転生?
異世界に……それもダクレゾの世界に転生した。
そのことは当然ながらすぐに理解出来るものでもない……しかし目の前に居るのは使役して以降、片時も編成から外さなかったタナトス……彼女の存在が異世界に転移、或いは転生してしまったのだと暗に実感させる。
「な、なんだこいつは……お前ら、逃げろ!」
「なんでこんなところにドラゴンが出てくんだよ!」
「ドラゴンって御伽噺の存在じゃねえのか!?」
どうやら、盗賊の彼らにはタナトスの声は聞こえないらしい。
まあいくら女性の声とはいえ、突然ドラゴンが現れたのだから彼らが逃げようとするのも分からなくはない。
『貴様ら、主を殺そうとしたな――我が逃がすと思うたか』
その瞬間、タナトスの赤い目が輝く。
『主よ、目を閉じておくが良い』
待て……そう言うよりも早く、タナトスの魔法が発動した。
目を開けていたら目撃することになるであろう残酷な現場を見たくなくて、すぐに湊は目を閉じる。
かまいたちが大地を駆け抜けたかと思えば、盗賊たちの声は一切聞こえてこなくなり……目を開けたそこには、あまりにも残酷で……あまりにも見ていられない惨状が広がっていた。
「っ……」
千切れ飛んだ手足、漂う鉄の匂い……それは湊の嫌悪感を一気に引き出してしまう。
思った以上に湊が血相を変えたせいか、タナトスがあわあわと慌てたような様子になっているが湊には気にする余裕はない。
『主よ、まずはここから離れるべきだ。ほれ、背中に乗るが良い』
「……分かった」
取り敢えず、まずは落ち着くことが大事だ。
湊は若干の恐怖を抱きながらも、タナトスの背中に乗る……するとタナトスは音もなく飛び上がり、そのまま魔法で体全体に膜を張るようにして高度を上げていく。
そうして向かった先は朽ちた城であるネバレス城――ゲームでタナトスと戦った場所だ。
(俺……本当にダクレゾの世界にやってきたのかな)
まだ半信半疑だし、これが夢とも限らない……だがここまでリアルな夢があるわけがない……それに何より、精神的な物から来る体の疲れも夢では決して味わえない物だ。
タナトスが地に降り立ち、湊は背中からゆっくりと降りた。
『さて、改めてになるが……会えて嬉しいぞ、主よ』
「……あぁ、つっても俺は全然受け止めきれてねえけどな」
『それでも良い……あなたに会えたこと、それが我は嬉しいのだ』
タナトスの声は優しいが、それでも顔が厳ついことに変わりはない。
真っ赤な瞳に映り込む自分の姿はあまりにも情けなく、そしてあまりにも力を持たない一般人にしか見えない。
「タナちゃん……ここは、どこだ?」
『ここはアーテンティス――あなたにとっては残酷かもしれぬが』
アーテンティス……ダクレゾの世界で間違いはないらしい。
「そっか……そっかぁ」
『まずは落ち着くが良い。さあ、我の体に寄り掛かれ』
「あぁ」
言われたように、タナトスの背中に寄り掛かった。
背中に乗っている時にも思ったが、実際に触れてみると冷たいことはなくその鱗はとても温かい……魔法による影響かもしれないが、それでもまるで人肌のような安心感がある。
(……ダクレゾの世界……か)
ダークレゾナンス……名前からも分かるようにダークな世界観が特徴でシリアスなストーリーが主に目立つ。
もちろん全部が全部シリアスというわけではなく、それぞれの章合間には明るいシーンもあるし、一定期間で行われるイベントでは本編とは正反対に明るいお話もある……が、基本的には暗い物語である。
(学園編や、夏の水着イベントとかは明るかったけど……基本的にさっきみたいな略奪や殺戮は珍しくないし、致死率の高い疫病が人為的にばら撒かれる章もあったっけ……はぁ)
考えれば考えるほどため息しか出てこない。
プレイヤーとしてストーリーを読む分には全然構わないが、実際にこの世界に行きたいかと言われたら絶対に首を縦に振ることはない代表だ。
それでも二次創作なんかはとても多かったし、それだけの夢を抱ける世界というのは間違いないのかもしれない。
「タナちゃん……どうして俺のことが分かったんだ?」
『我があなたを分からぬわけがなかろう。あなたに完膚なきまでに打ち負かされ、それからの時を共に過ごしたのだぞ?』
「それはまあそうなんだが……」
それは湊が、というより湊の分身であるプレイヤーキャラだが。
(タナちゃんがこれってことは……他にも記憶持ちというか、俺のことが分かる相手が居たりする……?)
ということは……スマホの待ち受けにしているミアもそうだったり?
そう思うとこのダークな世界において、死と隣り合わせの世界であっても楽しみというものは出てくる。
まあ、信頼度を上げきったキャラクターというのは主に戦闘面でも活躍してもらったキャラたち……つまり、ほぼ一緒に居た面子なので会いたいキャラたちは多い。
「タナちゃん今の時系列……何か事件があったとか分かる?」
『うむ。確か王国の方で事件があったはず……既に解決しているが王女の失踪事件だ』
「あぁ……王都動乱編の前か」
正しく序章が始まる前……か。
本来であれば湊という存在――プレイヤーが数多のキャラたちを指揮していくことでストーリーは進んでいくのだが……この通り、湊は覚悟の決まっていないただの一般人だ。
この過酷極まる世界で主人公になんてなれるわけがない。
「……タナちゃん」
『なんだ?』
「俺は……ただの一般人さ。主人公には……指揮官にはなれない」
『それは大した弱音だ……なんて言うわけもなかろう。我はあなたの意思を尊重する。こうして共に居られればそれで良いのだ』
見下ろすタナトスの目は慈愛に満ちている。
ゲーム内の設定ではタナトスという存在は最強と言われる種のドラゴンの中でも、頭二つは抜けている強さを持っている。
それ故に縛りプレイでもしなければ、編成から外すことがないほどに周回もボス戦も全てに適していた……数多居るキャラたちを押し退けて使うほどの魅力がタナトスにはあった。
「ちなみにタナちゃんの記憶は……どこまであるんだ?」
『我の記憶はあなたと共に月での決戦を終え……それからもちょくちょく記憶は残っておる』
「わ~お、思いっきりストーリーの最終章じゃん」
どうやらタナトスはストーリー全体に及ぶ記憶を持っているらしい。
『あなたがミアに水着を着せて喜んでいたのも知っているぞ』
「……え!?」
いや、あれは水着バージョンのミアを取るために……だが、どうやらタナトスの記憶としてはそういう風に処理されているみたいだ。
(それってつまり……ミアからすれば、俺は水着姿の彼女を見て喜んだ変態ってことぉ!?)
それもミアが記憶持ちであればの話だが……。
『現状だと我のように記憶持ちが居るかどうか、そのハッキリとしたところまでは知らぬ。我は黒龍故、たとえ主との記憶を頼りに仲間たちに会おうとするのはナンセンスだからな』
「それは仕方ないだろうな……一応タナちゃんは、国の禁書に載るレベルの災厄だし」
それでもなお、こうして湊の存在に気付いて姿を見せたタナトス。
それは間違いなく絶対の忠誠であり、信頼度100が為せたものなのかもしれない。
『主よ、しばらくはゆっくりするが良い。それにたとえ主が居なくとも世界は回るのだから』
「そうだな……ゆっくり考えて、この世界での立ち位置を模索するさ。俺はもうたぶん、帰れないんだろうし」
もう元の世界には戻れない……そんな確かな予感が湊にはあった。
「……なあタナちゃん」
『む?』
「もしもミアとか……他にも部下は沢山居たけどさ。その……水着とかサンタ服とか、その他諸々の服に関してなんだけど……もしも記憶があったら変態とか思われてるかな?」
『大丈夫であろう。ミアはともかく、他の者も喜んで主の要望に従ったと思うが』
それなら良いんだが……他ならぬタナトスの言葉であれば安心出来ると湊は一息吐く。
とはいえ、こうして湊の異世界生活は幕を開けた。
勝手知ったるゲームの世界と言えば聞こえは良いが、それでも残酷な世界だ。
湊の波乱はまだ、始まったばかり。
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