少しだけの変化
それは王国にとって、大きな政変となる出来事だ。
王族たちは王国をより良い国にするために、そしてこれ以上悪くしないために出来る限りの政策を実施していたが……今よりももっと繁栄を極めるためには他国を吸収し、技術や能力を奪うことが更なる発展に繋がるという意見が貴族たちから出ていたのである。
『我が国の発展のため、そのために他国を陥れるなど許されん』
それは王の言葉だったが、欲望に塗れた貴族たちからすればそれは邪魔な言葉でしかない。
優しい? 優しさだけで何が出来る。
そんな意見の元、王を廃し今よりも強い国を作り上げるのだ……その言葉に賛成する者たちはそれなりに居たせいもあり、小さなところから段々と歪みが生じ始めていた。
そして今日、王国におけるクーデターは勃発した。
「指揮官! 既に王城は占拠されており、王族の皆さまの安否は不明となっています」
「ま、殺さたりはしないだろうな流石に。まだまだ利用価値がある……殺してしまえばそれこそ、騎士団が雪崩れ込むだろうからな」
「……ふむ」
部下であるアーシアとレイの言葉に、指揮官は考え込む。
指揮官がこうして王国に訪れてすぐの出来事だったが、この数日で王国が抱える歪みは目に見えていた。
これはいずれ爆発すると……そう思っていただけに、決して当たってほしくない予想が現実となったのである。
「王女失踪事件の調査だけかと思ったのに、随分な出来事に巻き込まれたものだな」
「本当ですね……これからどうします?」
「まずは王国騎士団と合流し、作戦を練ろうか」
「了解だ」
方針が決まり、すぐに三人は走り出す。
幸いに彼らに協力してくれる勢力は存在しているので、ここからは指揮官の力量の見せ所と言ったところだ。
指揮官は指揮官――彼の指揮能力は他者の動きを向上させる。
レイとアーシアがその凄さを理解しているのはもちろん、騎士団の団長を始め数名の団員は既にその恩恵に助けられている。
「さあ、反撃の準備を始めよう」
指揮官という存在が初めて世に知れ渡る最初の出来事……王都解放作戦が始まる。
「指揮官……実はクーデターを扇動した貴族と、彼らが雇った者たち以外にも気になる集団が居るようです」
「なに?」
「それについてはまだ情報不足ですので、不測の事態は考えておかれた方がよろしいかと」
「……分かった」
「さて、行こうぜ指揮官」
っと、そのような会話がなされている三人を見つめる二人が居た。
一人は長距離ライフルを構えてスコープを覗いており、そのライフルが狙いを定めているのは指揮官の左胸だ。
「この距離で一撃入れたら死ぬってのに呑気なもんだぜ……ま、ここからあそこまでの距離は大分あるし気付けないのも無理はねえか」
スコープから顔を離し、獰猛な表情の似合う男はそう言った。
どうやらここから狙撃するつもりはないらしく、状況に比べて随分とゆったりとした空気が流れていく。
「姐さん、あれが指揮官って奴らしいぜ?」
「見せな」
それは堂々とした声だった。
背後に控えていたのは中々に奇抜なファッションをした女性だが、肌を多く見せていることで色気すらも感じさせる。
亜麻色の髪をなびかせ、鍛え上げられた腹筋と大きく実った胸元……女として完成された肉体を持っているものの、安易に近付いたら切り刻まれるような冷たさを孕んでいる。
「姐さん……あんなのがタイプなんですかい?」
「うるさい黙りな」
強い口調に男はビクッと体を震わせ、それだけこの女性の威圧感は凄まじいものがあるらしい。
スコープを覗いて指揮官を見た女性は……しばらくしてため息を吐き、頭を横に振って離れた。
「……違うみたいだね。あれはアタシの求める存在じゃない」
「そ、そうなんすね。殺します?」
「放っておきな。今回はアタシの我儘にアンタを付き合わせただけで、他の仲間は連れてきちゃいない。それに金払いの悪いゴミ貴族にこれ以上付き合う義理もないからね」
「了解っす。じゃあ帰りやすか」
「あぁ……ったく、イライラするね」
女性は再び、見えないはずの距離に居るであろう指揮官の方角を見る。
(最近……本当に最近だよ。指揮官って言葉が……顔も知らないはずの誰かをアタシはずっと求めている。だってのに期待していたアンタの顔を見てもアタシの心は響かなかった……あぁ本当にイライラする――こんなにも気になる存在……アンタはどこの誰なんだい?)
女性はいよいよ背を向けて歩き出す。
その背後では、クーデターの影響で燃える王都の姿がこれでもかとその存在を知らしめていた。
▼▽
分かっていたことだが、ついにストーリーが動き出した。
しかしそれでも法国に住まう者からすれば、確かに一大事ではあるものの直接的に介入することではない。
以前にも言ったが国単位でどこかに救援に入る余裕もないし、基本的に動く時は法国そのものに火の粉が降りかかる時だ。
『気になるのか? 主よ』
「……まあな」
王国のことに関して情報を交換しているミアたちから離れ、湊はタナトスの言葉に頷く。
「気になるっちゃなるな。そのまま進めばどのように決着するかが分かってるとはいえ……実際に現場に身を置く指揮官はどういう気持ちなんだろうなってさ」
そもそも、確かに湊はやろうと思えば介入する力を持っている。
しかし現在の湊の協力者である二人の立場がとにかく危うい――まずミアの場合は法国の名前が付いて回るし、タナトスの場合は災厄の黒龍ということでおいそれと表舞台に出れない。
絶対にするつもりはないが湊が動くとして、ただの一般人である彼に何が出来るという……ましてや今回の首謀者や、事件の背景を伝えたところで王国の人間からすれば何故湊がそれを知っているんだと疑問を持ち、最悪敵対者と思われて捕縛される可能性もある……というか絶対にそうなると確信出来る。
「事情を知らない人からすれば、転生者だとか……この世界の記憶を持っているだとか、そんなものは頭のおかしい虚言でしかない。記憶持ちとしては無責任かもしれないけど、そこはもう指揮官に頑張ってもらうしかないかな」
『それで良かろう。王都を分裂させるようなクーデター……規模としては大きいが、これくらいを解決出来なければ指揮官は生き残れまい』
それにと言って、湊は言葉を続けた。
「仮に信頼度を極めたみんなが居たとしても、他の仲間たちが全員居たとしてもどうなるか分からないのがこの世界だからなぁ……月の決戦後もこの世界は続いていくだろうし、記憶にある戦いを終わらせたとしても平和にはならないから」
逆を言えば、そこまで行ったら湊自身がどのようにこの世界で生きていくかも大事になってくる。
「……ま、頑張って生きていくさ。この世界に来てしまった以上、絶望するよりも頑張ってやりたいことをする……だってそうだろう? ミアやタナちゃんが傍に居てくれてずっと下を向くなんてしたくない……それに帝国からやってきた人たちも見捨てられないからな」
だからもう行くとこまで行くしかねえんだと、湊は笑った。
タナトスもそんな湊の様子が嬉しいのか、翼を広げて全身を使うように湊の顔に正面から抱き着くのだった。
「ちょ!?」
『絶対に、絶対に守るから主よ。だからどうか、絶望も背負い込むこともするな――我らがいつまでも傍に居る故な』
さて、そんな風に改めて主従としての言葉を交わしていた時だ。
ようやく話が終わったミアが戻ってきたのだが……彼女から伝えられる話はやはり王都動乱編が始まったことに対することだった。
だが……少しばかり気になる話もあった。
「今回のクーデターは貴族たちによるものだってのは同じなんだけど」
「だけど?」
「……どうも凄腕の組織が少しだけ介入したみたいだね。けど貴族たちと契約に関しての問題があったとかで手を引いたみたい」
「そんなことよく分かったな?」
「それが……その組織の人がこの世界の指揮官と会った際に言ったみたいだよ」
「ふ~ん……?」
湊の記憶では、貴族たちと彼らに雇われた使い捨てのゴロツキは敵として出てきたが……凄腕の組織なんて物はなかったはずだ。
ましてや、指揮官と会ったということは湊の記憶に残ってないとおかしい……忘れているだけかと思い瞬時に記憶を掘り起こしたが、確かにそんなことはなかったと湊は言った。
「マキナに通信で伝えたみたいだけど……契約金を払わないゴミ貴族は滅んでしまえってことで、その組織のボスが直接言いに来たみたい――肩にドクロの刺青が入った女性がね」
「……え?」
肩にドクロの刺青……凄腕の組織。
この二つの情報で湊の中にとある人物が思い浮かぶ……どうやらミアとタナトスも同じらしく、三人同時にその名を口にした。
「……フラン?」
「……フランだよね?」
『……フランか?』
フラン――それはこの世界において、裏社会で最強と言われている暗殺者集団を纏め上げる女傑の名前だ。
そして何より……フランはミアやタナトス、ユズリハと同じように信頼度を100まで極めた女性である。
「……いや、嘘だろ? なんでここでフランが……それマジなのか?」
「実際に見てはないけど……そうじゃないかな? 腰に刀を二本持ってたって話だよ」
「あ、フランだわ」
『……はぁ、また主の心労が増えるなこれは』
どうやら、湊の記憶通りに進むとは限らないらしい。
その後、湊は少し胃が痛くなってトイレに駆け込むのだった。
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