ここを我が家とする

「すぅ……すぅ……」

「……………」


 朝になり、目を覚ました湊の視界に広がったのはミアの顔だ。

 すぐ目の前……それこそ少しでも顔を近付ければキスの一つでも出来そうな距離に彼女の顔がある。


「……湊……さん」

「……?」


 寝言なのか名前を呼ばれ、嬉しくて笑ったのも束の間だ。

 ミアは小さく涙を零す……そして彼女の手は、湊を求めるように伸びてくるのだった。


「ミア」


 その手を優しく握りしめ、湊は流れるようにミアを抱き寄せる。

 昨晩は彼女に色々とリードされてしまったが、このように弱い姿を見せられると途端に湊にも余裕が生まれこういうことが出来る。

 彼女が目を覚ましたら何と言うだろうか……そう思いながらも、一切の抵抗を見せないミアをそのまま胸に抱いた。


(……なんだか俺、すっごい大胆なことをしてる気がする!)


 ただ抱きしめるだけ……だというのに不思議なほど満足感がある。

 腕の中で眠るミアだが、彼女は本来こんな風に気を抜いているような姿を見ることは出来ない。

 マキナや他の教導隊メンバーが部屋の前に立っても目を覚ますほど、ミアは気配には敏感だ……そんなミアが、こうして湊の抱擁を受け止めながら眠っている。


「ミア、昨日はありがとう」

「……………」

「なんつうか……本当に嬉しくてさ……まだ頭に嫌な光景は残り続けているけど、それでも俺はしっかりと前を向ける……だからありがとうミア」


 もちろんミアだけのおかげではない……タナトスやユズリハなど、多くの気持ちを知ったからこそ湊は前を向けた。


「……なんて、このことはもう乗り越えたんだ。だったらもう、これからのことを考えなくちゃな」


 そうして自らに気合を入れ、湊は改めて眠るミアを見つめる。


「……つうか、何度考えても信じられねえよ。あのミアがこうして俺の腕の中に居るってさぁ」

「……………」

「ストーリーでミアを知って……法国のために頑張る姿と、そんな法国を危険に晒す輩には一切容赦しない冷酷さ……そして何が正しくて何が間違っているのか分からなくなった時の慟哭とか……思えばそこから俺はミアにハマった」


 この時の湊は……完全にオタクが出ていた。

 ミアを抱き寄せていることも忘れ、けれども大きな声というわけではなくまるで子守歌……それくらいの声量で、優しく彼は言葉を続けた。


「周年でミアが実装されて……そこから水着やサンタ衣装、浴衣にバニーガールとか……全部取るくらいだもんなぁ……いやいやそりゃ取るでしょ普通」


 ちなみに、どの衣装違いもオリジナルのミアより使い勝手は悪かったがあくまでオリジナルに比べて……だ。


「俺……ヤバイくらいミアのことが大好きなんだな」


 正にオタクの鑑だなと、湊は自画自賛するのだった。

 それからしばらくしてミアが目を覚まし、彼女は湊のように一切慌てるようなことはなく、それどころか目覚めたその瞬間からかなりテンションが高かった。


「おはようミア……」

「うん! おはよう湊さん!」


 ニコッと微笑んだ彼女は、湊の首の後ろに腕を回しながら抱き着く。

 むぎゅっと大きな胸を押し付け、決して湊を逃がさないように両足も絡ませてホールドした。


「ミアさん……!?」

「うへへぇ……幸せだねぇ♪」


 そんな風にしていると、コンコンと外からノックがされた。


「ミア~、もう起きてる~?」

「っ!?」


 どうやらマキナが来たらしい。

 確かに時間としては起床時間が過ぎており、ミアにとって親友であるマキナが訪れる時間だ。

 これはマズい……最高にマズいと冷や汗を流す湊だったが、まさかの言葉がミアから飛び出す。


「マキナちゃ~ん! 開いてるから入って良いよ~」

「っ!?!?!?!?」


 君は一体何を言っとるぅ!?

 驚愕する湊にニヤリとミアは笑い……そして、ついに扉が開かれてマキナが入ってきた。


「ねえミア……あなた昨日の事後処理……って……はひっ!?」


 マキナはついに、湊とミアを見た。

 その瞬間、彼女の顔は真っ赤に染まっただけでなくパクパクと口を開けては閉じてを繰り返している。

 ミアは更に抱き着く力を強くし、マキナにも聞こえるようにこう言うのだった。


「昨日は凄かったね湊さん♡」


 そのミアの一言に、マキナが怒り狂ったのは言うまでもない。


▼▽


「……ったく、大変な目に遭ったぜ」

「あははっ♪ でも楽しかったねぇ!」

「楽しかったのはミアだけだろ!」


 結局あの後、マキナの誤解はすぐに解けた。

 ミアが意味深に言ったようなことは何もなかったし、マキナも湊の言葉ならとそれを信じた……とはいえ、若い男女が一つの部屋で過ごしたという事実は変わらないため、それに関しては説明をする必要があった。

 だがしかし、マキナはミアの一言に納得した。


『湊さんが辛い目に遭ったから、それを慰めてあげたの』

『そう……なら良いわ』


 なんて、こんなにも簡単に話は終わったのだから驚きだ。

 それから朝食を済ませた後、こうしてミアと共に塔を出たのだが、向かう先は都市の外である。


「ねえ湊さん、実は昨日気付いたっていうか……やれるってことに気付けたことがあるの」

「なんだ?」

「これ」


 スッと、一瞬にしてミアの姿に変化が起きた。

 髪の毛が輝くだけでなく、瞳も銀色に変化し……そして背中に生み出されたのは天使の翼。


「天使の力……ってなんでもう使えるの?」


 このミアの状態のことを湊はもちろん知っている。

 もっと先の未来にて覚醒したミアの姿――人でありながら、天上の存在とされる天使の力を扱うことが出来るこれは、まだ使えるはずのない能力であるため、湊は目を丸くして驚く。


「湊さんと色々話した後、もしかしてって思ったら出来たんだよ。やっぱり記憶を引き継いでるからかな?」

「……………」

「でもさ、それだとユズリハも一緒じゃん」

「……あ」


 そう言われて湊は思い出す。

 ユズリハにもミアと似たような性質として覚醒する力があり、ユズリハの場合は彼女のヤンデレ気質を表すようなもので、触れた相手に自分の好意を全て流し込みながら、自分と相手にとって一番気持ちの良い世界を作り上げることが出来る。


(そうか……ユズリハに触れて掛けられた魅了はもちろんだけど、彼女に触れた時に感じたのはそれだ……)


 ミアは完全に戦いに特化したもので、ユズリハも戦いには使うことは出来るがあくまでその力は指揮官に対する想いからしかない。

 ユズリハの覚醒はとにかく指揮官と過ごしたい、二人っきりになりたくて仕方なく、病むほどに愛しているからこそそれを無理やりにでも実現させるための力だ。


「ユズリハは愛が重いからねぇ……あ、私も言えないけどさ!」


 そう言ってミアは元の姿に戻った。

 ユズリハのことはともかく、あの状態のミア……否、あの姿を習得した今のミアは悪意そのものを簡単に感知出来るだけでなく、精神異常や五感を狂わせることも可能と……これに関してはゲームの終盤だっため、あまりお披露目されることはなかったが、この時点で使えるとなると結構話は変わってくる。


「でもミア……それはあまり使わない方が良いぞ」

「分かってる。人の多いところとか、面倒になりそうなところでは使わないよ」


 ただでさえミアは法国の最強としてマークされているので、これ以上の力があると知られて更に警戒を強くされるのも面倒だろう。

 さて、今日のミアは非番とのことで当然ネバレス城へ来るらしい。

 湊がタナトスを呼ぼうとした瞬間、すぐに影へと引きずり込まれ気が付けば目の前のタナトスが居た。


「ただいまタナちゃん」

『よく戻った主よ』


 ……あれ? ミアは?

 湊はすぐにミアが居ないことに気付き、タナトスにお願いしてミアもしっかり連れて来てもらった。


「もうこの馬鹿ドラゴン!」

『ふん、我は知らん』


 そのような言い合いを聞きながら、湊は頼むから仲良くしてくれよと楽しそうに彼女らを見つめるのだった。

 しかしそこで、湊はおやっと首を傾げた。


「なんか……屋敷出来てね?」


 村人たちが使う家よりも立派な屋敷が出来上がっていることに、湊は気付いた……これ、誰の屋敷?


『気付いたか。これは主の屋敷だ』

「……わお」

「あ、出来たんだ! よし、それじゃあ私は村長さんたちにお話に行ってくるね! 湊さんの家もそうだけど、他の家にも設置出来るインフラの提案してくるから!」


 なんだか……凄い勢いで全てが進んでいく。

 これもまた、湊が動いた結果だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る