ミアの神罰

「俺は何か聞き間違えをしたのかもしれん。もう一度言ってくれ」

「湊さんは私と一緒に寝るんだよ?」


 どうやらそれは湊の聞き間違えではなかったらしい。

 改めて湊は周りを見る――もちろんここはミアの部屋で、髪を乾かした彼女はベッドに腰かけて湊を見つめている。

 一緒に寝るんだよ、その言葉は同衾を意味にするのだろうかと湊は問いかけた。


「それは……同衾でござるか?」

「同衾でござるよ」


 どうやら本当にそうらしい。

 確かにこの部屋にはミアが使うであろうキングサイズのベッドしか置かれていないが、だからと言って女の子と一緒に寝るのは流石にマズいのではと湊は常識を訴える。


「なあミア、流石にそれは……マズくないか?」

「何もマズくないよ。そもそもこれは必要と思ったの――夢から覚めて顔色が良くなって安心したけど、こういう日だからこそ一日の終わりは湊さんにとって安心出来るものじゃないとって私は思うんだよ」

「それが……一緒に寝ること?」

「うん。というか湊さんさぁ、推しの私と寝れるの嫌なの?」

「は? 嫌じゃないが?」


 湊はつい語気を強くして否定した。


「ミア、君は知らないだろう」


 そこから湊は語りだす。

 湊が生きていた世界は決して魔法なんて物は存在せず、どれだけの研究をしても現実と二次元の境界線を越えることは出来ない。

 だから誰しもが俺の嫁だと、私の王子様と豪語する相手と同じ空間で過ごすことなど不可能なのだ。

 だがしかし、今こうして湊は推しであるミアが目の前に居る。

 もちろんミアだけでなくユズリハやフランだって推しみたいなもの……普通の人では決して味わえない領域に湊は居る。


「けど俺は色々抑えてんだよ……抑えて頑張ってんだよ。そりゃもっと色んなことをしてみたいって思う……つうかミアと一緒に寝れる? そんなん是非こっちからお願いしたいくらいだね。もうめっちゃ甘えながら寝たいって」

「じゃあそうすれば良いじゃん」

「……えっと、良いの?」


 これ……チャンスなのだろうかと湊は思う。

 湊とて若い男だ……推しキャラというものが居るのであれば、彼女たちと過ごす妄想もするし、それ以上のことも想像だってする。

 元の世界には二次創作という形で色々な物があった……それこそエッチなものだって湊は読んだことがある。


「良いんだよ。というかタナトスとも一緒に寝てるじゃん。どうしてあの子と寝れて私とは寝れないの?」

「いやだってタナトスはドラゴンじゃん」

「でも女性なのは変わらないし、何よりドラゴンという魔獣なのにタナトスは人間と交配出来る機能さえ持ってる……そういう点では人間に近いと思うんだけどなぁ」

「それは……そうだけど……えぇ?」


 そう、ちなみにタナトスの設定として彼女は人間と交配出来る機能があるにはある……とはいえ今はそれは関係ないが、どうやらミアはもう何を言っても退かないらしい。


「湊さん、おいでよ」

「……おいでされます」


 実を言えば、湊も少しばかり人肌が恋しかったのかもしれない。

 何だかんだこっちの世界に来てからは毎日が激動の日々……落ち着いた時間はあったものの、世界が変わるなんてことを経験して疲れないわけがないのだから。

 諦めたと同時に、ごくりと唾を飲み込む正直な反応をする湊をミアは腕を広げて迎え入れる。


「えへへ~、捕まえた♪」


 ベッドに上がった瞬間、ギュッとミアが湊を抱きしめてきた。

 そのまま二人で頭を枕に乗せるように倒れ込み、とてつもないほどの至近距離で見つめ合う。


(あ……久しぶりのベッドの感覚だ)


 柔らかなベッドな感触に感動する。

 柔らかいだけでなく温かく、そして何よりあまりにも香りが良すぎて頭がクラクラしてしまいそうになる。

 ミアがずっと使っていたベッドということもあり、彼女の香りがこれでもかと染み付いている……それは湊の心をドキドキとさせたが、それ以上にとてつもないほどの安心感を齎す。


「ねえ湊さん、これだけでも満足出来る?」

「めっちゃ出来てる」

「あはは、そっか♪ じゃあそうだなぁ……今から五分間、湊さんが好きなことしても良いよ? 私が全部その甘えたい衝動を受け止めてあげる」


 そう言われ、湊のタガが少し外れたのは言うまでもない。

 もちろんエッチなことをするわけではなく、とにかく恥などと一切思わないようにして湊はミアに甘えた。

 ミアから与えられる温もりと優しさに浸るように……それこそ、彼女の大きな胸に顔を埋めてしまうくらいには。


「……ふぅ」


 そして五分間、湊は思いっきり堪能した。

 プレイヤーとしてゲームをやっていた時に少しでも想像したことが出来たことに感動しつつも、事が済めば訪れるのは凄まじい羞恥心である。


「湊さん、顔真っ赤だよ?」

「そりゃ……そりゃそうなるっての」

「凄く可愛かったけどねぇ。私、こうやっていつも湊さんには甘えてほしいよ」

「いつもは……恥ずかしいな流石に。やっぱほら、俺って成人してるしミアはまだ子供だし」

「またそんなこと言ってるぅ! この世界の十六歳は大人みたいなものなんだから」


 それはそうかもしれないが……しかし、湊からすればやはりミアはどこまで行ってもまだまだ子供だ。

 今度はミアが湊の胸元に顔を埋めるように身を寄せてきたので、湊はドキッとしながらも彼女を受け入れる。


「こっちの世界に湊さんが来たなら、これから先の未来を一緒に歩けるよね? だったら大人になった私のことも湊さんは見れるよ」

「それは……どんな美人さんになるんだろうな」

「今よりももっと可愛くて、スタイル抜群のレディになるねきっと!」


 自分で言うのかよと湊が苦笑すると、少しばかり真剣な声音でミアはこうと言葉を続けた。


「湊さんは凄く頑張ってるよ。でもだからこそ、時にはこうやって甘えることも大事だと思う。私はいつだって受け止めてあげるからね?」

「ミア……」

「そもそも、湊さんの境遇からしたら凄いと思うけどね私は。だって今までずっと平和な世界に居たんでしょ? それが今はこんな状況になっちゃってる……それはこの世界が好きだからとか、そういう理由だけじゃこうして前を向くなんて出来ないよ――これは湊さんの強さだと私は自信を持って言える……湊さんは凄い」

「……あまり褒めすぎないでくれ」

「いやだね、褒めまくっちゃう。湊さんは凄い……湊さんはとても優しくてかっこいい……だからそんな湊さんを私は守るから」


 守るから、その言葉はあまりにも心強かった。

 食事も済ませて風呂も済ませ、そして久しぶりのベッド……これが湊の気持ちを落ち着かせ、気を抜かせるには十分だった。

 よしよしと頭を撫でられる感覚に身を委ねながら、湊はゆっくりと深い眠りに就いて行った。


「おやすみ湊さん……さてと、ゴミ掃除しないとね」


 ▼▽


 湊にとって、この世界における情報はゲームをプレイしながら……そして公式から齎された情報でしかない。

 だがそれだけでは知る由もない出来事がある――それはゲームで語られない出来事だ。


「やれやれ、上手く入り込めたか」

「ここ最近レイリニアの警備が厳しくなっているな……意識改革でも行われたか?」

「それでも我らにとっては容易だ――では、これより法王の元へ向かう」


 法王の元へ向かう……それは闇夜に紛れた集団だった。

 夜の闇に紛れやすい黒衣を身に着けるこの者たちは、フラン率いる暗殺者たちとは流派の違う集団であり、彼らの目的は法王の首だ。

 一人一人が凄まじい実力者であることが窺え、数にして十人ほどは居るだろうか……が、彼らが法王の元へ辿り着くことはない。


「はいは~い。あなたたちはここまで、ここから先は通れないよ」

「っ!?」

「何者だ……?」


 暗殺者たちの前に降り立ったのは……ミアだ。


「……教導隊の天使か」


 そしてもちろん、彼らもミアのことは知っていたらしい。

 こうして都市に乗り込もうとするなら事前情報を仕入れるのは当然なため、別にミアの顔が割れていても不思議ではない。

 防衛はミア一人……だというのに彼らは動けなかった。

 何故ならミアから放たれる尋常ではない殺気が、彼らの足を地に縫い付けていたから。


「居たねぇ……そういえば居たんだよあなたたちが。ねえ、どうして今なのかなぁ? 今日は特別な日なんだよ? 私にとって、大切な人と良い気分で眠れると思ったのにさぁ!」

「っ……散開!」

「う……動けない!?」

「ど、どうなってるんだこれは……っ!?」


 堂々と、武器すら構えずに歩くミアを前にして彼らはやはり動けない。

 というのもミアには教導隊の誰も……そして、他国の誰もが知らない能力が備わっている。

 知っているのは湊……そして記憶の残る仲間たちだけだ。


「私はね……絶対に殺すと決めた相手に容赦はしないんだ――だからあなたたちはここで殺す。前も失敗してたけど、それ以上に今日という夜を汚したあなたたちを許さないから」


 ミアの髪の毛が薄く輝き、目の色も銀色へと輝く。

 背中に形成されたのは白い翼……その姿は正に天使である――ミアの戦闘能力が優れているのはもちろんだが、この状態のミアは一定距離における全ての悪意を感じ取ることが出来るだけでなく、その悪意ある存在に対し精神干渉や五感を狂わせる異常を付与することが出来る。

 本来であればこれを習得するのはまだまだ先だが、記憶を持っているが故に今のミアも扱うことが出来る。


「皆殺しは……いいや、一人だけ残そう。んじゃ、早く彼の元に戻りたいから終わらせるね」


 幸福だった夜を汚した者に対する罰は、あまりにも残酷だ。

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