第19話「雷と炎」

  多々見ただみ頼孝よりたか異世界トヨノハラから帰還を果たした時、魔術とは全くの無縁だった一般人でありながら、異世界トヨノハラの魔性殺しの英雄、ライコウだった頃の能力と特性を引き継いだ。


 感覚派だった彼は、自分が異世界から地球に帰ってきた時、老年まで生きた異世界での自分ライコウの精神まで引き継いだ時、自分の状態を正確に把握した。


 本来ならありえざる、この世界事象の中でのみ許された、多々見頼孝の戦う力。


 刀を握り、意識・精神を集中させる。

 刀を構え、もう一つの自分ライコウにを切り替える。


 そして、彼は炎を操る少女にその力を向ける。


「――――――轟け、いかずち!」


 妖刀「妖切あやきり荒綱あらつな」に魔力の電荷を走らせ、それを横薙ぎに振るってスカウトへ電撃による攻撃を見舞う。


「アハハハ! 遅い、遅いってーの! “呼応・転換・廻る車輪・手招く猫・焼ける魂”。―――――――焼魂火しょうこんか!」

「!」


 頼孝の雷撃を常人越えの駆け足で避けながら、スカウトは詠唱を始め、呪文と共に凄まじい炎を背後に出現させた燃える車輪から炎の弾丸を飛ばしてくる。


六根ろっこん清浄しょうじょう! うぉぉぉ!!」


 刀の柄を握る両手から魔力を刀身に流し込み、自分に飛来してくる炎の弾丸を魔力の電撃をまとった刀を高速で叩き落すことで無力化する。


「―――――っ、熱!」


 しかし炎である以上、完全に打ち消せるわけではない。叩き落した後に残る僅かな残り火の熱が頼孝をほんの僅かに焼く。


「この炎……。魂に干渉する冥界の炎か」


 頼孝は自分が受けた炎の性質を知識と感覚で分析した。


「あら、アタシの炎の性質を理解した? 肉体は魂に依存するもの。なら魂から焼き尽くしてしまえば、器である肉体も消し炭になる。冥界と繋がりを持つアタシだからこそ操ることができる、アタシの異廻術イデア。アンタみたいな雑魚に防げるわけがないっての」

「……なるほど。生者であっても魂を魔力で防御しなければ物理的防御を無効化して内側から焼き尽くす炎。仮にオレが死者だったら一瞬で焼き尽くされるな。オレがいた異世界でも、似たような炎を操るヤツがいたな」


 かつて自分自身も魂に干渉する炎を操る妖怪を相手にしたことがあった経験談から考察した。


「その通り! つまり、まともな防御手段を持っていないアンタはアタシの炎を防ぐ手段はない。その刀、結構な業物みたいだけど、そんなナマクラでアタシに勝とうとか100年早いわよ?」


 頼孝が持つ「妖切荒綱」を業物と理解しつつ、スカウトは嘲笑った。


“ハッタリ……ってわけじゃない。この炎、シンプルに生命あるものに対する特効性を持っている。純粋な魔力の炎より性質が悪い。確かにこれは俺の刀とは少し相性が悪い”


「ほらほらぁ! このままアタシに近づいてみなさいよ! ま、近づいた所で魂から跡形もなく燃やしてやるけどね!」


 スカウトの周囲は左右の車輪から発せられる炎によって疑似的な魔力障壁となっている。


 下手に近づこうとすれば誰であろうと焼き尽くす炎。生命……魂を宿すものであれば問答無用で燃やす炎という都合上、頼孝自身の基本戦法である真正面からの戦闘は向いていないとも言える。


“俺自身は魔術の素養は低い。出来るとしたら、魔力を取り込んでの放出とかそんなところ。防御術式に至っては素人で出来なくはないが、魔力消費の観点を考えるとかなり


 頼孝自身の貯蔵できる魔力総量・放出量は多いが、魔素の吸飲量は少ない。


 加えて、異世界に転生する以前から感覚派であり全力で叩き込んだ武術を相手にぶつけるという、脳筋のような戦い方をしていた。体内に溜め込んだ魔素を魔力に加工し、簡易的な身体強化を始めとした強化術式、自己防衛を中心とした防御術式、そして刀身に魔力を付与する付与術式など、魔術師の基準で言えば基本中の基本でしか出来ない。ここら辺は環菜も理解している。


 そのため、彼は基本的な魔力吸飲量が少ないが、魔力を基本的に使わないため、本人も自覚せずともその身に溜め込んだ魔力総量はとてつもないものがある。妖刀の加護もあって魔術を使う必要性が基本的にないからだ。


「少しだけ強めにいくか。―――――――荒綱!」


 まずは少女の周辺に展開される炎の魔力障壁を破壊しなければ話にならないと頼孝は妖刀に魔力を込め、体内に刻まれている付与術式の術式刻印に魔力を通す。


 先ほどのような電撃を飛ばすためではなく、刀身に魔力をまとわせたシンプルな属性付与による強化。刀身は電撃をまとった魔力を帯び、妖刀に宿った加護と合わさって自分の周囲をコーティングするようにまとった。


 先ほどと違い、妖刀に宿る加護の性質を利用した簡易結界。頼孝の異廻術イデアと結びつく妖刀に宿った術式を利用したものだ。過去にはこれで妖怪たちの低級呪詛を防御したりした基本戦法。


「おぉぉぉぉっ!!」


 大きく踏み込み、刀身に流し込まれた魔力は凄まじい電荷となり、周囲の草葉や木を焼く。


「せいっ!!」

「!」


 そして一気に刀を振り上げ、大地を走る嵐のような雷撃を放出する。


 その雷撃をスカウトは背後に展開していた燃える車輪を自分の目の前に展開して防御する。燃える車輪は非常に頑丈で頼孝の雷撃をものともさせず、霧散させる。


「だから、そんなのでアタシの防御を崩せるわけないって言っているじゃない! ホント、ザコは単細胞ね! このまま―――――」


 スカウトは防御に勝ち誇りながら嘲りの声を上げるが、突然何かが自分の背後に来るのを感じた。


「葛城ッ!!」

「は?」


 頼孝の声と背後に感じた気配にスカウトは反射的に背後を見る。


 そこには、三節棍を振り上げ、スカウトの頭蓋を叩き砕かんとする結人の姿があった。


「おらっ!」

「ぐぅぅっ!?」


 振り下ろされた三節棍を右の車輪を反射的に即座に動かして防御する。

 だが結人の持つ三節棍「奈苦阿なくあ」の衝撃はスカウトの想像を超えていて、攻撃が届いていないのに車輪を操る右手の中に刻まれた術式刻印にヒビが入り、そこに物理的な重さがかかって凄まじい負荷と痛みが襲って来る。


“コイツら―――――――。アタシの結界の特性を理解して初めから奇襲するつもりだったってコト!?”


「ナメんじゃないわよ!! 死ねぇ!!」


 自分と真正面からではなく裏をかいて攻撃してきたという事実に激高し、スカウトは燃える車輪を捜査し、周囲に炎をまき散らしながら回転し吹き飛ばそうとする。


「おっと。多々見、ヤツの防御に綻びが出た。攻撃を続けろ!」


 しかしそんな感情任せの攻撃は結人に当たらないすぐに距離を取られ、結人は特に大きな油断も隙もなく、頼孝に冷静に指示を飛ばす。


「応っ!」


 頼孝はスカウトに接近し、刀による攻撃を仕掛ける。


「チッ!」


 激高して魔力を一気に使ったりした弊害で自分自身を守る魔力障壁に綻びが出て火力が弱まった所を突いて攻撃される。


 連続で振るわれる刀の連撃を車輪を操作して凌ぎながら、スカウトは後ろに下がる。純粋な技での勝負では頼孝の方に軍配は上がるが、防御面においては確かにスカウトの方が上だ。


 だが、その防御を崩そうとする第三者がいれば別となる。


糸銃しじゅう!」


 結人は離れた位置から、右手を指鉄砲の形にして指先から圧縮された糸の弾丸をスカウトの背後に発射した。


「ぐっ! この、邪魔すんな――――――」


 スカウトは背後に発射された糸の弾丸を自分の周囲に展開させている魔力障壁の火力を上げることで防いだが、それが仇となる。


「取った!」

「ぐぅっ!?」


 ほんの僅か、魔力操作で結人の糸の弾丸を防ぐためだけに意識を取られたことで車輪の操作にズレが生じ、その隙を頼孝に見極められてしまい、彼の一太刀が彼女の周囲を覆う魔力障壁ごと斬る。


 だが僅かギリギリの所で体を反らしたことで頼孝の一太刀は右の肩に切り傷を与えられるだけになり、致命傷には至っていない。だが魔力障壁を破壊されたことによる反動フィードバックがスカウトにダメージを与える。


「おら、まだ足りないだろ。キッツイの行くぞ?」

「!!」


 バックステップで頼孝から距離を取ろうとしたが、そこに入れ替わるように結人による攻撃が始まる。


「あぁぁっ!!」


 三節棍の振り下ろしが咄嗟に出した右腕の前腕に叩き下ろされ、骨が砕けるような音が響く。


“ヤバイ、ヤバイヤバイ! なんなのコイツ! 普通距離を取るとか考えるでしょ!? なんで、体が燃えて火傷しているのに平気な顔しているのよ!? 頭おかしいでしょ!?”


 スカウトは僅かに恐怖しながらも、何とか意識を集中させ体内に貯蔵していた魔力を総動員し、身体強化の術式に回し、結人の攻撃に対応する。

 その恐怖の理由は、結人の状態だった。


 彼女に近づくだけでも生命ある者を燃やす炎に魔力障壁なしで近づき、至近距離で攻撃を仕掛けて来る結人の両腕や体の一部が燃えて火傷しているのに、まるでそれをものともしないように表情を変えず、攻撃を仕掛けて来ている。


 それは今も変わらない。魔力障壁を破壊されはしたが、彼女の武器である燃える車輪の炎は消えていない。そして結人はそれと打ち合っている。打ち合いながら燃えている。


 自己保身を取らず、省みず、相手の息の根を止めるまで止まらない鉄砲玉の如き無謀な戦法だった。


「おら、もう一つ! 受け止めないと頭割れるぞ!」

「あ――――――ぐ、うぅぅぅぅ!?」


 燃える車輪の魔力操作と合理を突き詰めた三節棍による武術とでは反応速度は歴然。車輪の防御が頭から外れた所を狙って結人の三節棍が近づくが、スカウトはそれを残った右腕で防ぐ。


 だが防いだ右腕の肘関節に直撃し、骨が打ち砕かれる音と共にスカウトは石畳の地面を転がった。


「はぁ……! はぁ……! ふざ……けんじゃ、ないわよ……!!」


 地面に転がったスカウトは治癒術式で何とか治した左腕で体を支えながら、体を起こす。肘関節を破壊された右腕は皮膚が破れ、大きく流血しており、あらぬ方向に曲がっている。左腕よりも重傷で今から治癒術式を自分で施しても時間を要するだろう。


「勝負ありだな」


 結人はスカウトの目の前まで近づき、光のない目で見下ろす。


「アン……タ……!! アタシに、こんなことして……、ただで済むと、でも……!!」


 スカウトは屈辱と怒りで顔を歪ませながら結人を睨みつける。


「さぁな。それと、今回の下手人ということで俺の雇い主の要望でお前を捕らえろということなんだ。状態を問わずということでな」


 そう言うと、結人は右手の指先を“クンッ”と動かす。


「!? あぁ!?」


 すると、彼女の体にどこからともなく糸が飛んできて絡みついた。動かそうとしても身動きが取れず、体を起こそうとした格好のまま無防備になってしまう。


 魔力は尽きていない。すぐにでも炎を発せば焼き切れるかもしれないが、そうした時点で自分の両腕を破壊した三節棍が振り下ろされるだろうと考え、魔術の使用を躊躇してしまう。


「それじゃ、ちょっと眠ってもらうが生きているだけマシだと思ってくれ」


 そう言って結人は三節棍を振りかぶる。台詞と態度からして、彼はスカウトを気絶させるためにスカウトの頭に叩き込もうとしている。


「ひっ」


 そして眼前に振り下ろされるソレにスカウトは思わず声を漏らしてしまう。


 死ぬ覚悟なんてなかった彼女は自身に振り下ろされる無慈悲な暴力に、数秒後の死という理不尽に憎悪しつつも反射的に目を閉じる。


「葛城! 避けろ!」

「!?」


 だが、それは頼孝の一声によって防がれた。


 その声に反応して、結人は顔を上げながらその場を離れると、自身の眼前から氷の矢のような氷柱つららが多く飛んできた。それを三節棍を用いて叩き落し、スカウトから少し距離を取る。


「おい、なにしていやがる、スカウト。暗殺は成功させてやるとか息巻いていたのに、このザマとかどういうことだ?」


 知らない声が響く。


「弦木、アイツは……」

「この状況で都合よく現れるということは、あの少女の仲間なのでしょう。十中八九、『灰色の黎明会』の」


 環菜の言葉に頼孝と結人は新たに現れた存在に身構える。


「まさかと思って来てみれば、とんだ修羅場だ。だが目標ターゲットが目の前にいるというのはイイ。仕事は手っ取り早く済ませるに限る」


 両手に持った片手斧をくるりと回しながら、金髪のウルフカットの大男、通称・バーサーカーが獲物を見据える目で結人たちを睨みつけるのだった。

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