まずは方針を立ててみる?
「……?」
ふと、朝日の眩しさに目が覚めた。
覚醒しきっていない頭のまま、湊が体を起こすと巨大なドラゴンの影があった。
一瞬ビクッと驚きに体を震わせはしたが、そういえばゲームの世界に来たんだったと思い出し……寝て一夜を明かし疲れは取れたが、それを塗り替えるほどの別の疲れがドッと出てくる。
「……はぁ」
『目覚めたか、主よ』
「……あぁ。おはようタナちゃん」
顔を上げると、相変わらず恐怖を煽る真っ赤な瞳がそこにあった。
黒龍タナトス……このダクレゾの世界において災厄とされるドラゴンの体、それに寄り掛かって眠れる人間など湊を置いて他には居ないだろう。
『……我も眠りはしたが、少しばかり昨晩に考えたことがあってな』
「なんだ?」
『何故あなたは、我のことをタナちゃんと呼ぶのだ?』
それは湊にとって今更な言葉だ。
まあタナトスと呼んでも良いが、他のキャラと違って使役することで陣営に加わった彼女には名前を付けることが出来た。
それでデフォルト名のタナトスから少し可愛さを持たせるために、タナちゃんと付けたのである。
「タナトスでも良いんだけど……まあほら、可愛いだろ?」
『可愛い……か?』
「ま、まあ俺のセンスがそこまで良いとは言わんけどさ。それでもせっかく名前を変えるというか、ニックネームみたいなのが付けられるんだ。それなら俺だけの呼び方をしたいじゃんか」
『……………』
「タナちゃんって嫌か? 俺は気に入ってるけど……嫌なら普通にタナトスって呼ぶが」
『いや、今まで通りで構わぬ。気になっただけで嫌ではない』
それならタナちゃんで!
湊は笑顔でタナちゃんタナちゃんと連呼し、そう呼ばれるタナトスも鬱陶しそうにしてはいるが猫のように喉が鳴っている……嬉しそうだ。
厳ついドラゴンの表情ではあるが、その違いが何となく湊には分かる。
可愛いなぁと思いながら顔に触れていると、ぐぅっと湊の腹が鳴った。
「あ……腹減ったな……つうか昨晩から食ってねえやそういや」
『ふむ、では食事にするとしよう』
食事……あるのかと湊は辺りを見回す。
このネバレス城は前にも言ったが既に朽ちているだけでなく、何物も寄り付かない秘境なので人気は当然ない。
人気がないだけでなくそもそも生き物の気配すらないし、そもそも食料が保管されているような場所さえ確認出来ないのだが……それからしばらくした後、湊の前には美味そうな肉が焼かれていた。
「おぉ……すっげぇ」
『ふふっ、これくらいのことは我にとって朝飯前よ』
それは食用にも用いられる魔物の肉だ。
湊には戦う力がないため、これを用意したのはタナトスだ――タナトスはドラゴンでありながら魔法を扱うことが出来る。
その中でも秀でているのがどんな離れた場所でも、影が存在する場所なら彼女の力が届くということ……それは正にチート級の能力であり、たとえ近くに食料となる魔物が居なかったとしても、その生息地の影を使えば容易に仕留めることが出来るというわけだ。
「いやぁ、やっぱ凄いよなその力。昨日みたいに飛ぶのも良いけど、街から街に移動出来るのも一瞬でお世話になってたし……流石影タクシー!」
『タクシーというのはよく分からんがシャドウディスタンスだ。そのようなセンスのないネーミングは止せ』
「影タクシーの方が言いやすいし、そもそもみんな言ってたし」
逆にシャドウディスタンスという名前を使っていたのは、精々攻略サイトや公式アナウンスくらいだが……まあ言わない方が良さそうだ。
『そろそろ良さそうだ。火傷をしないよう気を付けるのだぞ』
「あいよ。あんがとタナちゃん……あつっ!?」
『……あなたは子供か』
ハプニングはあったが、タナトスが用意してくれた肉で腹を満たす。
塩胡椒などと言った味付けはないのだが、それでもこの魔物の肉は味がしっかりと付いていた。
言ってしまえば豚肉のような味で、大変白米が欲しくなる。
「……ふぅ、ご馳走様」
『美味そうに食ってくれて何よりだ。だが、食事に関しては早々にどうにかした方が良い問題ではあるか』
食事は生きるのに不可欠なので、確かにそれは大きな問題だった。
料理のスキルがあるかないか以前に、この世界の食事事情を湊は全く知らないだけでなく、食材に関してもほぼ無知と言っていい。
ゲームをする中で食材を集め、調理をする描写はあったが……正直全く覚えていないのだから。
「タナちゃんが大丈夫ならしばらくはこういう形でも大丈夫だけど、ずっと肉ばかりってのは流石に体に悪そうだしなぁ」
『ふむ……なら次は少し野菜も採ってくるか』
タナトスは本当に良く湊のことを考えてくれている……見た目はドラゴンだとしても、その慈愛はあまりにも優しくありがたい。
ただ忘れることなかれ。
彼女は湊だからこそ優しく、献身的なのだ――これが彼でなければ、彼の仲間が相手でなければ、タナトスは容易く相手を葬り去るだろう。
『主よ、我は少し考えたのだが……ここはありとあらゆる生物が寄り付かないに等しい場所だ。この城を完全とは言わずとも、どうにか住める環境に出来れば良いとは思わんか?』
そんな提案がタナトスからされ、ふむと湊は考える。
確かにここはタナトスが言ったように誰も寄り付かない……それは設定上でも明らかで、ここには主人公であるプレイヤーをタナトスが呼んだことで入れる聖域みたいな場所だ。
原作にもそうだが、不条理すぎる現実に向き合う勇気のない湊からすればその提案はあまりにも魅力的だが……一つ問題がある。
「タナちゃん、生憎と建築関係のスキルは全くないぜ」
『我もだ。詰んだか』
つまるところ、それが出来れば苦労しないという奴だ。
住む場所に食事関係など、問題は山積みだが更にタナトスは大事なことを口にした。
『それと主よ、もう一つ――どうやらこの世界には既に指揮官が居るようだ。主ではなく、この世界の指揮官がな』
この世界には既に主人公となる指揮官が居る……それは湊にとって安心出来る事柄だ。
何故なら指揮官が居ることで物語は進み、どんなに辛く悲しい事件も最終的には解決へと導かれていくのだから……もちろん結末としてはスッキリしない章も多いが、その役目を全うする主人公が居るのであれば何も問題はないはず。
「……でも、そうなるとその指揮官が多くの出会いを経験する……ミアとかも仲間になるのかな」
『さあな、全てが全て主や私の記憶通りに進むとも限らぬ。あなたがその指揮官よりも早くミアたちに接触したいと言うのであれば、我も色々と考えてみよう』
「ありがとうタナちゃん。いや、それはまあ……確かに身近で見てみたい気持ちはあるけど、グッと堪えるべきだろう。タナちゃんが傍に居るとはいえ、俺は指揮官であることを放棄したんだから」
『そうか……であれば、我があなたの傍に居よう』
「……ったく、本当にタナちゃんは最高のドラゴンだな結婚してくれ」
『け、結婚!? 婚姻……エンゲージ!?』
「タナちゃん落ち着いて」
タナトスは動揺するように、全身を揺らしながら空へ火球を放つ。
……どうやらそれだけ、信頼度が100に到達した彼女には嬉しい言葉だったらしい。
▼▽
湊がタナトスとじゃれている時間から少しばかり後のことだ。
この世界における主人公である指揮官は今、とある都市へと招かれていた。
始まりの地、全ての者が還る地などと色々言われているが……指揮官は物珍しそうに周りを見渡している。
「指揮官、少しは落ち着いたらどうですか?」
「そうだぜ指揮官殿。これから部隊を率いることになるんだし、ドッと胸を張って堂々としなきゃな」
「それは……分かってるんだがな」
指揮官は若く、そして戦いにおいて新米であることが伝わってくる。
これから世界を背負うにはあまりにも頼りないが、これからの成長が楽しみとも言える。
「しかし……何故ミア様がお会いになりたいなどと」
「分からねえな……いくら指揮官が居るとはいえ、そう滅多に会えるわけでもねえし楽しみっちゃ楽しみだが」
ミア……その名前に指揮官はちんぷんかんぷんだ。
「ミアとは……有名なのか?」
「もちろんです――ミア様は慈悲深く、この都市の主力たる力を持っています。第一師団から第五師団を自分の権限で動かせるほどに、法王様から発言力をもらっています」
「味方からすれば天使、敵からすれば死神と……まあそんな感じだ」
「……なるほど」
それはそれは、随分と凄まじい少女なのだなと指揮官は分析する。
そして……大きな扉が開き、ついにその少女が姿を見せた。
「しっきか~ん! 会いたかった……よ……?」
現れた少女は正しく天使のような外見だった。
長い銀髪を揺らし、まだ幼さの残る顔立ちは愛らしく……けれども間違いなく大人へと近付こうとしている美貌だ。
大きな声を上げた少女……ミアは指揮官を見た瞬間、すぐに動きを止めて目を見開く……そして徐々に、その瞳に浮かんだのは落胆だった。
「あぁそういう……そういうことなんだ……ふ~ん」
「あの……ミア様? こちら、指揮官で――」
「うん、知ってるよ。どんな人か見たくてね――しきか……あなたたちの活躍、心から期待してるね!」
それだけ言ってミアは去って行った。
「……何だったんでしょうか」
「分からねえ……」
「……………」
指揮官含めた三人は、立ち去っていくミアの背中をしばらく眺めた後その場から立ち去るのだった。
「……期待して損しちゃった……どこに……どこに居るのかなぁ――私の指揮官」
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