運命の出会い
この後に起こる一つの悲劇を回避するため、動こうとした湊だったがそれは他でもないミアの手によって回避された。
自らの身に何が起ころうとしていたのか、幸いなことに理解していない少女は呆然としたまま……そんな少女にミアは朗らかな微笑みと共に声を掛けた。
「驚かせちゃったね? ちょっと悪者さんたちが隠れてて……それを退治したんだよ」
「そ、そうだったんだ……かっこいいですミア様!」
「ありがと♪ 急いでいたようだし、何か用があったんじゃない?」
ハッとしたように少女は頭を下げ、そのまま走って行った。
暗闇に身を隠していた犯罪者を無力化し、更に少女に対して見せられた慈悲に民たちは歓声を更に上げた。
「……何はともあれ、勝手に解決しちまったな」
『ふむ……主よ、これは想定外というやつか?』
「あぁ……」
まさか……全く別の子だった?
そんな疑問を抱いたがそれは違う……あのイベントのことが強く記憶に残っているからこそ、この場所の構図や渡された宝石、そして少女の出で立ちもバッチリ合っている。
だから本当に予想外なのだ……あの子が助かることもそうだが、助けたのがミアということが。
「……確か、ミアに指揮官が話をすることはあった……法国で起きた事件だし、もしも宝石を渡さなかったらあの子は助かったんじゃないかって」
『ふむ……判断材料が足りんが、とにかくあの少女が助かったことは喜ばしいことであろう?』
あぁと湊は頷く。
そうこうしている間に暗がりに潜んでいた男たちは全て捕縛され、ミアの指示によりどんどん連れて行かれる。
「やれやれだねぇ。でもこれは良い機会かなぁ」
「ミア様?」
「さっきの連中は法国の外からやってきた奴らだよきっと。それはまあ良いとしても、このレイリニアにあんなのが入れた時点で警備はザルってことになるね――責任者にはきつく言っておかないと」
「……………」
「どうしたの? もしかして怖い顔でもしてた?」
「め、滅相もありません!」
ミアの言葉に、部下の男性が肩を震わせながら否定した。
そうだよねぇと微笑んだミアは、辺りを見回しながらこんなことを口にした。
「取り敢えず民たちの安全を確保するためにも、今から不法にレイリニアに入り込んでいる者が居ないか探そうか。幸いに私もそうだけど第一から第二は任務がないはず……やれるよね?」
「は、はい!」
男性が通信機を取り出し、連絡を取り始めた。
大した仕事ぶりと周りから頼りにされている推しの姿に、湊がもっと見ていたいと思うのも仕方ない……しかし、これはこれで面倒な事態になったのは確かだ。
「タナちゃん……俺ら、不法入国だな」
『その通りだな……どうする?』
「さっさと消えよう。ただ、さっきの子がどうなったかは確かめたい」
『分かった』
人が集まる前に、湊はその場から離れた。
湊が居なくなってすぐ、表通りが騒がしくなったので報連相の速度はやはり凄まじい物があるようだ。
タナトスの魔法によって気配を完全に殺し、先ほどの少女の気配がどこにあるのか指示を出してもらいながら湊は進んでいく。
「……ここか」
タナトスの案内の元、辿り着いたのは小さな家だ。
表通りの華やかさに比べれば、ここはジメジメとした暗さがあり……まるで法国の光と闇を思わせるかのようだ。
だが、これは法国だけに留まらない。
どこの国も貧困は問題となっており、それが引き金となって切羽詰まった人々は盗賊などと言った悪の道へ堕ちる。
「……っと、今はあの子の様子だ」
一旦考え事を止め、湊は家へ近付く……幸いと言うべきか、僅かに扉が開いており中を覗き込めた。
失礼なこととは百も承知であり、心の中でしっかりと謝罪をしてから湊は中を見た。
「これは……体調がこんなに良くなるなんて」
「すっごく良いお薬を買ったから! あのね! ミア様が助けてくれたんだけど、その前に宝石をくれた人が居たの!」
「ちょ、ちょっと待って……体調が落ち着いたのは良いけれど、まず一から説明してちょうだい」
あれは……色々とお母さんからしたら大変そうだ。
だが、そこから展開されたのは何でもない母子の会話……母の容体が安定したことで心から嬉しそうに笑みを浮かべる少女と、そんな少女から話を聞いてコロコロと表情を変える母親……あの二人が本来迎えるはずだった運命を知っているからこそ、あまりにも感慨深く自分のことのように湊は嬉しかった。
「タナちゃん……この世界は残酷で過酷で、悲劇ばかりだ」
『知っているよ。我はあなたから話を聞いたからな……あの時こうすれば良かったと、ああは出来なかったのかと後悔も聞いたことがある』
「……けど、何かが変わるだけであんな風に笑顔が生まれる。俺の手によって齎されたわけじゃないけど、それでも良いなって思うんだ」
『我はドラゴン故、その辺りのことは人並みに分かるとは言えん。だがあなたの心の動きはよく分かる……主よ、あなたは嬉しいのだな』
「あぁ」
湊は頷いたが、そこでタナトスが警戒しろと言ったため背筋を伸ばす。
しかしタナトスが魔法を発動したりすることもなければ、力づくでも湊をこの場から引き離そうともしなかったので、どうやら危険があるわけではなさそうだった――そう、ある意味で危険ではなかったしあのタナトスがその気配に気付けないほどの相手だったのだから。
「うんうん♪ やっぱり悲しい表情よりは笑顔だよねぇ♪」
いつからそこに居た……お前は忍者かよと湊は心の中で呟く。
湊のすぐ後ろに現れたのはミア――ドキッと心臓が跳ねたが、流石に先ほどのような高揚はなく何故と言った感情が強い。
『主よ、落ち着くが良い。相手がミアとはいえ、我であれば瞬時に逃げられる。こうして見つかってしまった以上、軽く話してみるのも良いのではないか?』
どうやらタナトスの口振りからすると、良い機会だし喋ってみたらどうかという気遣いだったようだ。
湊はふぅっと深呼吸をして振り向く。
そこにはニコニコと笑みを浮かべるミア……ずっと画面越しで見ていた笑顔がそこにあった。
「あなた……っ……あぁダメよミア……あなたには心に決めた人が……それなのにこの似た雰囲気に視線……あぁ浮気しちゃいそ」
「……あの?」
サッと後ろを向いてボソボソとミアは呟く。
ちなみにミアの呟きは湊にもタナトスにも聞こえておらず、ただただ湊たちからすればミアはいきなり悶え始めた変……変人にしか見えない。
ミアはコホンと咳払いをして表情を整え、話し始めた。
「さっきの子がどうなったのか凄く気になったんだけど、良い感じに落着して何よりだよ♪ あなたはどうして見ていたの? さっきの男たちみたいに襲い掛かろうとしたわけでもない……むしろ、あなたはあの二人を見て凄く優しい雰囲気を出してたよね? もしかして知り合いだったりするのかな? でもでも、全然そうじゃない雰囲気もあるよねぇ」
「……………」
止まらない……ミアの言葉が止まらない!
それは一切の口を挟ませないというか、湊がどこに反応しようか迷うほどのマシンガントークである。
ただこれもまたミアの持ち味のようなもので、とにかく機嫌が良い時の特徴みたいなものなため、それが分かるだけでも湊にとっては安心するし嬉しいものがある。
「……良いなって思ったんだよ。優しい世界というか、尊いというか……この暗がりにも綺麗な花は咲くんだなって感じで」
「詩人みたいな言い方をするねぇ! でも言いたいことは分かるよ」
ミアは更にこう続けた。
「悲しみよりも笑顔が溢れる方が良いもんね。だからこそ、私からすれば恥ずかしい限りだよ。こういう部分は私の管轄じゃないんだけど、私の守るレイリニアの中にこんな場所があるんだから」
「……………」
「よし決めた! こういう場所を少しずつ無くしていって、困っている人には支援をしなくちゃ! 最悪、私のポケットマネーでどうにか出来そうだしね!」
とても良いことをミアは言っているのだが、こんなにも無邪気な笑顔で改革を行おうとしている姿は流石の出で立ちだ。
『主よ、呆けているぞ』
「おっと……」
今の湊は、完全に推しを間近で見れたファンの顔をしていた。
これからどうすべきか、何を必要か……ボソボソと喋り始めたミアに背を向け、そそくさとその場から離れようとした湊の背に、あっとミアが声を掛けた。
「ねえねえ、あなたの入国証を見せてもらえる? あなたみたいな優しい雰囲気を出せる人がルール違反をするとは思ってないけど、一応私もお仕事中だから仕方ないってね♪」
「……………」
『……………』
どうする湊。
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