第18話「対峙」
あちこちで戦いの声が響く。
弦木家本家の敷地内には様々な防衛機構と呼ばれる魔導器が設置されている。近代化に伴い、科学技術との共存・併用を用いた特許技術であり、その技術の一端は現在も草薙機関、そして日本各地の魔術師たちの一部にも使われている。
特に弦木家は陰陽道や法術を使用することもあって、土地そのものを媒介とした魔術を使う。内側に明確な弱点さえ抱えていなければ籠城戦において「五家」の中でも最上位になると言われている。
「なに……? 弦木家の防衛機構が機能していないだと?」
結人は弦木家本家の敷地内に偵察に向かわせた式神の蜘蛛「八束」たちの報告を念話で受け、周りに聞こえるように口にする。
「防衛機構が軒並み停止しているですって……!? 何者かが
環菜は驚愕のあまり声をあげる。
「連中、相当手の込んだ奴らだ。普通『五家』の防衛機構に干渉するとか、並みの術者とかじゃ無理だぞ。俺ですら覗くのはやめたのに。だが、外部からいきなり干渉して停止させるとかあるのか?」
「覗こうとしたことについては後で追及しますが、普通は外部の人間が弦木家の霊脈どころか防衛機構に干渉するなんて不可能です。これは、恐らく……」
あるとすれば、裏切り者がいる可能性が高いと彼女は暗に言った。
もしもそんなことがあれば、それこそ弦木家の前代未聞のスキャンダルになる。
「今はそんなことを考えている余裕はない。もうすぐで正門だ。いつでも迎撃できるようにしとけ」
「……はい」
結人は環菜にそう言いながら、3人で正門に急ぐ。
ここまでに来る道中で何人もの襲撃者たちに襲われたが、それらは結人や頼孝が率先して迎撃した。これは弦木家本家の中にいるというアドバンテージを活かすためであり、万が一のことがあれば彼女が弦木家の霊脈に接続しての魔術行使が出来るようにするためである。
しかし防衛機構が停止しているということで、その必要性が高まった。防衛機構が停止しているとはいえ、優れた魔術師である環菜がいるのなら、その防衛機構を復活させたりするのに彼女が必要となる。
敵の目的が現弦木家魔道の当主である
そう思案していると、出入口である正門前の広間に到着した。
「あら、ようやく主役の登場って所かしら? 遅かったじゃない!」
そのように言ったのは結人や頼孝と同じぐらいの10代後半の少女。顔つきは幼い印象を与え、紺色のショートカットの髪型でどこかボーイッシュな印象を与える。
スポーティーな格好をしていて、猫耳をイメージしたような
そして目を引くのは、彼女の腰から2本の猫の尻尾のようなものが生えていたことだった。
「お前か。あの爺さんを狙撃したの。魔力の痕跡と同じ匂いがするぞ」
結人が少女に言った。
「そうだけど? 邪魔されたついでに死んでくれたら良かったんだけど、まさかアンタ治癒の術式を体に刻んでいたなんてねー。マジウザ。せめて貫通した弾があのジジイに当たってくれたら良かったのに」
少女は嗜虐的な笑みを浮かべながら言った。悪意に満ちたその煽り口調に結人は眉間に皺寄せる。
その理由は純粋な感情論とかそういうのではないのだが、それを結人は口にしない。
この手の相手にそれは、油断を誘うどころか刺激して厄介なことになると理解しているからである。
「貴女が
環菜は少女に静かな怒りを秘めつつ、問いただす。
「はあ? そんなの決まっているでしょ。大魔術師とか、大層ご立派な肩書のクソジジイをブチ殺すために撃ったのよ。文句ある? てか、文句あるならクソジジイが死んだ後に言ってくれない? そっちの方が言いやすいでしょ」
「ただ殺すために撃ったと言いたいのですか? だとしたら非常に短絡的な考えですね。貴方は『五家』の長を暗殺しようと目論み、そしてこのような混乱を招いた。己の命を懸ける理由があるのなら、念のために聞かせていただきますが」
あまりにも乱暴な口調で喋る少女に、環菜は冷静に問いただす。
まるで炎のような燃える悪意と、氷のように冷たい理性のぶつかり合いの如き問答。
まさしく冷戦のような、目に見えない衝突。今にも戦闘が始まりそうな、一触即発の気配があまりにも濃厚だった。
「しょうがないわねぇ。ま、言わなくてもわかるでしょ。アタシは『灰色の黎明』のメンバー。本名をココで言うナンセンスはしない。なので、アタシの事はスカウトって呼んでもらってもいいわ。キャットでもいいけどね?」
「! やっぱり、『灰色の黎明会』……!」
猫耳の
そして彼女が「灰色の黎明会」であれば、なぜ弦木藤十郎を殺そうとしたのかがわかる。
「純粋にこの街を制圧しやすいように真っ先にあの爺さんを殺そうとしたってわけか。シンプルかつ無謀な手法だな。確かに確実に混乱させるという意味ではアリだ。俺でも真っ先にそうする」
結人自身も
彼自身も
合理的にかつ単純に考えれば内部から混乱を生じさせて自滅させるなら、トップを殺す方が確実なのだから。
「あら、聞き分けの良いヤツがいるわね。市民体育館の時、荒事しか出来ないヤツかと思っていたけど、頭いいわ。やっぱりアタシたちとアンタは同類なだけに波長は合うっての?」
同類という言葉を強調して、スカウトは言った。
異世界帰還者という意味では確かに同類だが、スカウトが言うとその意味は全く異なる。
彼女の場合は「灰色の黎明会」の目的である、世界の侵略そのもの。異世界帰還者たちによる支配。居場所のなき者たちに真の居場所。
市民体育館で結人たちが「灰色の黎明会」のリーダーであるルーラーから直々に聞いたもの。
あまりにもおぞましい、ありきたりなもの。
結人にとって
ただ、家族のために一刻も早く帰りたかっただけ。そのために多くの血を流し、多くの命を奪った。
故に、「
「お前らと同類なワケないだろ。以前も言ったが、そんなの居場所のない
市民体育館の時のように結人は全否定した。
「はぁ? なら言うけど、アンタはこの世界に……この星にどこにも居場所もないアタシたち『帰還者』のこと考えたことあるの? どこまでどん底でしかない環境から、そんな環境に縛られない異世界に生まれ変わって幸せになったのに、こんな世界に戻されたりした人の気持ちわかる?」
スカウトはさっきまでの表情とは打って変わり、憎悪に満ちた目を結人に向けた。
その目つきに結人は見覚えがあった。
それは、鏡の前で何度も何度も慟哭した自分と同じだった。
……彼女の気持ちが何もわからないと言ったらそれは嘘になるかもしれない。詳細を聞けば、何かわかるのかもしれない。
そう思ったとしても、例え彼女の絶望が自分と似たようなものを抱いたりしたかもしれなくても。
「いいや、わからん。お前の絶望はお前だけのもの。それにさ――――――」
故に、同じ異世界帰還者の1人として、少年は口を開く。
「そんな独り善がりな都合の良い野望が叶うわけない。考えたことがあるとかどうとか言っているが。―――――――そもそもお前はこの世界で幸せになろうとしなかっただけだろ」
「――――――――――」
結人の言葉にスカウトの表情はみるみる変わっていく。
彼女の絶望なんか何も知らない。知るつもりもない。
同情もしない。憐憫もない。
少年には血と殺しの技しか残らなかった。戻りたいありふれた日常には戻れなかった。
それでも、結人は自らの足を止めることを自分自身が許さなかった。だから歩き続けた。
だから、少年は「灰色の黎明会」を認めることなんて出来ない。出来るはずがない。
未来を歩く選択しかなかった少年と、過去を踏み台にして
「――――――そう。気が変わった」
スカウトの体から赤い魔力が渦巻き始める。空気が震える。
「アンタ、本当にクソね。アタシたちを否定したこの星の人類の味方をした上に侮辱した。だから―――――――見るも無残な焼死体にしてやるわ」
魔力は怒りの炎になり、暴力的な殺意と敵意を結人たちに向ける。
「どうやら本気になったようだな。ここは一つ―――――」
「いや、待て。葛城。アイツは俺がやる」
「なに?」
頼孝が結人の前に出て言った。
「アイツと俺の相性、もしかしたらイイかもしれん。あれ、魔性の類だ。なら俺がやるべきだろう。お前の糸と相性が悪い」
「……勝算は?」
「それはわからん。だが、アレが全力じゃないといいが、それはそれだ。本気でやればここら辺一帯が焼け野原になっちまうからな。いいな? 弦木」
頼孝は笑顔で環菜に言った。
「わかりました。私はすぐに結界を再起動させます。それまであの『帰還者』を抑えていて」
「応さ。任せてくれよ」
頼孝はそう言うと、スカウトの前に立つ。
「へぇ、アンタがアタシの相手? どっちでもいいわ。その蜘蛛男、後で殺してやるけど、その前にアンタを八つ裂きにしてあげるわ!」
スカウトは炎を昂らせ、頼孝に完全な敵意を向けた。
「ふん。お前も、魔性殺しと謳われたこの刃を前にどれぐらいまでやれる?」
頼孝は自らの精神を
炎と雷が衝突しようとしていた。
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