呪いの功績

 ミアは美しい少女ではあるのだが、その内に秘めるのはとてつもないほどにドロドロとした独占欲だ。

 もちろん共に戦い過ごしてきた同僚や、尊敬する法王……そしてレイリニアを含めた法国のことは心より大切にしている――だがそれよりも大切なのが、目の前で必死に言葉を伝えている一人の青年だった。


「今日突然会った俺を信じてほしい、なんて言葉があなたたちにとって信じ難いものであることは理解しています。でも、俺は本当にあなたたちを助けたいと思っています」


 彼は……湊はあまりにも自分に自信がないんだなと、そうミアの目には映っていた。

 指揮官として指示を出してくれた姿は凛々しく、頼りになり、そして何より恰好が付いていたというのに、こう言っては何だがその姿に比べたら今の湊はお世辞にも自信溢れる姿とは言えない。


(ふふ……湊さんも普通の人だね)


 だが、ミアにとって今の湊はとても好ましく映っている。

 もちろん指揮官としての彼も大好きだったが、こうして現状に対しやれることを必死に探し、言葉を伝えようとしている湊の姿があまりにも魅力的だった。


(湊さん……私、やっぱりこの気持ちは変わらないよ。あなたのことを見守りたいし、見守ってほしい……私のことをずっと見てほしい)


 そう思うからこそ……彼を絶対に、何があっても元の世界に帰すつもりはない。

 必ずやこの残酷でありながらも、美しさの残る世界へ留まらせる。

 彼も言っていたがおそらく元の世界に戻ることはないとしても……それでも絶対に、絶対に心そのものをこの世界に縫い留めるのだと、これはミアから湊だけでなく……タナトスを含めたライバルたちへの宣戦布告だ。

 ……とはいえ。


「どうか頭をお上げください! 先ほど、お連れの方から聞きましたが今回のことはあなたの提案だったとか! それがなければ、この村に住む私たちは病が治ることもなく……絶望の中で死んでいたはずです。私たちにとってあなた様は救世主なのです……なのでどうか、私たちのような者に頭を下げるなどお止めください!」


 今はちょっと……ずっと見られなかった本当の彼の困った姿を、しっかりと目に焼き付けることにするのだった。


▼▽


 ケイと呼ばれた少年の病状が安定しただけでなく、三十人にも満たない村人全員が薬を飲んだことで病は完治した。

 刻々と死が近付いていた証である痣が消えただけでなく、まるで生まれ変わったかのように良くなった体調に、村人たちは涙を流しこれでもかと感謝の意を示した。


(これは……どえらいことになったかもしれん)


 そう思ったのは、村人たちが湊に対し神でも見るかのような視線を向けていることだ。

 彼らを助けに来たこと、薬があったこと、その全てを一から説明したというのに……肩に乗るタナトス、そして背後に控えるミアが全ては湊の言葉があったからと伝えてしまったことで、村人たちの湊を見る目が一気に変わったのである。


「……はぁ」

「お疲れですか?」

「いえ……」


 アンタたちの反応のせいでな、という言葉はなんとか飲み込む。

 しかしここまで従順な反応をしているのであれば、今からする提案も大丈夫そうだなという安心感はあった。

 実は……そう前置きし、帝国の地から離れ……迷いや大変なことがあるかもしれないが、新天地で新しい人生を歩んでみないかと提案すると、返事はもちろんこうだった。


「そんな……そのようなことまでしていただけるのですか?」

「この呪われた地から離れられるなら私は行きたいです……もちろん村のみんなと一緒に!」

「俺たちもだ! あんたたちの言うことにはなんでも従う……だからどうか、連れて行ってくれ!」


 よし決まったと、湊が笑みを浮かべたその時だ。

 隣にミアが立って言葉を続けたのは。


「これからもどんな頻度かはともかく、こんな風にたくさんの不幸に見舞われている人たちを助けることになる。ただ、いきなり住民が消えるわけだから万が一がないとも限らないの――私たちに付いてくると決めたのなら、許可がない限り帝国に居たということは喋っちゃダメだよ? もしそれで何かしらの不利益が出たなら、私は容赦なく殺すからね」


 ミアの言葉は、必ずそうすると村人たちに伝わったようだが……彼らは一切震えることも、怯えることもせずに頷いた。


『まあ、仮にミアがやらずとも我がやる。何がどうであれ、主が手を差し伸べてそれを裏切る者は許さぬ』

「タナちゃんまで……あぁもう! とにかく、今から村人みんなを一ヵ所に集めてくれ」


 湊が指示を出すとすぐに村人たちは集められた。

 幼い子供たちはともかく、大人たちが湊に向ける目にはどこか崇拝に満ちた物が混じり、湊からすればそのような視線を向けられることに慣れていないため、居心地の悪さを感じてついつい目を逸らす。


「湊さん、これに慣れた方が良いよ? どうしようもない絶望の中に光が差し込んだんだもん。彼らからすれば湊さんは神に等しいんだから」

「いや、俺だけじゃ何も出来ていないんだぞ? それならミアとタナちゃんだって同じようにさ」

「めんどいからそれは湊さんに任せるね!」

『良いではないか主よ。胸を張って気持ち良くなっとれ』


 なれるかぁ! そんな湊の乾いた叫びが響き渡ってすぐ、その場に居た全員がタナトスの力によってネバレス城へと移動するのだった。


▼▽


「……ふぅ」


 一旦、喧騒から離れて湊は息を吐いた。

 村人たちを連れてネバレス城へと舞い戻り、雪獄とも言える冷たさから解放された彼らは大いに喜び、そして元の大きさに戻ったタナトスを見て腰を抜かしたりもしていた。


『我は主の使い魔――覚えておくが良い、貴様らを救った主は我のような龍も従えるということを』


 おい、大袈裟に言うんじゃないとツッコミを入れそうになったが……この言葉を合図に向けられたいくつもの崇拝の目は、湊の口を容赦なく縫い合わせ、何も言えなくさせてしまったほどだ。

 使い魔というのは別に間違ってもないので、まあ良いかと諦めてそのままにしておいた。


「一旦、家とかはどうにかなりそうだし……上手く行きそうだな」


 村人の中に建築の知識があるものが数名居たので、家に関しては彼らに任せれば良さそうだ。

 早速明日から動き出すとのことで、まるで生まれ変わったかのように彼らは気合を入れていた。


「……ははっ」


 見つめる先は、涙を流しながら食事をする彼らの姿だ。

 ミアが予め用意しておいた食材を調理して振舞い、それがあまりにも美味しくて、そして温かくて感動しているらしい。

 湊の記憶でもミアは料理が出来ることは知っていたけれど、実際に口にしたら本当に美味しく褒め殺す勢いで湊は賞賛し、照れ臭そうにしながらも彼女は嬉しそうだった。


「……………」


 そんな希望に満ち溢れた景色を見ることで、湊は自分がしたことが正しいことなんだと思えた。

 帝国側からすれば自国民を奪われた形にはなるだろうけれど、どうせ助ける気もないのであれば、こちらが彼らを助けたことに……そしてこれからも助けていくことに文句はないはずだ。


「……傲慢になるつもりもないし、俺は正義の味方だって胸を張るわけじゃない……協力してくれる人が居て初めて出来たんだから」


 けれど……こうも考えてしまう。


「ただの一般人である俺でも、こうして人を助けることが出来る……最悪の運命を少しでも変えることが出来る――俺が……俺がやらないと誰も出来ないから――」


 タナトスは湊が居なければ動かないし、ミアも法国に所属する以上はやれることに限界がある……だから少しでも不幸を減らすことが出来るのは自分だけだと。


(……うん? なんで俺はそんなことを……? というか、どうして俺はミアやタナトスの元を離れてこんなところへ――)


 二人と話したいことは沢山あるはずなのに、どうして自分は離れているんだろうと湊は考え……そしてとある声が耳に響く。


「あなた様、妾の傍に居てくれたらそのような悩みなど必要ありません。朝から晩まで、妾の胸の中でジッとしているだけで良いのです。苦しいことも、悲しいことも、全てから隔絶された楽園……妾の傍こそがあなた様にとって幸せの場所ですよ?」

「……え?」


 振り向く――そこには妖艶な美女が立っていた。

 地面に届くほどに長い漆黒の髪と、一目で心を奪われるような端正な顔だち、どんな宝石よりも美しいと思えてしまう黄金の瞳……はだけさせた上質な着物からは豊満な肉体が見え隠れしている。

 そして何より目を奪われたのは、彼女の背後で揺れるのは九つの尾。


「……ユズリハ?」


 湊が口にした名前を肯定するように、彼女は……ユズリハは頷きそのまま近付いてくるのだった。

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