しかし、考えることは山積みである

『あぁそうだミア――俺は指揮官じゃないから、良かったら名前で呼んでくれないかな?』

『名前……? 湊さんってこと?』

『呼び捨てでも良いぞ?』

『それは難しくない!? だってあなたは私よりずっと年上じゃん! 親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ?』


 そんな会話を繰り広げ、一旦ミアはここから帰ることに。

 ミアはとにかく湊の傍に居たいようだったが、彼女には自分の立場があるため戻らないわけにもいかない。


「明後日」

「え?」

「明後日になったらもう一度レイリニアに来てほしいの……湊さん」


 その提案に湊は目を丸くしたが、ミアはすぐに続きを話す。


「この世界で持っていたら便利な物とか一通り渡すから。ライフォンとか必要でしょ?」

「……あ~」


 ライフォン、それはこの世界――アーケンティスで普及している通信機器で、湊が居た世界で言うところのスマホみたいなものだ。

 ただいくら普及しているとはいえそこそこ高価な物なので、持っていない人もそれなりに居る。

 代表的な例を挙げれば貧しい辺境の村などに住む民たちが該当する。


「……これもこっちじゃ使えないしな」


 取り出したのはスマホ……ただ湊は思いっきり気を抜いていた。

 壁紙に設定されている笑顔のミア……それを隣に居たミアがバッチリと目撃したのだ。


「あ……もう、湊さんったら♪」


 キモイなんて言われるわけもなく、ミアはとても嬉しそうだ。

 しかしながら湊からすれば恥ずかしいことに変わりなく、コホンと咳払いをして誤魔化すようにスマホを仕舞った。

 ミアはそんな様子にクスクスと微笑んでいたが、少しばかり真剣な空気を醸し出してこう言った。


「タナトス、少し耳を閉じていてもらえる?」

「ミア?」

『分かった』


 耳を閉じる……というより、魔法で膜を張ってタナトスは音を遮断したようだ。

 湊にミアはそっと近付き、優しい微笑みを変えずに言葉を続ける。


「ねえ湊さん、私がこうして笑顔なのはあなたが居るからだよ? あなたと仲良くなった私……それは私に寄り添ってくれた指揮官が、じゃなくてあなただから私は笑顔になれるの」

「……ミア」

「あなたからすれば用意された言葉を選択しただけかもしれない……でもね? 今、私は目の前のあなたに対して笑顔を浮かべているし、こうして出会えて嬉しいって思ってる。ずっと見ていた指揮官の顔じゃないし、声も違うけど、ここに居る私は湊さんだから嬉しいと思ってるの」

「っ!?」


 ミアの言葉に、湊は心の奥底で抱いていた不安を取り除かれる気分だった。

 それは僅かに思っていたことだった……ミアもタナトスも、湊という人間が絆を紡いだわけじゃない。

 分身となっていた指揮官が彼女たちと出会い、交流を重ねていった……用意された言葉を選び、それが彼女たちの心を開いただけなのだから。


「やっぱり少し気にしてたんだ? 本来なら湊さんじゃなく、この世界の指揮官がその役目だったのにって」

「それは……少しな。けど忘れていたのも確かだ……ミアに会えたこと、タナちゃんが力になってくれることが嬉しくてさ」

「あははっ、それは嬉しいねぇ! まあでも、そういうことだから湊さんは変に罪悪感とか抱かないでね? お願いだからそういうことを考えないでね? 私だけじゃない……私やタナトス、もしかしたら居るかもしれないそれ以外の人たちが持つ想いをそんな思い込みで否定しないで」

「……あぁ、分かった」


 ここまで言われてしまっては、頷かないわけにもいかない。

 湊が頷いたことでミアは嬉しそうにまた微笑み、そっと顔を近付けて頬にチュッとキスをする。


「お、おい……?」

「これくらい良いでしょ? よし、それじゃあ私は準備があるからもう戻るね! また明後日、絶対来てよね! 本当なら一時でも離れたくないけど、グッと堪えて帰るんだから……もし来なかったら、軟禁するからね」


 そう言ってミアはタナトスの影で法国へ戻った。


「な、軟禁って……」

『相変わらずミアの愛は重いようだ……あぁそうだ主よ』

「うん?」

『我も今そこに居るあなただから好んで傍に居るのだ。だからくだらんことを考えてこの気持ちを否定せんでおくれ』

「……分かった。って聞いてたのか!?」

『さあ、何のことやら』


 思いっきり聞いてんじゃねえかと湊はジトっと睨むが、タナトスはどこ吹く風。

 湊は小さくため息を吐き、胸にあった罪悪感が消えたことで清々しい表情を浮かべながら、タナトスへこう伝えるのだった。


「ありがとうなタナちゃん」

『うむ』


▼▽


 二日が経ち、約束の日になった。

 湊は再び小さくなったタナトスと共に影を使うことで法国に入り、ミアが居るであろう塔へと向かう。


「……そういや、いつ頃向かうとか言ってなかったよな?」

『そういえばそうだったな……まあミアのことだし、あなたが来たことを察して飛び出てくるのではないか?』

「いやいやそんなまさか……うん?」


 その時、湊の頭にぴきーんと何かが響く……なんてことはなく、いきなり周りが騒がしくなったので視線を動かす。

 視線の向いた先は空に伸びる塔ではなく、その塔に続く道だ。

 湊の見間違いでなければ、物凄い勢いで何かが近付いている……タナトスが警戒するどころか、呆れたような様子なので危険はないらしい。


「ま……まさか」


 そう、そのまさかである。

 向こうから飛ぶ勢いで走ってきているのはミア……そう認識した時には既に、湊はミアに抱き着かれていた。


「いらっしゃ~い湊さん! さあさあ、それじゃあ行こうか!」


 あんな速度で走っていたのに、ミアは一切汗を掻いていない。

 髪や服も全く乱れておらず汚れ一つ付いていない……それは別に良いとして、周りからギョッとした視線が向けられているというのにミアは全く意に介していないのだ。

 しかしながら、こうして彼女が傍に居ると先日のキスを思い出す。

 ミアが気にしていないようなので、湊も出来るだけ平常を装うように彼女へ付いて行くのだった。


「だ、だれ……?」

「あの男の人誰……?」

「俺たちのミア様が……」


 とにもかくにも、異常なほどの注目を集めながら湊はミアと共に塔へと向かうのだった。

 この塔は教導隊の者しか入ることは許されず、たとえ身内であろうとも一般人は決しては入れないのだが、どうやらミアが直接手を引く形なら大丈夫らしい。


(というかミアと知り合いって時点で一般人じゃないか……なら良いか)


 湊も考えることを止めた。

 そのまま塔内部へ入ると、ある意味で見覚えのある廊下から始まってミアの部屋まで続いていく。

 もちろん今度は教導隊の者たちに見つめられるが、相変わらずミアは気にした様子もなく歩き続けている。


「湊さんなら間違えることないと思うけど! はい、私の部屋だよ♪」


 ということで、ようやくミアの部屋に到着だ。

 中に入ると清潔感溢れるだけでなく、ちゃんと女の子って感じの部屋で可愛らしい。

 そんな部屋を見た湊はというと……思いっきり泣いていた。


「湊さん!? なんで泣いてるの!?」

『ミアよ、主はずっと屋根のない場所に居たからな』

「……ちょっと待って。タナトスが居るからってその辺り聞かなかったけど、ずっと野宿してたってこと!?」


 何故湊が泣いたのか、それはちゃんとした部屋を見れたからだ。

 彼の記憶ではほんの数日ほどしか野宿をしていないが、今までと極端に環境が違うからこそ長く感じられた……それもあって、こうして温かさと生活感のある部屋に感動したのだ。

 湊はいかんいかんと涙を拭い気持ちを切り替える。


「すまん、つい感動したわ」

「……全くもう、なんで前に教えてくれなかったのぉ?」


 とはいえ、確かに野宿みたいなものだがタナトスの魔法によって夜でも温度は一定だし、体の汚れなんかも取り除かれている。

 風呂に入りたいしシャワーを浴びたい気持ちはあるが、考えることが多くてそれどころではなかったのもあった……まあこの話は良いだろうと湊は笑い、早速本題へ。


「ま、その辺りのことはちゃんと相談するとして……じゃあはい! これが湊さんのライフォンだよ♪」

「おぉ……!」


 手渡されたライフォンに、湊は興奮を隠せない。

 ある意味でこれは新しいスマホを手に入れるのと同じ……しかし、湊としては本当に良いのかとミアに目を向ける。


「ありがとうミア……でも――」

「気にしないで? あのね湊さん、私すっごい稼いでるんだよ? 嫌味だと思わないでほしいんだけど、ライフォン一つ用意するなんて片手間なんだから」

「そっか……分かった。ありがとうミア」

「うんうん♪」


 それならば、これ以上は考えないことにしよう。

 どうやらミアの連絡先だけは入っているようで、ここから湊の選択次第で連絡先は増えていくはず……それもまた楽しみの一つだ。


「それにしてもそう小さい姿のタナトスはほんと新鮮だね。記憶の中だと大きい姿しかないし」

『まあ、その時は都市の中に入ったりはしなかったからな』

「それはそうだけど……マスコットみたいで可愛いかも」

『おい、手をわきわきするな』


 そんなやり取りをした後、パンパンとミアは手を鳴らした。

 するといつから待機していたのか、扉が開いて一人のメイドが姿を見せた。

 彼女は移動式のテーブルを押して入ってきたのだが、そのテーブルの上には紅茶とクッキーが並んでいる。


「美味しいよ? 一緒にお茶会でもしながら改めてお話しようよ」

『……………』

「タナトスも食べて良いからね?」

『本当か!』


 メイドはこの異色の組み合わせに驚きはしているものの、仕事を優先するべくテキパキと用意を終わらせ、一礼して部屋を出て行った。

 さて、こうして改めての話し合いが始まる。

 これからのこと、大事な話し合いが。

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