第21話「水と油」
国際魔術師集団「灰色の黎明会」による弦木家本家襲撃及び現魔道当主の
「五家」の中でも「弓取」と名高い藤十郎が展開していた結界を素通りした挙句に狙撃され、また当時現場に居合わせていた五家の魔術師たちの参加者たちは「灰色の黎明会」の構成員、そして彼らを率いた「帰還者」の1人である「スカウト」によっておよそ30人以上が殺され、途中で割り込むように襲撃してきた同じく「灰色の黎明会」のメンバー「バーサーカー」の出現により更なる混乱が起こった。
当然ながら「五家」側の魔術師たちも無防備だったわけではない。問題は襲撃した「灰色の黎明会」の構成員が、日本ではありえないほどの武装と練度を持っていたこと。それにより、相応の実力を持つ多くの魔術師が命を落とした。そしてその死亡者の偏りは「五家」に存在せず、等しく殺されていた。
だが弦木家本家の混乱は、弦木家魔道次期当主、
しかし最悪なことに今回の主犯格であるバーサーカーとスカウトが撤退したのと同時に、それを合図とするようにそれまで暴れていた構成員たちの多くが持っていた武器で自殺し始めた。自殺しなかったのは葛城結人がスカウトたちと戦う前に遭遇した時に半殺しにして気を失わせた者たちのみである。
結果として、主犯格に逃げられてしまっただけではなく、大きな損害を受けたことは将来的に大きな禍根になるだろうと、現場に立ち会った草薙機関の職員は語った。
◇◆◇
バーサーカーとスカウトが撤退して騒動が沈黙してから2時間後。草薙機関直属のエージェントたちによる根回しにより、弦木家本家周辺は警察と消防による周辺封鎖が行われ、表向き内部で火災が発生したということになった。周辺には結界が張られており、カメラを始めとした外部からの詳細な観測が出来ないようになっていてカメラには弦木家本家が燃えているように映っている。
無論、そのようなことはない。実際にはスカウトの炎を操る
「弦木。連中を何人か尋問にかけたら口を割ったぞ」
弦木家本家内部で情報収集をやっている環菜の下に結人が戻って来た。
「……ご苦労様です。それで、なんと?」
自ら「どんな手段を使ってもいいので情報を吐かせろ」と命じたとはいえ、恐らく結人から
「連中はやはり犬立区で何かをしようとしているらしい。だが詳細までは聞けなかった。おおよそお前の予想通り、江取家の連中を取り込んで霊脈に干渉しているらしい」
「! 尋問した連中の中に江取家の者は?」
「それが、聞こうとしたが舌を噛み千切って死んだヤツがそうだったっぽくてな。命惜しさで売られたヤツは俺を見るなり自決したんだよ。ったく、面倒くさい。おかげで余計な手間が増えた」
ため息をつきながら結人は頭をかいた。
「十分です。それなら、今度は江取家に直接伺って調査をするべきでしょう。あのバーサーカーという北欧人が来たければ来いと言っていたのは、恐らくそういうことだからでしょうから。あれほどの実力者なら自分たちの居場所を暗示させるようなことは言わないはずなのですが」
「むしろ誘っているだろ、アレ。その江取家の当主とやらも俺的には不審な点が多かったし、状況証拠だけで言えばクロだ。撤退したら自決するように元々命令をしていたんだろう。念入りにもうちょっと術を使って死ねないようにしておけばよかったな」
空間転移で逃げる直前に残していった台詞から考えると、誘っているとしか思えないと結人は考えた。そこに「五行の間」での
そして彼は語らない。
環菜は尋問と言っていたが、結人自身は「死ななければいい」という考え方から、文字通り死なない程度に拷問を行っている。
その技術を今回、フルに使って口を割るまで彼女や周囲には言えないような拷問の数々を行い、現在捕らえていた「灰色の黎明会」の構成員の口から情報を吐かせた。
なので、あくまで彼は結果だけを伝える。自分がどのような方法で情報を吐かせたのかを言う必要性はどこにもないからだ。
「彼らはどうしたのですか?」
「草薙機関の連中に譲った。あっちでも、そりゃあ尋問を受けるだろうが、俺の下で延々とやられるよりはマシだろ」
「……一応、聞いておきますが、どのような方法で情報を吐かせたのですか?」
彼の手際を疑っているわけではない。むしろ、この質問は責任感から来るもの。
人の命を扱う事の重大さは例え敵であろうと関係ない。秩序を守るために敵を殺すことはあくまでその必要性があるから行うもの。だからこそそれにも強く責任感を持ち、その業を背負う。
弦木環菜にとって、それは例え世界を滅ぼそうとする敵であっても同じ。故に自身が手を下さずとも、命に関わる手法で情報を吐かせることを認めたのだからそれにも責任を持つ。
それが祖父に魔術師として鍛えられた彼女の
「知らなくていいよ。あ、今確認しようとしてもダメだぞ。連中はとっくに草薙機関の連中に引き渡したからな」
しかし当の本人はあっさりと拒否した。
「ですが、私にはそれを知る責任が……」
「お前の責任がどうとか俺は知らんし、どうでもいい。結果だけ知ればいいんだ。仮に今の連中の姿を見てそうなったのは自分のせいだと考えるのは無駄な話だろ」
「……それでも貴方に指示をしたのは私です。指示をしたのなら、結果がどうあったとしても知る責任があります」
「悪いがどう言っても俺はお前に教える義理はない。お前は俺に情報を吐かせろと言っただけで、その後の残虐行為の責任の所在は俺にある。連中の恨みも全部俺が負うし、お前が罪悪感も責任も、なに一つ感じる必要はない。俺がそうしたくてやっただけの話だからな」
「……」
結人は頑なに口を開かない。例え環菜に脅されたりしたとしてもそうしないだろう。彼のあまりのブレない頑なさに環菜はそれ以上言えなくなるぐらいには。
環菜が正しいことを言っていることもわかる。彼女の責任感の強さも理解している。知る義理と責務はあるとは思っている。
それでも言わない。
“ああ言うの。コイツには似合わないだろ”
理由はたったそれだけ。だがそんな根拠も曖昧な理由で言わない理由は、結人自身にもわからない。
「おっと、すまねぇ。やっと聴取から解放されたー。いやぁ、全く面倒くさいったらありゃしない」
ちょうどそこに、さっきまで草薙機関から取り調べを受けていた頼孝が戻ってきた。
口調も雰囲気もこの世界の若者らしいものに戻っている。
「お疲れさま、多々見君。彼らは何か言っていましたか?」
「ああ。どうやら草薙機関は近いうちに今夜交市にいるエージェントを五家に回すって話しているのが聞こえた。多分だけどここの結界を素通り出来たことが一番の理由らしくてな。内通者がいるのでは?みたいなことを言っていたぜ」
「やっぱり、そうなるのですね」
薄々覚悟していたとはいえ、頼孝の口から出た言葉に表情が曇る。
弦木家本家の結界は
考えられるとしたら、それこそ内通者がいてその人物が狙撃手であるスカウトを引き入れて撃ったとしか思えない。
「判断材料になるか知らないが、あの女が撃った銃弾の口径は7.62mm弾。一般的な対人狙撃銃と同じものだ。銃で武装していたことを考えると銃火器もこの国で普通に手に入れることが出来る厄介な連中って所だな」
「いや、マジでイカれているだろ? さっき戦った時だって、マシンガンとか普通に持っている奴らいたし、装備が潤沢すぎるだろ。割とガチで警察どころか公安とか、そっち案件でしょ、これ」
「灰色の黎明会」の構成員の装備は刀剣類だけに留まらず、拳銃どころか
日本国内でそこまでの銃火器を手に入れることが出来るというのはあまりにも異常だ。更に言えば銃火器は魔術師にとっても天敵である場合が多いし、殺傷力も非常に高い。魔術師を相手にするという意味では普遍的に有効な武器と言えるだろう。
「それについては直々に動くでしょう。まさかここまで大胆に攻撃を仕掛けてきたのは驚きでしたが、公安の捜査はあくまで下部組織に留まるでしょうから、やはり『灰色の黎明会』は草薙機関が担当することになるかと。流石に『五家』が暗殺されかけたとなれば、あちらも更に本腰を上げて調査します。祖父の方も工房に戻って色々と準備するでしょうから、しばらくは表に出てこないでしょうけど……」
魔術師という存在が基本的に表に出ない存在である以上、公安の捜査はあくまで魔術組織にまでは手が及ばない。魔術師の原則として、科学的に証明できないために手を出しても意味がないのだ。
ましてや今回は「五家」の長の暗殺未遂、そして構成員を用いた襲撃による「五家」に属する魔術師たちの大量殺人。
直接の被害者である弦木藤十郎は既に自身の工房に空間転移で逃走しており、環菜の見立てとしてしばらくは表に出てこないだろうと見ている。
「そもそもこの事件はどちらにせよ公安とか、魔術師じゃない連中の手にあまる。……ま、どっちにせよ、この先連中の出るこの先ないんだけどな」
「ん? それどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ」
結人の言葉に頼孝が首を傾げる。微妙にはぐらされた気がしたが、これ以上聞いても結人は口を開かないだろうと頼孝は黙ることにする。
「この後はすぐに犬立区に戻ります。以降、あの古民家で休息を取ってから江取家の方に赴きましょう」
「おう、そうだな。オレたちがいれば、どんな奴らも倒せるだろ! 葛城もそう思うだろ?」
「……そうだな」
頼孝に笑顔で向けられた結人はその顔を背ける。
“やはり、俺とコイツは一生相容れない”
バーサーカーとの問答の時に語った、頼孝の価値観。
他人同士がわかりあえるとは結人自身思っていないが、頼孝の死生観や価値観は結人の想像を遥かに超えていた。
今を生きることしか出来なくなった彼にとって、頼孝の在り方……異世界で生きた自分の過去のみを尊び、今こうして生きている自分を「死後に見る夢」と称した彼の考え方を認めることは到底出来ない。
夢と現実は両立しない。今ではなく過去を生きる頼孝の老成しきったその考えと、血塗られた現実に苛まれながらも生きることしか許されない結人からすれば嫌悪するもの。
つまり、今を生きていない頼孝の事を結人は戦力として信頼しているが、一個人としては微塵も信用していないのである。
“精々、表面上の友人として上手く使ってやるとするか”
「上手くやるとしよう。どちらにせよ、連中は消した方がいいだろうしな」
「おいおい、それは最終手段だろって」
故に葛城結人は多々見頼孝と本質的に友情関係を築くことはない。
あるのは、目的達成の利害関係者というだけの表面上の関係のみの友情であった。
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