さよなら法国、って何してるんだ君は!?

 法国を守る者として、教導隊のトップとして、民を想うからこそミアは不穏分子を捨て置くことは出来ない。

 彼女は湊に優しい雰囲気を持つ人だと言ったし、何より彼女は湊が一切戦う力を持たないことを気付いているはずだ――だがしかし、こうして確認するのは彼女にとってお仕事の一環である。


「……………」

「どうしたの? もしかして落としちゃったりとか?」


 疑いの様子は……ビンビンに感じている。

 魔法によって姿を消しているタナトスが力づくで逃げようかと提案してくるが、それに湊は頷けない。

 この場合……そうすれば下手に詮索される前に信用を犠牲にして逃れられるはず……けれど湊はそれを選ぶことが出来ない。


(……この場合、考える必要なんてないはずだ。そもそも俺がこうしてここに来たのが原因みたいなもんだけど、ミアを騙すことも……疑われるのもごめんだ)


 それはただの見栄もある……何故ならミアは湊の推しだから。

 けれどそれ以上に考えさせられるのは、たとえどんな小さなことでもミアに敵と認識されてはマズい。

 ミアの戦闘力が凄まじいだけでなく、少しでも害のある相手だと認識したらその顔と雰囲気を絶対に忘れない……つまり忘れた頃にミアと出会ったら、その瞬間殺されてもおかしくない。


(となれば……俺の取る道は結局一つだけか)


 ミアの優しさを信じよう――そう思って湊は口を開く。


「ごめん、入国証はない……不法入国だ」

『……まあ、それが賢明か。だがな主、こればかりは我のミスだ』


 何言ってんだよと心の中で湊は思う。

 こうしてミアに問い詰められているのは結果論だし、レイリニアという都市を実際に見れたのは貴重な経験だった――そして何よりミアをこうして見れただけでなく、話が出来ただけでも割と心残りはない……まあ死ぬつもりはないが。


「あ、呆気なく言うんだね?」

「まあな……たぶんだけど、嘘を言ってもバレると思ったから……それに君に嘘は言いたくなかったんだ。優しい雰囲気だとか言われてさ、それで嘘を吐いたら俺は君のその言葉を裏切ることになる」

「……………」


 湊の言葉に、ミアはポカンとした様子で呆けている。

 そういえばこのやり取り……ミアと信頼度を稼ぐことで見れるメモリアルイベントで、似たような会話があったことも思い出した。


『優しいか……だったら君に滅多なことは出来ないし言いたくもない。俺は君の優しさを、言葉を裏切りたくないからな』

『あははっ♪ 指揮官が私に何かしようとしたところで無理でしょ? なら気にすることないって! でも……そんな風に言ってくれるのは嬉しいかな。ありがと指揮官♪』


 ボイスはなかったが、ボイス付きで脳内再生出来るくらいには何度も見返したイベントだ。


「あ……その……えっと」


 かあっと顔を赤くしたミアだったが、ここで第三者が入り込む。


「ミア様! こんなところに居られたのですね!」

「……アキラ君?」


 現れたのは金髪のイケメンだ。

 アキラと呼ばれた少年はミアに輝かんばかりに笑顔を見せたが、傍に居る湊に対してはどこか怪しむような視線である。


(で、でたああああああっ! 不死身のアキラ!)


 しかしそんな視線を向けられた湊は逆に内心で興奮していた。

 何故ならこのアキラという少年もプレイアブルキャラであり、ミアに心酔する典型的なお邪魔虫キャラであり、何度も死に掛けるような目に遭うのに絶対にギャグのような生き残り方で絶対に死なない……それで付いたあだ名が不死身のアキラ。

 ミアに関することで何度も突っかかってくる面倒な少年だが、途中からは逆に愛されキャラになり彼が居れば暗い空気も浄化されるとして、密かに少なくないファンが居た。


「ミア様、この区画での調査は終了しました。他の者から報告を受けてにはなりますが、一応こちらで確認出来た不法入国者は10人ほどです」

「10人……はぁ、思ったより少ないのか多いのか分からないねぇ」

「そうですね……しかし担当者たちには指導すべきかと――それで、彼ももしかして不法入国者ですか?」


 再び、アキラの鋭い視線が湊を射抜く。

 あぁそうだと頷こうとしたところで、驚いたことにミアが首を振ってそれを否定した。


「彼はちゃんと入国証を持ってたよ。私がこの目で確認したから、そんな目で旅行者を見るのはやめてね?」

「し、失礼しました!!」

「いや……えっと?」


 これは……どうすべきなんだろうかと湊は悩む。

 タナトスもミアに対して含みのある視線を向けているが……更にミアは続けた。


「アキラ君は次の区画に向かっちゃって。私は私で、もう少しこの辺で調査をするからさ」

「……彼はどうするのです?」

「私がこのまま表まで送るよ――まだ何かある?」

「何もありません! 任務を全うします!」


 圧を感じさせる微笑みに、アキラは顔面蒼白になりながら走り去った。

 そのスピードは尋常ではなく、間違いなくミアさえも振り払えるだろう素早さだった。

 一瞬にして姿を消したアキラを見ていた湊は、すぐにミアへ視線を戻し問いかけた。


「どうして……あんな嘘を?」

「え? 何のことかなぁ? 私は本当のことを言ったんだよ?」


 そう言ってミアは懐から何かを取り出す。

 それは一枚のカードで簡単に破れたりしないようにコーティングがされており……ってこれは!?

 湊は驚いたように目を見開いてミアを見つめ、ミアはクスッと笑ってそれを差し出す。


「正直な人は好きだよ。だからそれはお礼みたいなものかな」

「いや……お礼って言うにはあまりにも俺に得がありすぎるだろ?」

「う~ん、それでももらってほしいかな。自分でも良く分からないけど、ただある人に似てたって理由が一番かな」

「ある人?」


 これ以上は仕事に差し支えると言って、ミアは走り去った。

 何度もこっちに振り返っては手を振ってきたので、それに湊は何度も振り返す……もちろん湊のことを何者だと法国の人たちが見てくるが、湊からすれば答えられる言葉は持ち合わせていない。


「……もらっちまったな」

『それがあれば実質自由に法国へ入れるわけか』

「あぁ」


 そして、手元には正真正銘の入国証だ。

 既にミアの姿は見えず、湊はそれをちゃんとポケットに仕舞って歩き出した。


『なあ主よ』

「うん?」

『もしかしたら……ミアも実は我と同じ、という線はないか?』

「それは……」


 それはつまり、ミアもタナトスと同じように記憶持ちではないかと言うものだ。

 確かにミアの行動は不可解だった。

 本来と違う動きをしたことで散るはずだった命が助かり、レイリニアに隠れる悪人も探されている……これはある意味大きな変化だ。


(この世界は確かにダクレゾの世界……けれど、全部が全部同じではないってことなのかも?)


 ただプログラムされている存在ではなく、物事を考え小さなことでも変化を及ぼすのが生きているということ……それに湊は既にタナトスという大きな変化を知っている。


「そうであったら嬉しい……のかな。ちょっと色々あってまだ整理出来てないや……でも一つだけ、傲慢だけど考えたことがある。それは向こうに帰ってから聞いてくれるか?」

『もちろんだ』


 そうして暗がりを出ようとしたところ、家の方からあの母子が姿を見せた。

 少女は嬉しそうに手を繋ぎ、母親はそんな少女を愛おしそうに見つめており、確かな家族の幸せがそこにはあった……こんな光景は、湊が元居た世界では家庭環境にもよるがごく自然なものだ。

 だがこの世界においてこれを見れること……それが何より嬉しく、湊の胸に宿ったある想いを決意へと変えてくれる。


(バッドエンドとか、悲しいことは好きじゃない……けれどそこから導かれるストーリーが好きなのも確かだ――でもやっぱり、あんな風に笑顔が溢れる方が……悲しみがない方が絶対良いに決まってる)


 それを話すのは帰ってから……ということで、湊は軽く必要な買い物をすることにした。

 流石法国ということで、書物の類などは豊富だ。

 早くこの世界に慣れるためにと料理本や、食材に関する本……そして出来るかはともかく建築関係の本も買い、昼を前にして一度ネバレス城へ戻ることに。


「じゃ、そろそろ帰ろっか」

『うむ、では暗がりに戻るとしよう』


 暗がりに入り込み、影を使って帰る……湊は賑わうレイリニアに目を向け、その先にあるミアたち教導隊が住居とする塔を見つめてこう言った。


「それじゃあなミア……俺を信じてくれてありがとう。今日は君に出会えて本当に良かった。俺は君の指揮官にはなれないけど、ちゃんとここには世界を救える指揮官が居るから」


 湊の言葉を聞いたタナトスはやるせないように目を伏せたが、物凄い勢いで何かが近付いてくるのに気付く。


「な、なんだ!?」

「何か走ってくるぞ!?」


 なんだなんだ何の騒ぎだと湊は思ったが、これ以上何かに巻き込まれるのはごめんだと早々に暗がりへと引っ込む。

 タナトスの魔法により、体が影に沈み込み始めたところで彼女が……ミアが目を真っ赤にして現れた。


「指揮官!」

「……え?」


 ミサイルの如く、ミアが湊の胸元へと突っ込む。

 ぐへぇっと、胃の中にある物が全て出てきそうな衝撃を受けたかと思えば……湊は仰向けになって空を見上げている。

 ネバレス城へ戻ってきたことでタナトスは元の大きさに戻ったが、おやっと湊は胸に感じる重さに気付くのだった。


「……ミア?」

「指揮官……指揮官指揮官指揮官指揮官!」


 そう……ミアが付いてきちゃった。

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