言葉は簡単に誤解を招く
美味しいクッキーと紅茶は湊の心を休ませてくれた。
こちらに転生してから一週間と経ってはいないが、このようなお菓子類を食べていなかったのもあってかとにかく手が止まらなかった。
タナトスに至っては体を小さくしているので、全身でクッキーを抱くようにして食べている姿が何とも微笑ましい。
「さて、それじゃあ少し真剣なお話をしようか湊さん」
「あぁ」
あくまで綺麗な笑顔を絶やすことはなく、けれども真剣な眼差しとなって彼女は話し始めた。
「一昨日湊さんが語ったこと、私は改めて賛成するよ。全面的に協力したい気持ちはある……それはもちろんあるんだけど、私の立場がそれを邪魔しちゃうの。だからこそ、出来る範囲で協力はしたい……タナトスにだけ良い恰好はさせられないからね」
『我だけで十分だがな』
「うるさいよ」
少しでも張り合おうとすればすぐに喧嘩腰になる二人。
湊が喧嘩をしないようにと声を掛ければ二人とも止めてくれるが、もしも湊が居なかったら盛大な大喧嘩を始めてしまうことは目に見えている。
「とにかく! ただでさえ色々と大変な世界だし、本来の動きと変わってしまうことで生じる問題も分からない……だからこそ湊さんは関わりの薄い部分から良い方向へ少しでも変えたいってことだもんね?」
「あぁ……正直、甘すぎる考えだとは理解しているよ。俺自身が全く戦えないのに何を言ってるんだって言われる覚悟もある……けどタナちゃんが居て、ミアが居て……そんな頼りになりすぎる仲間が居るんだ。だからこそ俺は……?」
その時、湊は手が震えていることに気付く。
いざこうしてみたいと口にしたは良いものの、普通の生活をしていた湊にとってやはり怖いのだ。
甘い……甘すぎると自分でも思う。
しかし、それでもやってみたいと……少しでも不幸を減らせるのならやってみる価値はあると湊は考えている。
「やらない善よりやる善……そして何より自己満足なのも理解してる。それでも俺はやってみたいんだ」
「うん分かった。最大限、私も協力するよ。だって私は、湊さんと一番仲が良かったもんね!」
「え? あぁうん。一番最初に――」
「一番最初とかじゃなくて、最初から最後までずっと私が一番仲良かったよね?」
「あ、はい」
こうなってしまってはたとえ湊であってもミアに強く出れない。
タナトスは相変わらずクッキーを頬張っているが、ミアと気持ちは同じようでそれはしっかりと湊に伝わっている。
「道のりは大変だけど、それによって生じる問題は深く考えなくても良いんじゃないかな。それに記憶があるからこそ私は一つ確実に変えたいことがあるし」
「それは……法王のことか?」
「うん――法王様の暗殺によって法国は揺れたし多くの涙が流れた。あんな未来はごめんだから……だから私もその点においてはズルをするつもりだよ。湊さんは止めないよね?」
「当たり前だろ。むしろミアならやりそうだなって思ったくらい」
「えへへ♪」
詳しく聞くと、法王を守るために既に色々と考えているようだ。
少なくとも現段階で何が起きようとも安全は保障されているらしく、法王自身もミアの様子に違和感を覚えつつも、ミアだからこそ信用して任せられているとのことだ。
「それで湊さん、まずはどこに行くの?」
「……………」
「ちょっと……その表情凄く怖いんだけど」
『何となく想像は付くが、主の言葉で聞きたいものだな』
湊が表情を険しくした理由……それはまず見てみたい国があるからで、その国がこの世界においてもっとも過酷且つ、多くのプレイヤーがゴミみたいな国だと称した場所なのだ。
「帝国だ」
「ダメだよ。絶対にダメ」
『やはりな』
帝国の名前にミアは瞬時にダメだと言った。
それと言うのもこの世界において帝国という場所はあまりにも貧富の差が激しいだけでなく、人々の命が軽すぎるのだ。
金を収められないほどに貧しい辺境の村にも、平気であの国の役人は徴収に赴き、払えないと言えば殺す……そうして人々の恐怖を煽ることが日常茶飯事という……本当に終わっている国だ。
「あの国は……ううん、全部が全部悪人とは言わないよ。湊さんに付いてきてくれる人たちも少なからず居たし、私だって一緒に戦って助けてもらった人も居たよ……でもあの国は本当にゴミなんだから」
『くくっ、ミアをしてもゴミと称するか帝国を』
敵対する者に容赦がないミアではあるが、帝国を語る彼女の表情にはこれでもかと嫌悪感が浮かんでいる。
確かに帝国という国はあまりにも凶悪で、それこそ敵役に相応しい。
しかしそれでもそこまでストーリーに絡んでこないし、あちらの凄惨な状況は指揮官が仲間になってくれた帝国人から聞いたりなどしかなかったのだ。
(……語られる内容があまりに……な)
語られる回想だけでも帝国が凄まじい国なのは伝わる。
これから後に起こるであろう疫病蔓延に関しては、結局最後まで犯人は分からないモヤモヤを残すも、帝国が関わっているんじゃないかという説も生まれたほどだ。
「ある意味で怖いモノ見たさってのもあるかもな……けど俺は、何かをしたいんだよ。もちろん全部を助けるどころか、一人でさえ救うことは出来ないかもしれない。それでも俺は……見つけたいんだと思う――俺がこの世界に転生した意味ってやつを」
「湊さん……」
『諦めよミア、こうなった主は力づくでしか止められん。ミアはそれをしないだろう?』
「当たり前でしょ……でも湊さん分かってる? たとえ本来の流れに関わらないとしても、そうして動くことで必ずどこかで道は交わる。一緒に行動することがないとしても、必ずどこかで湊さんという存在は知れ渡るんだよ?」
そう、結局物語に関わらないとは言っても必ずどこかで交わるのだ。
この世界のことは指揮官に任せたと湊は言ったが、何かをすればそれはこの世界に生きる証を刻むことになる。
事によっては爪痕のような大きなモノを残すことさえあるだろう。
「別に功績とかは要らないし、ただ俺は少しでもこの世界に生きる人の絶望を希望に変えられれば……って思ってるだけなんだが甘いよな」
「甘いね。シロップみたいに甘いよ」
ミアはハッキリとそう言ったが、続けてこうも言った。
「けど誰もがそれをやらなかった……だって無理だって決め付けていたから……なるほどねぇ。湊さんが指揮官としての役目を放棄したらこうなっちゃうかぁ……う~ん、今からでも軟禁して私だけを見てもらうように調教するのもありだよねここまで来ると」
「ミアさん……?」
『ミア、滅多なことを言うでないぞ?』
「冗談冗談♪ でも……良いね! 泣き顔よりも笑顔、不幸よりも幸福、絶望より希望の方が良いもんね! うん分かった! 改めて私は湊さんに協力するよ。湊さんが指揮官だからじゃなく、誰かのために頑張りたいって言った湊さんだから私は私として手を貸すの」
ガシッと湊の手を両手で包み込み、ミアはそう言った。
ミアだけでなくタナトスもしっかりと目線を合わせ、我もだぞと尻尾をビタンビタンさせている。
「もちろんタナちゃんのことだって忘れてないさ……他力本願上等、格好悪いけど俺に力を貸してくれ二人とも」
「うん!」
『任せよ』
こうして、まず湊のやりたい方針が決まった。
さて……このような話し合いがあったわけだが、多くの人々は湊のやろうとすることを夢物語だと笑うだろう。
もちろん湊だって全てが上手く行くと思ってはいない……きっと辛いことや悲しいこと、痛いことに直面するであろうことも分かっている。
それでもある程度この世界を知っているから、そしてそのための仲間が傍に居るから……湊はこの世界の絶望に向き合う勇気を持てたのである。
「湊さん、しんどくなったらいつでもやめていいんだからね? それだけは胸に刻んでおいて」
「分かった」
『良い顔だな主よ。それと、これは提案なのだが――』
タナトスが何かを言おうとしたその時、部屋の外から強くノックの音が響き……ガチャッとドアが開いた。
「ミア! あなたが男を連れ込んだって噂が――」
「あ、マキナちゃんに……他のみんなも」
入ってきたのは五人ほどの女性たちだ。
それぞれ教導隊の制服を着ていることから、ミアの同僚であることが分かるが、マキナと呼ばれた赤髪の少女に関してはプレイアブルキャラだったため湊も知っている。
だが同時に、マキナに関する嫌な記憶が蘇った。
湊はマキナを知っているが、マキナは湊を知らない……だからこそ彼女は強く湊を睨みつけた。
「連れ込んだという話は本当なのね……ねえミア、ここは教導隊のみが入れる由緒ある塔よ? それをそんなどこの馬の骨とも分からない男を入れるなんて何を考えているの? それもあなたのような子がそんな男を」
どうやら湊に対する第一印象は最悪らしい。
ミアとしても文句を言われることは分かっていたみたいだが、マキナが喋れば喋るほど段々と空気が死んでいくかのように機嫌を悪くしていく。
だがそこで、ミアは湊が微妙そうな顔をしていることに気付いた。
「湊さん? どうしたの?」
「あ、あぁ……思い出しちまってさ」
「何を?」
「私を無視するんじゃない!」
マキナが激昂しているが湊はついつい喋ってしまった。
湊が思い出した嫌なこと、それは――。
「いや……あの時の俺は運がクソ悪くてさ。めっちゃ金を貢いでやっとマキナは俺の元に来てくれたんだよ」
そう、それはあくまでガチャの話……しかし、大金を貢いでやっとマキナが来てくれたと、嘘を言っている風でもなく本当にそうだったという雰囲気を出しながら湊が言ったらどうなるか……。
「貢いでって……何を――」
「マキナ、あなたお金をもらったの?」
「……最低」
「本当なのマキナさん……?」
「あ、あなたたち何を勘違いしてるのよ!?」
もちろん、マキナに対して良からぬ誤解を招くことになってしまう。
ちなみに事情を知っているミアは大爆笑しており、先ほどまでの空気は幸いにも鳴りを潜めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます