りのためとして、魔術師として嫌々ながらも活動する羽目になった彼にとって、今の時期は最悪としか言いようがなかった。なにしろ1週間後には上京する予定だったのが事が終わるまで出来なくなってしまったのだ。愚痴の一つや二つも言いたくなる。
気が付けばこのゲームセンターの臨時の管理人兼警備員を務めなければならなくなり、土地の真下の霊脈調整をしなければどうなるかわかったものじゃない。逃げ出したい考えたこともあるが、それはそれでまた面倒な事になると考え、実行に移せない。
そして当然、このゲームセンターが江取家傘下の施設となればやってくる来客は、現在の情勢を考えれば誰なのかは必然的に考えられる。
「どうもこんにちは、皆さん。俺、草薙機関の者なんだけどよ。話、聞かせてくれねえか?」
「!?」
事務所の扉が開くと、そこにはスーツ姿の白髪が混じった中年男性が入って来た。
「おい、テメェ! 誰の許可を得て勝手に入ってきやがって―――――がっ」
坊主頭の男が自分よりわずかに身長の低い男に威圧感をたっぷりと込めて威勢よく前に出るが、目の前に来た瞬間に自分の腹が男性の持っているサイレンサー付きの拳銃に心臓を撃ち抜かれ、そのまま後ろに倒れた。
「は?」
金髪の青年は目の前で同僚が腹から血を流して倒れた光景に目を見開いた。唐突すぎて脳の処理が追いつかず呆然とする。
「うるせぇ、クソガキが。雑魚が俺の前でくせぇ息を吐くな」
男はそう言うと不機嫌な表情のまま、腹から血を流して倒れた坊主頭の男の頭に銃弾を一発撃ち込んでトドメを刺した。坊主頭の男は悲鳴を上げることすら出来ず、脳幹を撃ち抜かれて絶命する。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
金髪の男は目の前で無慈悲に同僚が殺された光景に腰を抜かし、その場を逃げ出そうと別のドアから出ていこうとする。
「どこに行くつもりかしら?」
「はひぃっ!? だ、誰なんだ、アンタ―――――、あがぁ!?」
しかし別のドアから逃げ出そうとした先で、紺色のスーツに身を包んだ女性が金髪の青年を合気道の要領でその両手を絡めとり、近くにあったテーブルに頭を叩きつけて抑え込む。
「草薙機関の者よ。大人しくしておかないと、あの坊主頭みたいに頭に風穴が空くことになるわ。明日を1秒でも行きたいなら私たちに協力した方が賢い選択だと思うけど、どうかしら?」
女性はミシミシと力を入れながら金髪の青年に言った。
「わ、わかった! 知っていることはなんでも話す! イダダダダ!! こ、殺さないでくれぇ!!」
金髪の青年は情けない声を上げながら命乞いをした。
ゲームセンターの事務所に入ってきた男女……草薙機関のエージェントである、
その調査とは「江取家の霊地で発生している異常の原因と情勢を調査する」というものだ。4日間、江取家の魔術師たちに正体が露見しないように、アパートを借りてそこを拠点にしながら、情報を集めていた。
そこで昨日起きた、弦木家本家で起きた「灰色の黎明会」による弦木家魔道当主・
坊主頭の男を殺したのは草薙機関が江取家を「敵」と見始めたことに由来する。また殺しの許可も百鬼からもらっている解斗にとって非常に簡単な仕事だった。
「それで? 貴方たちのボスは何を考えているの? 一応、貴方が本家についての情報を持っているってネタは上がっているのです」
「し、知りません……。もう、勘弁してください……」
尋問を担当している由実は、先ほどまでの度重なる暴行によって顔や口から血を出して嗚咽を漏らしている金髪の青年に言った。
「あら、そう。本家で直接働いたことのある貴方なら質の高い情報を持っていると思っていたんだけどね。残念だけど、貴方にはもう利用価値はないみたい」
由実はそう言うと、スーツの下に隠し持っていた解斗の使っているものと同じサイレンサー付き拳銃をチラつかせる。
「ま、待て! 待ってくれぇ! ある、ある! 情報あるから待ってくれ!」
拳銃を見せつけられてこのままでは確実に殺されると悟った金髪の青年は必死に声を上げる。普通なら外部に声は漏れるだろうが、そこは徹底されていて音が漏れないようにする結界を解斗が事務所限定で展開しているのでいくら叫んでも外には漏れない。
由実に拷問……という名の尋問をされた時は金髪の青年は今までの人生で一番の声を上げたが、誰も聞こえていないという状況に陥っていることに気が付くのに時間はかからなかった。
「本家の……、本家のある屋敷に知らねえ奴らが出入りしている所を何度も見た! 金髪の外国人みたいな奴が“アドバイザー”って呼んでいる奴と連絡をしているのも見たことがある! アンタらが探している連中って奴らだろ!?」
「それ、本当の情報?」
「こんな時に嘘なんて言っていられるか! と、とにかく本家の連中の方がマジで怪しいって! 俺はただの分家の中の下っ端だしこれ以上何も知らねえし知らされていねえ!」
金髪の青年は声を張り上げながら言った。死を前にした極限の状況下で気が狂いそうになっており、手足も震えている。
「だ、そうよ」
「ああ。これで粗方状況証拠はそろった。後は直々に確認……いや、踏み込むとしたら、アイツらを使った方がいいな」
「……私はいいけど、アンタはいいの?」
「仕方ねぇだろ。相手は『帰還者』だぞ? それもそこそこの腕前のヤツだ。それに俺たちには荷が重い。アイツらに任せた方が始末するのに手間がかからん」
「もう、アンタも本気を出せばいいのに。それで、どうする? コイツ?」
由実がもう興味ないと言わんばかりに、金髪の青年を解斗の目の前に蹴りだす。
「あぁ……」
金髪の青年は解斗を見て、もしかしたら逃がしてくれると思ったのか期待の眼差しを向ける。
だが、代わりに真っ黒な銃口だけが彼の眼に映った。
「利用価値はねえヤツに興味はないんでね。そのまま死んでくれ」
気だるげな顔をしながら、解斗は引き金を引き、金髪の青年の眉間に風穴を開けた。金髪の青年は糸が切れた人形のように絶望の表情を浮かべたまま、事務所の床に倒れる。
「別に殺さなくても良かったと思うけど」
由実は解斗の行動を咎めるように険しい表情を向ける。
「うるせぇな。1人殺したら2人殺そうが関係ねえだろ。第一コイツら、婦女暴行の常習犯で江取家のコネで示談とかそんなんで
「あら、そう。そう言えばそうだったわね」
「わかったなら処理班に連絡してさっさと工作しとけ。身代わりもいるんだし、後始末に困んねえ。暗示の魔術を修得していない俺からすりゃ、そっちの方が助かる」
「はいはい、わかったわよ」
解斗たちはそのまま出ていき、由実は歩きながら「処理班」と呼ぶ場所に連絡をした。
余談だが。このゲームセンターで起きた惨劇について、一般人は誰一人知られることなく、死亡した2人は人知れず行方不明になったという扱いになった。
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