ストーリー開始
ユラユラと揺れる九つの尾を携え、妖艶な美女が長く風流のある廊下を歩いていた。
まるで東方の国――湊が生きていた日本の古き文化を取り入れたかのような美しさがある。
「……………」
彼女が……ユズリハが歩けば警備をしている者たちは一斉に傅く。
ユズリハのように人間にはない動物の耳が生えていたり、そもそも見た目から人ではないと分かる者と様々で、これは暗に彼女がこの大勢を纏め上げる側であると理解出来る。
それもそのはずで、ユズリハは後に人間たちに対して攻勢を仕掛ける亜人族連合のトップスリーに名を連ねているのだから。
「ユズリハ様、どちらに行かれていたので?」
一人の男が近付くが、ユズリハの尾が強く地面に叩きつけられた。
「以前に伝えたことを覚えていないのですか? 妾に近付くなと、妾に近付いて良い許可を出した者しか許さぬと」
圧を感じさせる声に、吸血鬼のような鋭い歯を持った男は恐怖をその目に宿して慄く。
ユズリハへ近付く時に見えた僅かな欲望……色欲などと言った感情は完全に消え失せ、如何に気分を害さないかと考えるように思案している。
「連合にとって必要なことは伝えますし、そうでないのであればあなた方が知る必要はないということです。これ以上妾の機嫌を損ねるのなら殺しますよ?」
そこまで言えば男は従う他なく、黙って即座にその場から去った。
男が居た場所に目を向けることは一切なく、最初から自分に声を掛けたということさえ忘れたかのようにユズリハは歩みを再開し、大きな扉の前に立ったかと思えば……心底機嫌が悪そうに蹴って開くのだった。
ドカーンと爆弾が爆発したような音が響き渡り、何事かと中に居た亜人たちがギョッとしている。
「ユズリハ、騒ぎを起こしてどういう……?」
「……………」
中央に座る鬼の大男は、即座にユズリハを見て変に関わるべきではないと判断したらしい。
見るからにこれから会議という雰囲気だが、ユズリハは自分の椅子に腰を下ろしたかと思えばそのまま机に突っ伏す……ズーンッと音が聞こえてきそうなだけでなく、いつもは凛として佇む尻尾が……彼女が機嫌良いと独立してグワングワンと動き出す彼女の尻尾が……まるで落ち込むようにぐったりと地面に寝ている!
「……ユズリハ?」
ユズリハと同列の強さと立場を持つ人魚の女性が声を掛けるが、ユズリハは全くビクともしない。
さて……ユズリハの内面はこうなっている。
(わ、妾ったら……妾ったら暴走したとはいえ流石に魅了を使うとかダメでしょう!? 確かにあの方を実際に見るまで気付きませんでしたし、その瞬間にミアやタナトスに嫉妬したのは認めましょう! 認めますがなんであんな……あぁもう!!)
バンバンと建物が揺れ動くほどに尻尾を叩きつける。
あまりの強さに段々と地面にヒビが入っていき、業者につい最近修繕させたのに壊すわけにはいかんと、屈強な鬼たちがヘッドスライディングする勢いで寝そべり尻尾を受け止めた。
「ぐっ!?」
「し、しぬぅ!?」
「あ、あふん……っ」
「ええい! これに耐えてこそこれから先の戦いが!」
原作ではこのような姿を見せなかったユズリハも、やはり指揮官だった湊とのことを思い出すことで色々と変わっているということだろう。
彼女は尻尾を受け止める鬼たちが居るとも気付かず、心の平穏を保つためにバンバンと尻尾を叩きつけ続け……その影響としては、亜人連合の先鋒を務める鬼たちが使い物にならなくなったことくらいだ。
「……あなた様……ですが嘘は言っていません。妾の傍こそ、あなた様が一番安心していられるのです。ほら、男性ですから好きだと思いますし妾も心の用意は出来ております……その、ずっと妾とエッチなこととかしても良いですから……ぐへへですわ♪」
いやそれはどうなの……そう困惑の声が聞こえてきそうだった。
▼▽
湊が帝国に赴き、無事に一つの村に住んでいた人々を救って二日ほどが経過した。
あれからネバレス城の周りにはいくつも仮家が完成し、次から次へと運ばれてくる素材に村人たちは歓喜と……そして湊に対する崇拝の礼を何度もして作業に取り掛かっていく。
『とはいえ……我らからすれば、自分たちの住居よりも湊様の住居をどうにかしたいところですが。むしろ、城を作ってみせましょうぞ!』
なんて言いだしたが、流石に湊は断った。
これから長い付き合いになるということで面談がてら改めて話をしていたのだが、彼ら……特に若い衆は建築関係のノウハウが凄まじいのだ。
建物を作ること自体は余裕とのことで、後はミアを通じて科学技術を取り入れればそれこそ法国並みの家が完成しそうとのこと。
(……って、今はそれよりこっちに集中しないとな)
ここ二日は毎日のように法国へ訪れている湊だが、彼が赴いているのは疫病を治す薬を作ることで世話になった研究室だ。
部屋の外でミアとタナトスが待機しているとはいえ、こうしてこの世界で彼女たちが傍に居ないのは珍しい。
「さて、薬がバッチリ効いたようで何よりだ。私としては、君とミア様から言われた材料をそのまま調合して完成させただけで、本当に効くかは半信半疑だったし、そもそもそんな病気があることさえ知らなかったわけだがな」
そう言ったのは眼鏡を掛けた男性だ。
彼はデイビットと言ってこの研究室を任せられた教授であり、法国で出回っている薬なんかを製造している天才でもある。
彼の協力がなければあの村人たちを救うことは叶わなかっただろうことは想像に難くなく、湊としては感謝の念が尽きない。
(……流石デイビットだな)
本来であれば、疫病が蔓延した時に薬を開発するのがデイビットだ。
デイビットというキャラはプレイアブルキャラではなかったが、疫病蔓延の章で出てきたキャラでもあるため湊は当然知っていた。
彼が気難しい性格であることも分かっていたが、未知に対する探究心は人一倍ということで……今回、彼は自分の探求心を満たすためだけに薬の開発を受けてくれたのだ。
「その顔……まさか私が興味がなかったら薬を作ることはなかったと思っていないかい? 流石に私も怖いモノ知らずではないのでね、あんな風にミア様が詰めてきたら怖くて作る以外の選択肢はない」
「あはは……でも助かったよ。ありがとうデイビット」
「一体何度目の礼かな? しかし……私としてはそんなことはもはやどうでも良いのだ」
眼鏡の向こうでデイビットの視線が鋭くなる。
どうやら彼は、未知なる薬に関しての情報を提供した湊のことがとても気になるようだが……デイビットはふぅっと息を吐いてこう続けた。
「まあ、言ってしまえば君のことはとても気になる。どうしてあんな病のことを知っていたのか、そしてあのミア様とあそこまで親しいのか……あまりに不自然で、気にするなというのが無理な話だ――だが、薬に関して説明をする君は誰かを救いたいと願う心を私に感じさせてくれた。だから気にはなるが詳しいことは聞かん」
そう言ってデイビットはクルっと椅子を回転させて机に体を向けた。
「……良いのか?」
「構わんよ。それにこれからも薬は必要になるのだろう? であれば、私は人々を救おうとする君の心を信じることにしただけさ。だがまあ、ミア様とのことは色々と教えてほしいものだよ面白そうだからな」
「それは……機会があればな」
「期待している。それこそ、時間が合えば酒でも飲もう」
「おう」
デイビットは確かに気難しいし、そのドライな話し方や見た目から絶対に裏切るだろうと言われていたくらいだが、彼は誰かを救おうとする心を一度でも信じれば、その相手をどこまで信じ抜く熱い心を持っている。
湊はデイビットにもう一度お礼を言った後、研究室から出るのだった。
「お待たせ二人とも」
「おかえり湊さん」
『何も酷いことは言われていないか?』
「心配になるようなことはないさ。ミアが紹介してくれた相手だし、万が一なんて全く考えてないよ」
「えへへ、そう言ってくれると嬉しいな♪」
『ふふっ、主が楽しそうにしているなら何も言うことはない』
それから研究所から離れ、改めてミアと共にこれからすることの話を詰めようとしたその時だ。
教導隊の住居である塔の入口で、マキナとアキラが揃っていた。
何やら尋常ではない事態が起こったらしく湊たちに気付いた二人はすぐに近付いてきた。
「ミア!」
「ミア様! ……ってまたお前が居るのか」
アキラの言葉はともかく、マキナが事情を説明してくれた。
「王国でクーデターが起きたそうでね……それで随分な騒ぎになっているみたいよ」
「……へぇ」
「……………」
どうやら、本格的にストーリーの方も始まったようだ。
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