同衾とは……!?

「あなたの~足音が~聞こえる~先に~」

「……?」


 ふと、優しい歌声が湊の鼓膜を震わせた。

 湊が目を開けるとまず目に入ったのは燃える焚き木……そしてゆっくりと視線を動かしていくと、歌っていたのがミアだったことに気付く。


「ミア?」

「あ、起きた?」


 ミアから心配そうに顔を覗き込まれ、湊はあれっと首を傾げる。

 焚き木が明るいのはともかく空は既に日が沈んでいて暗く、夜であることが分かる。

 ミアの背後で大きな影が動き……タナトスも湊の顔を覗き込んできた。


『起きたか主よ』

「……あぁ」


 湊は……全部覚えている。

 フランと出会ったこと、亜人たちを助けられなかったこと、意識を失って倒れ夢の中でユズリハと話したこと……ずっと膝枕をしてくれていたらしいミアにお礼を言って、湊は体を起こした。


「ここは……ネバレス城?」

「うん。タナトスの魔法のおかげで寒かったりはしないよね?」

「あぁ……あったけぇ」

『……主? 思ったよりも元気か?』


 ミアだけでなく、当然タナトスも心配してくれたらしい。

 寝起きということもあってまだ頭がボーッとしているが、タナトスから軽くあの後のことを聞く。


「そうか……フランにも礼を言う前に倒れちゃったからな。もしまた会うことがあったらお礼を言わないと」

『気にするなと言ってはいたがな』

「……湊さん、結婚してって言われたんだってね?」

「え? あぁうん……でも断ったぞ?」


 ぷくっと頬を膨らませたミアが可愛い……という感想は置いておく。


「フランは湊さんのこと覚えてなかったみたいだけど、会った瞬間に結婚してくれはやっちゃってるよあいつ」

「ミア……さん?」

「でも……でも敵じゃないことは喜ばないとかな? 色々壁はあるだろうけど湊さんが居れば敵対することはない……でも、あんな油断も好きもない奴を傍に置くのは……ぐぬぬっ!」


 どうやらミアはフランの告白に思う部分があったようだ。

 湊はそんなミアの頭に手を伸ばそうとして……途中で何をしようとしたんだと我に返り手を引っ込めた。


「ところでどうしてミアがここに?」

「え? そんなの湊さんが心配だったからだよ」

『ここに戻ってすぐ、ミアから連絡が入ってな。何やら主のことで嫌な予感がしたから今すぐ影を開けと』

「そ、そうなんだ」


 本当に……本当に君はいつも心配してくれるんだなと湊は思う。

 だがそんな風に心配してくれるのは何もミアだけではなく、タナトスもそうだがユズリハも湊のことを心配してくれている。

 この世界に来てから多くの人から心配されていること、想われていることを湊はこれでもかと知った。


「取り敢えず……ありがとうミア」

「ううん、それより……大丈夫なの?」

「それについても話さないとな……タナちゃんもありがと」

『良いのだそれは……それで、大丈夫か?』


 あんなショッキングなものを見たからこそタナトスの心配と、タナトスから話を聞いているからこそミアの心配だ。


「眠っている時……ユズリハと話をしたんだ」

「ユズリハと?」

『ふむ……まさか夢に入り込んでくるとはな』

「そんな顔しないでくれって。ユズリハの気持ちも分かったし、何より自分自身と向き合う良い時間だった」


 湊は話す――ユズリハと話したこと、そして今回の出来事を通して思ったことを全て口にした。


「俺さ……亜人の人たちが死んだ時、俺が余計なことをしなければって思ったんだ。実を言えば今もそれは変わってない……もしかしたら彼らはあの後、俺じゃない誰かに救われた可能性もあるからな」

「……………」

「ユズリハに……ずっと傍に居れば大丈夫と言われた時、頷いてしまったら楽になれるんだろうとも考えた。けどさ、そんなことをしたら傍に居てくれるミアやタナちゃんに申し訳ないし……既に手を差し伸べた人たちを放り出すなんてことも考えられなかった」


 甘い夢に……甘いだけの現実に浸れるのは幸せなことだろう。

 ユズリハは病的なまでに湊を愛している……今の彼女は好き勝手に身動き出来ないだろうが、もしも湊がユズリハの提案に頷いたら彼女は間違いなく湊を優先して動く。

 ユズリハは異なる空間を形成することが出来るだけでなく、その中では全ての時間が止まって永遠になり、その中で湊が欲しいものは全てユズリハが用意してくれる天国が完成するのだ。


(……それは生きてるとは言えないもんな)


 つい数日前まで平和な世界で生きていたくせに、随分と一丁前なことをと言う人は居るかもしれない……それでも湊は一度口にしたこと、既に関わった存在を無かったものには出来なかった。


「つまり何が言いたいかって言うと……確かにあれはもう二度と見たくないものだった。心が張り裂けそうで、お前のせいだとあの亜人たちから言われても文句は返せない……でも俺は、だからこそああいうのをもう増やしちゃダメなんだって思ったんだ」


 相変わらずの偽善、相変わらずの甘い考え……けれど、それでも前を向くと湊は決めた。


「……ほんと、湊さんって頑固だよね」

『同感だ――だが、そんな主に付いて行くと決めたからな』

「ありがとう二人とも」


 改めてお礼を伝えた後、湊はこう言葉を続けた。


「二人とも、基本的に俺がやることを良しとしてくれるだろ? でも本当に無理そうだとか、無謀だと思ったら強く言ってほしい」

「良いの?」

『ふむ……』

「大人だしそれを判断するのも大事なことだけど、やっぱりこの世界において俺は素人だからな」


 これは大事なことだ。

 もちろん二人はイエスマンというわけではなく、帝国に行きたいと言った時にミアはダメだと言ってくれたし、そう言うわけでもない。

 しかし距離が近い彼女たちだからこそ、湊は無謀なことを口にしたら怒ってほしいのだ。


「うん、分かった。でも今のところは特に……って感じだもんね。その時が来たら湊さんのことを第一に考えて注意とかするから」

『そうだな……無理に影に閉じ込めてでも止めてみせよう』


 ありがとう、望むところだと湊は笑った。

 さて、こうなってくると後はもう眠るだけ……とはならず、まだ湊は夕飯を済ませていない。

 ということで、気付けば湊はミアの部屋に居た。


「……うん?」

「ほら湊さん、お料理出来てるからね」

「え? うん」


 どうしてこうなったんだと湊は考える。

 ぐうっと腹が鳴ってすぐ、ミアがタナトスに何かを伝えたと思ったらここにやってきていた。

 渋々ながらもタナトスが頷き、こうして湊の傍から離れたのは意外だったものの、ミアが言ったように目の前には美味しそうな食事が並んでおり湊の腹の虫が更に鳴る。


「食べよう湊さん」

「……おう!」


 そうして美味しいという言葉では言い表せないほどの食事を済ませたかと思えば、今度は部屋に備え付けられている風呂に通された。


「着替えとか置いておくからシャワーとか済ませちゃってね」

「え? うん」


 おかしい……さっきからうんとしか湊は言っていない。

 取り敢えずミアに言われたようにシャワーを済ませ、体を綺麗にした状態で部屋に戻ると、入れ替わるようにミアが風呂へ向かった。

 ミアが居ない間、手持無沙汰な時間を過ごし……そして戻ってきた彼女に湊はドキッとする。


「ふふっ、ドキドキする~?


 風呂上がりの女の子……ピンクの可愛い寝間着姿の彼女はあまりにも可愛らしかった。

 それこそそのような姿はゲームですら見たことがなく、ジッと見てしまうことが失礼と分かっていても見つめてしまう。


「今日くらいは湊さんに心からゆっくりしてほしいなって。もちろんタナトスの傍も安全だと思うよ? けど温かいベッドの上で今日は眠らせてあげたいってタナトスに行ったら頷いてくれたの」

「そうなんだ……うん? あれ、ということはもしかして――」


 湊はある考えに行き着く……ミアはそんな湊を見てクスッと微笑み、人差し指を口元に当てながら楽しそうにこう言った。


「考えてる通りだよん♪ 今日、湊さんは私と一緒に寝るんだよ?」

「っ!?!?!?」


 それは正に、雷に打たれたような衝撃を湊に齎した。

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