独占欲マックスお姉さん

 突然、目の前に現れたユズリハに湊は驚く。

 どうしてここに……いや、それよりも自分のことが分かるのかと、数秒にも満たない刹那の間に多くの疑問が脳裏を掠めていく。

 彼女もまた信頼度100まで極めた相棒のような存在だが、会えた嬉しさよりもあまりに突然すぎたこと……そして彼女をジッと見て視線を逸らせないことが湊を困惑させる。


「あなた様が考えていることはよく分かっていますよ。妾に会えたことを嬉しいと思いながらも、突然のことに動揺しているんですね……ふふっ、可愛らしいあなた様」

「ユズリハ……?」

「はい、あなた様のユズリハです。こちらは少々立て込んでまして、実体でお迎えになれないのが申し訳ないですが」

「……………」


 どうやら、ユズリハは本当に湊のことが分かるらしい。

 ユズリハというキャラを以前に状態異常ばら撒きお姉さんと言ったことがあるが、彼女は呪術を得意とするだけでなく人間に対して中々に容赦がない性格をしている。

 人間であるならば出会うべき存在ではない……それがユズリハという女性なのだが、彼女は間違いなく湊に対し友好的な視線を向けている。


「妾が怖いのですか?」

「……いや」

「ではどうして視線を逸らすのです? 妾は確かに人間に対して良き感情を抱いてはおりません。ですがあなた様は別です――たとえどれだけ傷付こうとも、どれだけの呪いをその身に浴びても……あなた様は妾を守ってくれました。そんなあなた様に、妾が敵意を示すなどあってはならないことですから」

「……………」


 怖いかどうかと言われたら……ぶっちゃけ怖いと湊は言いたい。

 見た目からしてエロいお姉さんというのは間違いないのだが、こうして実際に相対して伝わってくる冷たさが湊には分かるのだ。

 これが人と亜人の違い……だが、それでもこの場から逃げようとしないのは相手がユズリハだから。


「ユズリハ……実体じゃないって言ってたけど?」


 空気を換えるようにそう問いかけると、彼女は頷いた。


「そこはおそらく……ネバレス城でしょう? そこには現状、タナトスの影を使うことでしか入れません。しかし、魔法に長けている妾だからこそ意識だけならば入り込めます」

「……それは凄いな」

「うふふっ、あなた様に褒められるとキュンキュンしてしまいますね♪」


 ユズリハは嬉しそうに体を揺らし、更に体を寄せた。

 実態ではなく意識体のはずなのにまるでそこに居るかのような……その証拠に香りだけでなく、気配さえもそこに感じてしまう。


「実体が入れないとはいえ、触れられないとは言いませんよ?」

「え?」


 伸ばされた手が湊の手に重なった。

 その瞬間、湊は夢心地のような感覚に陥る――目の前に居るユズリハが愛おしくて仕方なく、それこそ滅茶苦茶にしてしまいたいとさえ思ってしまうような。


「あなた様、どうかこちら側へ来てくださいな。ミアとタナトスではあなた様を守るには力不足……だってあなた様にそのようなことをさせて気苦労を掛けているのでしょう? 妾の傍に居ればそのような悩みも、不快な光景も見る必要はありません。さああなた様、妾の元へ――」

「失せなよクソ狐」

「っ!?」


 ビュンと音を立てるように、風の矢がユズリハの眉間を貫く。

 風船が割れるようにパンと音を立ててユズリハの体が崩れ落ちたが、少し離れた所でユズリハの体は元に戻る。

 彼女の手が離れたことで、湊はようやく正気に戻り……そこでユズリハの魅了に掛かっていたことを理解した。


「っ……そうか。魅了に掛かってたのか」

「いきなり居なくなったから驚いたよ湊さん……それで、何の用かなユズリハ?」

「ミア……あなたには全く用はないのですけれどね。あぁ、タナトスにも気付かれてしまいましたか」


 タナトスは向こうから動いていないものの、ミアと同じでユズリハには気付いたらしい。


「時間切れですね。それではあなた様、またいずれ出向きます――その時はどうか、良いお返事を聞けると嬉しいです」


 ユズリハの体が揺らめき消えていき……完全に気配そのものがなくなったところで、ミアがギュッと手を繋いできた。


「湊さん……行っちゃうの?」

「行かないよ。ミアと同じくらいユズリハにも思い入れはある……でも、今の自分のしたいこととか、既にやってしまったことを投げ捨ててまで行きたいかって言われたらそうじゃない」

「……そっか」

「うん。むしろあっちが来てくれると助かるんだけどな」


 ユズリハの立場もあるが、何より彼女は指揮官を除いて人間が好きではなかった……それは指揮官が間に入っても改善されることはなく、結局その設定は引き継がれているようだった。


「ユズリハは人間が嫌いだけど、それでも分からず屋じゃないし優しい面もある……また会う機会があったら、俺のやりたいこととか色々説明してみるつもりだよ」

「説明しなくても既に知ってそうだけどねぇ。私やタナトスはともかく、湊さんを見つめる目は優しかったし……う~ん、でも魅了を掛けたのは許せないしそれはガツンと言いたいかなぁ」


 ある意味で今回はユズリハの襲撃みたいなもので、ミアに関しては思いっきり敵意を向けられたというのに彼女は気にした様子はなく、むしろ少し楽しそうなのは自分と同じだったからだろうか。

 こうなってくると信頼度を100まで上げた他の者たちもそうではないかと思えるが、ユズリハのように素直に仲間になるとも考えにくくなってしまった。


(やっぱり全部が全部思い通りとはいかないか……まあでも、俺は俺が決めたようにやりたいことをするだけだ)


 湊は改めてそう決意をする……しかし、彼は忘れていた。

 自分が今まで温かな環境で過ごし、このような過酷な世界に居たのではないということを。

 それが分かりやすい形で出たのはミアが帰る頃になり、タナトスと合わせて三人になった時だ。


「うぷっ!?」


 突如としてフラッシュバックしたのは帝国で見た死体の数々……この世の地獄を詰め込んだような光景を思い出したことで、腹からせり上がるものを湊は吐き出す。


「湊さん、大丈夫だよ。私が傍に居るから」

『まずは息を整えよ。そうだ、ゆっくりと深呼吸をしろ主よ』


 二人の声に安心しながらも、せっかく食べた物さえ出てしまう。

 だがここまで良く耐えたと言えるであろう――今回の帝国に赴いたように決意をしても、村人たちを見て救いたいと動いたとしても、湊のメンタルはどこまでも一般人。

 こうして緊張の糸が解けてしまえばこうもなってしまう。


「……ふぅ、ごめん二人とも。落ち着いた」


 吐き出した物を気にすることなく、介抱してくれる二人には感謝しかなかった。

 ミアもタナトスも湊の心情を理解しているからこそ、辛いなら止めろとも言わない……それは厳しさではなく優しさであることを湊はちゃんと分かっている。


「それじゃあ湊さん、また明日もこっちに来てね。村人たちのこととか話さないといけないことが増えたし」

「分かった……んだけど、今度は行く時にライフォンで連絡するから」

「え? 別に良いよ? 来れば分かるし」

『なんで分かるんだ……?』


 ミア曰く、ピキーンと反応するそうだ。

 まあ最初に湊に気付いたタナトスが驚くのもおかしな話だが……ミアはクスッと微笑み、影に入る直前に湊に身を寄せたかと思えば、ギュッと頭を胸に抱きしめてきた。


「っ!?」

「湊さん、今日は本当に頑張ったよ。必死に説明する姿も、辛い光景を目にしても進むことを止めなかったあなたはとてもかっこよかった。本当にかっこよくて、ずっとドキドキしてた。だから湊さん、これからも私はあなたを守る……傍に居るから安心してね」

「ミア……っ」


 まるで聖母のような語りに、湊は思わず涙を零す。

 ひとしきり湊は泣いた後、恥ずかしくなって体を離したがミアは寄り掛かってくれたことが嬉しかったらしく満面の笑みを浮かべている。


「それじゃあね! 絶対明日来てよ? 来なかったら軟禁だからね」

「あ、またそれなんだ……分かってるよ。また明日」


 ちなみに、この前に湊だけでもミアの部屋で安心して寝泊り云々の話があったのだが、流石に湊は断った。

 ミアが16歳なのに対し湊は成人している年齢なので、どう考えても事案ということでそこはキッチリしていた……無論、ミアがそんなことを気にしないでと言ったのも当然だった。


『ようやく帰ったか……本当に騒がしい女だ』

「ははっ、あの賑やかさは助かるよ。ミアが居るとその場の雰囲気が明るくなる」

『……それは認めるがな』

「さて、そろそろ戻ろうか」


 住民たちが集まる場所に戻ると、その場の全員が湊に視線を向けた。

 そんな中、湊が助けたケイという名前の少年が駆け寄ってきたので、湊は屈んで視線を合わせた。


「どうした?」

「うん……あの、湊様! 僕を助けてくれてありがとう!」

「……………」


 ありがとう……その言葉が湊の心に染み入る。


(……やれやれだよ本当に。こっちの世界に来てから色んな意味で涙脆くて仕方ない)


 湊は思いっきり感動していたが、何とか泣くのは我慢する。


「えと……僕、血を思いっきり吐いちゃったって聞いて。湊様のお顔を汚しちゃったって聞いたんだ」

「あぁそんなことか」


 よしよしと湊は頭を撫でながら続けた。


「治す見込みがあったし、魔法のおかげで病が移らないことも分かってたからな。だから全然気にならなかった……むしろ、早く助けたくて仕方なかったくらいだ」


 湊はケイだけでなく、他の見つめてくる村人たちにも視線を向けながらこう続けた……そうしてこの言葉が、彼らにとってあまりにも心に響く物となったのだ。


「どんな境遇でも、どんな病を持っていても君たちを否定する資格は誰にもない……誰がなんと言おうと君たちは生きる権利を持っているんだ。俺はただ、その道を示しただけだからさ」


 人として扱われなかった……国のために生き、国のためですらなく無様に死んでいくのが定めだと言われた……そんな諦観の中で彼らは湊に出会い、呪われた地から解放してくれた。

 そんな彼らが湊に対し、崇拝の念を抱くのに時間は掛からなかった。

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