指揮官との出会い、そして――

『では行こうか、主よ』

「へいタクシー!」


 肩に乗ったタナトスの力を使うことで、影から影へと移動する。

 以前は彼女の背に乗っての移動だったが、実際にこうして影に入るのは新鮮だ。

 しかし、一瞬視界が暗くなったかと思えばすぐ移動は終わったので、影の中はどんなだろうと確認する暇さえなかったのは少し残念だ。


「ここは……」


 そうして辿り着いた先……それは湊にとってあまりにも見覚えのある場所だった。


「……レイリニアじゃん」

『うむ。法国の都市、レイリニアだ』


 レイリニア――法国の心臓部であり、何を隠そう湊の推しであるミアが生まれ育ち、そして指揮官と出会う場所だ。

 再三になるが湊は原作に関わるつもりはない……それは決して原作の流れが変わってしまうのを阻止するためではなく、単純に今まで普通に過ごしていたからこそ直面する残酷さに目を向ける勇気がないからだ。


『この時期はまだ法国は平和だ。であれば、せっかくこちらの世界へあなたは来たのだ――我が守る故、観光を楽しむと良い』


 必ず守るから安心してほしい……ここまで言われて、尚且つ最強のドラゴンが小さい姿とはいえ肩に乗っているのだ。

 この世界は過酷だ……しかし、湊が愛した世界でもある。

 だからこそ全てを嫌うことなく、愛したことを思い出して楽しめる部分は楽しんでほしいと、そんなタナトスの願いも湊は感じ取った。


「ほんと、どれだけ優しいんだよタナちゃんは」

『今のところは我だけだからな。我があなたを愛し、そして我のことも寵愛してもらわねばならん』


 胸を張るタナトスに苦笑し、湊は改めて目の前の光景に目を向けた。

 まだ原作も開始していない時期ということで、レイリニアの風景は本当に平和だ。

 民の服装は湊がゲームで見ていた物とほぼ同じなのはもちろん、やはり街並みも少しばかり既視感がある。


「ここにミアが居るんだよな……遠目でも良いから実物を見てみたい気もするけどね」

『法国の誇る最強、教導隊のトップともなれば任務でもない限り外に出ることはないだろうからな』


 法国の誇る精強部隊、所謂軍隊のようなもので教導隊と呼ばれる。

 各隊に師団長が選出されているが、ミアの立場はそれよりも更に高い場所にあり、第一から第五までの隊を動かすことが出来るほどだ。

 ただ湊の記憶の中では、ミアが気紛れに外に出るような性格であることも覚えている……たとえ何も起きていなくても、ジッとしているのが性に合わないからと散歩がてら外に出て部下を良く悩ませることも多い。


「……え?」

『あれは……』


 まだ正確に時系列を把握していないからこそではあったが、ここに来て湊は目を点にする光景を見つけた。

 それは彼の視線の先から歩いてくる集団があったからだ。

 先頭を歩くのは指揮官用のコートに身を包んだ男性……湊が見間違えるわけもない――その男性はこの世界の指揮官だ。


「指揮官様、これからどうしますか?」

「これから王国へ向かう……あちらからの協力要請に応じるためだ」

「王国かぁ、確か数日前にやんごとなき事があったっつう」


 ボーッとしていた湊だが、彼らは一切湊に視線を向けることはない。

 恰好は現代のスーツ姿だがまあ、奇抜なファッションに比べたら遥かにマシというのもあるだろうが、それだけ力を持たず一般人にしか見えない湊が脅威ですらなく目を向けるほどでもないということだろう。


(指揮官に……レイとアーシアか)


 指揮官を挟む二人組の男女はチュートリアルから出会うキャラだ。

 湊からすればずっとストーリーに絡んできた二人で思い入れもそこそこあるもののその程度だ。

 ただこうして実際の目でプレイアブルキャラを見れたこと、それはある種の感動を湊へ抱かせた。


『やはり魔法を掛けている以上我の姿は見えておらんな。しかし、あの話しぶりからするとあと数日で物語が幕を開けるといったところか』

「……だな」

『主よ、気持ちは分からんでもないがボーッとするな』

「っと、悪い」


 過ぎ去っていく指揮官の背中をボーッと見過ぎていたせいか、道のど真ん中で立ち止まってしまい通行の邪魔だった。

 しかし……こうしてジッと見ていることには理由がある。

 タナトスが言ったようにこれから王国に向かうということは、もうすぐストーリーが始まることを意味する……そしておそらく、冒頭で話をすることはなかったはずだがミアを目撃するイベントもあったはずだ――そして、この世界が如何に残酷であるかを知らしめるイベントが発生することを湊は知っていた。


「……やっぱりあるんだな」

『ほう?』


 一人の小さな女の子が指揮官にぶつかった。

 涙目になった女の子を起こし、何かを話したかと思えば指揮官は懐から宝石を取り出して女の子に渡した。


「あの子のお母さんが病気で薬を買うお金もないんだ。それを聞いた指揮官が質屋で換金すれば良いと言って宝石を渡すんだよ」

『なるほど……しかし、迂闊だな』

「タナちゃんは気付くかぁ」


 何度だって言う――この世界は色んな意味で終わっている。

 あんな小さな子が宝石を手にしてしまったら、暗がりに生きる薄汚い大人たちの標的にならないはずもない。

 このレイリニアは住みやすい地ではある……しかし、残酷な芽はあちらこちらに蒔かれている。


「指揮官がそれを知るのは少し後で、あの子は質屋に向かう前に大人数名に暗がりへと引きずり込まれ……何をするのかと疑問を持つ前に切り殺され、死体は魔獣の餌になる。あの子の母親は娘が帰ってこないことをおかしいと思い、迎えに行こうとして持病が悪化しそのまま……」

『……………』

「指揮官が……俺がそれを知るのはさっきも言ったがちょい後だけど、あの子視点で何が起きたかは描写されるんだよ。ただの善意があの子に最悪の悲劇を招いたんだ」


 しかし……ある意味でこうしてレイリニアに来たのは好都合だったのかもしれない。

 幸いにあの子の存在が物語に影響を及ぼすことはないはずだし、何よりここで何もしなかったら湊自身がスッキリしない。


「タナちゃん」

『任せるが良い、我はあなたの剣であり盾だ――あなたの心の悲しみはしっかりと伝わっている。ともすれば、我もそのような話を聞いてジッとはしていられん』

「……ありがとなタナちゃん」


 やることは決まった……であれば、件の女の子を襲うであろう男たちをタナトスに処理してもらう。

 あまりにも分かりやすい気配だとタナトスは苦笑したほどだが……。


『主よ、我にとっても予想外だが……どうやら手を下す必要はないかもしれんぞ』

「え?」


 それは一体? 湊が首を傾げたその時だった。

 女の子が暗がりの前を通ろうとした瞬間、そこに潜んでいたであろう男たちが一斉に飛び出てきた。

 それは意図したものではなく、何かに弾き飛ばされるような形で。


「な、なに?」

「なんだ……?」


 周りから浮くことなく、湊も驚きを露にしている。

 落ち着いているのは肩に乗っているタナトスだけ……しばらくして、暗がりから聞こえるにはあまりにも不釣り合いな声が響いた。


「全く、良い大人が幼い女の子を襲おうとするなんて嫌だよねぇ」


 その声は湊の心臓をドキッとさせた。

 幼くも威厳も感じさせる声音の持ち主……美しい銀の髪を揺らしながら一人の少女が姿を見せた。

 動きやすさを重視した改造ドレスを身に纏う少女――ミアだ。


「ミア様!?」

「ど、どうしてここに……」

「いやそれよりも……まさかそいつらは――」


 法国の英雄に等しいミアの登場に、辺りはあっという間に騒がしくなり歓声が響く。

 ミアに遅れて現れた教導隊の隊員たちが男たちを即座に拘束し、女の子に不幸な未来が訪れることはなかったが、やはり湊の中では大きな困惑が渦巻いている。


(どうしてミアがここに……?)


 正に原作ブレイク、それを湊はこれでもかと目撃するのだった。

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