ダークなソシャゲ世界への転生~なお、現地に信頼度100まで上げた仲間が居る模様~

みょん

プロローグ

「……何が起きたんだ?」


 呆然と、青年はそう呟いた。

 彼が居るのは不気味な森の中……それこそ太陽の光が僅かに入り込む程度でしかなく暗い。


「……………」


 こうしていても仕方ないと、青年は歩き出しながら先程の光景を思い返してみる。

 まず、青年は仕事帰りだった。

 後少しで世話になっているアパートと言ったところで、目の前で爆弾でも爆発したかのような激しい閃光に包まれ……次に目を開けたらこの森の中に居たのである。


「……思い返してみたけど分かんねぇ」


 全くもって謎である。

 それでも恐怖に包まれてなお、この意味不明な森の中を歩けるのはそうしないとどうにもならないからだ。

 ただ……こっちに進めば外に出られる……というか、この道にどこか覚えがあるような不思議な感覚も抱いていた。


「……なんで分かるんだ?」


 遠くから獣の遠吠えが聞こえ、ビクッと体を揺らす。

 森の中となれば熊か……流石に熊に襲われたらひとたまりもないので、青年は急ぎ出口へと向かう――そして、あっという間に外に出ることが叶った。


「本当に出られたよ……って!?」


 森を出た瞬間、青年は更に驚きの声を上げた。

 何故なら今度は凄まじいほどに広大な荒野が目の前に広がったから。


「……日本……じゃないだろこれ!?」


 そう、この景色は確実に日本ではない。

 何か悪い夢を見ているのかと思い頬を抓ったが、その痛みは本物だったので夢ではない……これは紛れもない現実だ。

 ピューッと一際強い風が吹き、砂煙を全身に浴びる。


「うっわ! おいふざけんなよスーツが汚れるだろうが……はぁ」


 おニューのスーツが台無しだよ……そうため息を吐きながら、そう言えばと鞄からスマホを取り出す。


「……やっぱり圏外か」


 圏外……これではどこかへの連絡も不可能だ。

 突然このような得体の知れない場所へと跳ばされた……現実ではあり得ないことだと思いつつも、青年は二次創作や異世界転移物の小説を好んでいたからこそ、まさかという考えが強くなる。


「いやいやまさか……だって俺は創作の人間じゃねえぞ……?」


 それでもこの状況は……嫌な気持ちが広がっていく。


「……助けてくれよミア」


 ミア、それは待ち受けに映る女の子キャラの名前だ。

 これは青年がやっているアプリゲーム――ダークレゾナンス、通称ダクレゾに登場するキャラクターだ。

 ダクレゾは最近三周年を迎えたゲームであり、救いようのない世界観の中に登場する美男美女のキャラクターたちが大変人気であり、もちろんストーリーも素晴らしい評判で多くの二次創作が生まれたことでも有名だ。

 その中でもこのミアはユーザー間人気投票一位を獲得し、青年にとっては大のお気に入りキャラでもあるので課金の力も借り、信頼度を100まで上げきったほど。


「……………」


 圏外ということはアプリの起動も出来ず、このミアの声も動きすらも見えない……というか、現在始まっているイベントすらも参加出来ないという事実が青年を憂鬱にさせる。

 現状そんなことを気にしている場合ではないのだが、そう考えられるくらいには心の余裕があるとポジティブに考えるのもありかもしれない。


「ま、歩き続けるしかねえか」


 待ち受けのミアも、心なしか頑張れと言っているような気がする。

 そうして再び青年は歩き出したが……そんな前向きな行動を神が祝福でもしてくれたのか、すぐに村に辿り着くことが出来た。


「……………」


 だがしかし、その村の惨状はあまりにも酷い。

 なんというか……一言で表すととても貧しいという言葉でしか言い表せないくらいに寂れていた。

 子供は数名、大人はそれなりだが……全員が飢えているかのように体は細い。


「おや、君は誰だい?」

「えっと……」

「綺麗な服だ……まさか貴族様か?」


 声を掛けてきたのは髭の手入れが全く出来ていない男性だ。

 着ている服もボロボロで……何か病気を持っているのか顔色も悪く、歩きもおぼつかない。


「いやその……俺は――」

「……その様子だと貴族ではなさそうか――そうかなら」


 そう言って男性は大きく声を荒げた。


「おいみんな! 良い服を着た男が迷い込んだぞ! こいつの身包みを剥がして売れば良い金になりそうだし、奴隷として売ればもっと大金になること間違いなしだ!」

「ちょ、ちょっと!?」


 男性の声に、村中の大人が反応して近付いてくる。

 突然のことに青年は驚いて逃げようとしたが、ひゅんっと音を立てて飛んできた弓が足元に突き刺さる。


「ひっ!?」


 後少しズレていれば、間違いなく足の甲を貫通していたはずだ。

 ドッと訪れた恐怖に足がすくんでしまい、腰も抜けたようにへなへなと尻もちを突く。


(なんで……なんでこんな目に……っ!)


 彼らは……青年を見ている彼らの目は飢えていた。

 そこには悪意があるのはもちろんだが、それ以上に今の飢えに対する何かしらの足しになればという希望があった。

 だがそれでも、彼らにどんな事情があろうとも襲われそうになったなら青年としても抵抗はする。


「……クソがっ!」


 何とか立ち上がるも、既に青年は囲まれている。

 どうする……どうすれば良い……そう頭の中で思考を巡らしていたその時だった。


「ぎゃあああああっ!?」

「盗賊だああああああ!!」

「子供たちを中に……があああっ!?」


 また何かが起こったかと思えば……そこからはあっという間だ。

 村に盗賊が襲い掛かったのである――騒ぎに乗じて何とか物陰に青年は隠れたが、耳を塞いでも……目を閉じても村人たちの悲鳴と飛び散る血が脳裏に焼き付いて離れない。

 しばらくして騒ぎが収まった時、青年は全ての村人が死んだのだと理解してしまった。


「お、お頭~! ここに生き残りが居ますぜ!」

「あん? ……ほう、中々良い物を着てんじゃねえか」

「どうしやす?」

「殺しちまえ。奴隷として売るのも考えたが、役に立たなそうだ」


 それは無慈悲な一言だった。

 体を隠すために包まっていた藁を引っぺがされ、残酷なまでの笑みを浮かべた大勢の男たちが青年を見ている。


(なんで……なんで俺がこんな目に……)


 それは……行き場のない怒りだった。

 今まで普通に日本という比較的平和な世界で過ごし、気付けばこの意味の分からない現象と共に謎の地へ飛ばされ、そして今無残に……何も知らぬまま殺されようとしている。

 こんなことがあって良いのか? こんなゴミみたいな、クソみたいな運命があって良いのかと青年は強く握り拳を作る……爪が皮膚に食い込むほどに強く、強く……。


「ははっ、怯えてら」

「苦しくないように一撃で仕留めてやれ。せめてもの情けだ」

「……ふざけんな」

「あ?」


 青年は、我慢していた物をぶちまけるように口を開く。


「いきなり現れて、好き勝手に人を殺して……物を奪おうとする人間が情けとか口にすんじゃねえ!」

「なんだ、言い返すくらいの度胸はあんのか。膝はプルプル震えてるってのに大したもんだ――ようし決めた、まずはてめえの足を一本ずつ切り落とす。んで次に腕を切り落とし……んで最後に頭で終わらせてやる」


 手下と思われる男に退けと言い、大柄の男が目の前に立つ。

 血がこびり付いた斧のような武器を男が振り上げた瞬間、凄まじいほどの轟音が……雄叫びのようなものが響き渡った。

 世界を割くように、空気を切るようにそれは現れた。


「な、なんだ!?」

「空が……暗くなった?」

「馬鹿野郎、夜だから暗いだろ……うが……?」

「……なああああっ!?」


 空を……何かが飛んでいた。

 それは真っ赤な血のような色の瞳を輝かせ、大きな翼を動かしながらこちらを見下ろしている。


「……ドラゴン?」


 そう……それはドラゴンだった。

 現代世界に決して存在しない生き物、正しく神秘の結晶がそこに居た。


「……あ」


 青年はそんなドラゴンを見て呆けたように声を漏らす。

 だがそれはドラゴンという未知の存在に遭遇したからという意味ももちろんあるのだが、それ以上に彼はそのドラゴンに見覚えがあったのだ。


「……タナちゃん?」


 タナちゃん……そう呼んだドラゴンは心なしか笑ったようにも見える。


『全く、その呼び名は変わらんのだな。だがよく来た――この絶望に塗れた救いようのない世界へと……会えて嬉しいぞみなと、我が主よ』


 威厳ある女性の声が聞こえ、青年……湊は目を見開く。

 タナちゃん……真の名をタナトス――湊を見下ろすそのドラゴンは、ダクレゾにおいて超高難度イベントで実装された黒龍だ。

 全てを破壊する者、絶対の支配者……いくつも異名があるが、信頼度を上げていくことで口調は砕けたものになり、性別もまさかの雌ということでかなりの人気を博したドラゴンが今、目の前に居る。


「……まさか、俺って――」


 ゲームの世界に……ダクレゾの世界に来てしまった?

 湊はようやく、自身の身に起きた出来事を理解するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る