初めての失敗

 湊は、この世界で何が出来るかを必死に模索していた。

 あまりにも残酷なことが多いこの世界において、少しでも誰かを救うことが出来ればと……たとえ自分自身でなくとも、頼れる仲間が居るからこそ出来る在り方だった。

 だが……湊は改めて思い知ることになる――この世界は残酷で、どうしようもなく救いのない瞬間があるということを。


▼▽


「……?」

『主よ、どうした?』

「……いや」


 目の前の光景に湊はあれっと首を傾げた。

 フランと出会い、そして帰ろうとしたところで亜人を売ろうとする集団を見つけたのである。

 亜人の売買は表では禁止されており、法国なんかは全面的に禁止されているのもあって目にすることも、噂さえも聞くことはない。

 ……ただ、他の国では多額の金が動く案件でもあることから……そして美しい亜人などは貴族の間で人気ということもあり、裏ではえげつない取引が行われていたりするのだ。


(なんだろう……凄く嫌な予感がする)


 フランが凄まじい動きで集団を無力化したこと、その戦いで間近で見れて湊は興奮していたが後になってどうにもスッキリしないのである。

 まるで……大変なことを仕出かしてしまったような違和感と不安が湊の胸中に広がっていく。


「……行こうタナちゃん」

『あぁ』


 湊は胸にタナトスを抱きながらフランへと近付く。


「……ありがとうフラン」

「いいや、それで好感度稼ぎにはなったかい?」

「あはは……まあなったんじゃないかな?」

「それなら良かった」


 答えにくい質問をグイグイしないでほしいと思いながら、湊は辺りの惨状を見渡す。

 さっきはフランの壮絶な動きにかっこいいと思っていたが、いざこうして近くで見てみるとその惨状は凄いものだった――無力化したとはいっても、フランは手加減をしておらず相手はほぼ瀕死……まあ犯罪者相手だから当然の報いとは思いながらも、湊にはやはり刺激が強い。


「な、なんだてめえら――」


 意識のある男の背に、フランは刀を突き立てた。

 的確に心臓を貫いたようだがそれだけではない……フランの刀には呪いが宿っており、それは斬り付けた場所が急所であれば即死させるもので、フランの設定と能力を知っているからこそ湊は分かった。


(頼んだ俺が言うのもなんだけど……まさかこうして、人が死んでいく瞬間を見ることになるなんてな)


 果たして……いつになったら死に慣れるだろうかと湊は思う。


『主よ、死に慣れずとも良い』

「え?」


 耳元で囁くタナトスの言葉に、湊は目を丸くした。

 決して言葉には出していなかったはず……それでもまるで聞こえていたかのような、それこそ心を読まれたのかと考えてしまうほどに驚いた。

 タナトスは優しい声音で言葉を続けた。


『これから幾度となく誰かが死ぬ瞬間を目にするだろう……だが、あなたはそれに慣れなくても良い……否、決して慣れてくれるな』

「……タナちゃん?」

『死に慣れるということは、大事な物を失うことと同じだ――目にすることに慣れても、死に対する嫌悪感だけは無くすでないぞ?』

「……あぁ、分かった」


 この世界において、死という概念には慣れた方が精神的には良い……けれど死に対して慣れがないからこそ、湊は傷付く前の誰かを助けようと動けるのだ。

 くだらないと、甘すぎると……どれだけ言われようとも湊は前を向いて歩き続ける……それが湊の見つけた一つの答え。


「湊、どうするんだ?」

「取り敢えず亜人たちを解放しよう」


 鎖に繋がれている亜人たちに近付く。

 男性が二人と女性が一人……若干薄汚れているが、三人ともにとても整った顔立ちをしている。

 オオカミのような耳を持つ彼らだが、近付く湊たちに対してこれでもかと敵意を向けてきた。


「近付くな人間……一体何のつもりだ?」

「俺たちをどうする気だ!?」

「……………」


 彼らからしても、湊たちが助けに来たことは分かっているはずだ。

 それでも自分たちとは違う人間だからこそ信じられない……何を言ったところで信じてもらえない空気だ。

 だがそれでも、湊は信じてくれとしか言えない。

 あなたたちを助けに来たんだとそう言おうとした時、湊に対しこの世界の残酷が牙を剥いた。


「……?」


 ピッと、何か音が聞こえた。

 その音の出所は彼ら……男性の内の一人が首に着けている首輪で、その中心が赤く光っている。

 そして、なんだそれはと言う前に爆ぜた。

 それは小さなパンと言う音だった――瞬時にタナトスが魔法を使ってくれたことで、湊は降り注ぐ赤い雨に体を濡らすことはなかった。


「……え?」


 なんだ……何が起きた……?

 湊は目の前の光景が信じられなかった……タナトスが魔法を使って守ってくれていることも、赤い雨を浴びたフランが即座に声を上げたことも、何も気にならないくらいに唖然とした。


「……なんで」


 彼らの内、一人の男の首から上が無かった。

 首から上がどこかへ吹き飛び、鮮血を吹き出し続けて……その体は力を失ってその場に倒れた。

 一気に広がる鉄の臭いに、湊はようやく抱いていた不安に気付けた。

 彼らの首に付いているのは隷属の首輪……契約者に何かがあった時、即座に付けられた側が死ぬというものだ。

 その考えに至った時、また一つパンと音がした……二人目の男が死んで体を倒す。


「あ、あぁ……いや……いやああああああああっ!」


 最後に残された亜人の女性が恐怖の叫びを上げ、すぐに湊はタナトスに指示を出そうとして……遅かった。

 パンと乾いた音が響き渡り、最後に残った女性もその命を散らす。

 体を倒しても流れる血は止まらず、赤い海を作り出すように広がっていく……湊は何も考えることが出来ずに、スッと意識を失うのだった。


▼▽


「湊!?」

『安心せよ、気を失っただけだ』


 倒れた湊をフランは受け止めたが、あまりにも顔が青くフランは途方に暮れるように慌てている。

 しかしながら、そんなフランを落ち着かせたのがタナトスだった。

 ここに来て初めてタナトスの声が聞こえたこともあり、フランは否が応でも落ち着かざるを得なかった。


「アンタは……話せるのかい?」

『主がところどころで喋っていたであろう? それは我との会話だ』

「いや……普通にどっかと通信でも思ってたよアタシは」

『ふん、まあどうでも良いことだ。しかし……主にはかなり刺激の強い光景になってしまったな』


 フランは、湊の背景が一切分からない。

 こうして眠っている姿はあまりにも痛々しく、何を言われても慰めたい衝動に駆られるほど……だが逆を言えば、あまりにも現実を分かっていない人間の顔にも見えた。


「噂には聞いたことがあったよ。そもそもアタシたちは奴隷とか、亜人に対して関わったことが一度もなかったからね……隷属の首輪だっけ? 実物を見たのも初めてさ」


 そう、フランさえも実物を見たのは初めてで反応が出来なかった。

 というのも仕方のないことで、隷属の首輪が開発されたのは今より半年ほど前のことなのだから。


「なあアンタ……いや、何でもない」


 湊は何者なのか、それをフランは聞こうとしたが止めた。

 本人の意識がない所で聞き出すのを無粋だと思ったのもあるが、こうして血の海が出来てしまったことで魔獣が押し寄せる気配があるためだ。


『主は我らや、そして貴様とは違う存在だ。この世界において死というのはあまりにも軽い……だが、主は少しでもそれを減らしたいと思って行動しようとしている』

「……それで助けようとしたんだね」

『うむ……前回は上手く行ったが、今回は失敗した。しかも、こちらが動いてしまったことによって引き起こされた死だ。目を覚ました時、主がどのような気持ちを抱くのか我も想像出来ん』


 首輪に関して分かっていれば、どうにか出来たかもしれない……タナトスはそう思ったがあまりにも一瞬すぎた。

 湊は優しい……人の死に慣れていない。

 おそらく彼はこれから先も他者の死というものに慣れるようなことはないと思われるが、果たして目を覚ました時に湊が何を思うのか……タナトスに出来ることはただ寄り添うだけ。


(主よ、我はあなたの悲しみを共有出来るが……その本質を完全に理解することは出来ぬ。故に我は涙を流すことは出来ん)


 人間でなくドラゴンだからな……そうタナトスは小さく囁く。


『フラン、もしかしたらまた会うこともあろう。今回は主を連れて我は帰らせてもらう』

「あ、あぁ……その……湊によろしく言っておいてくれ」

『分かっておる。いつになるか分からんが、共に肩を並べる日が来るやもしれんな』


 そう言って、タナトスは湊を連れて城へと戻った。





『だから言ったのです。辛いことになると……あなた様の心、今こそいただきますね』

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